第156話 夜明けのマッスル 【挿絵あり】
――南都北側・リゲル軍本陣
椅子に腰掛け、腕を組む老年男。
その頭は輝くお天道様の如く――光沢。
黄金色の眼差しは、研ぎ澄まされた刀剣の如く――鋭利
年季が入った顔面は、怒りを宿した虎の如く――強面。
立派な黒い顎髭は、湧き上がる積乱雲の如し――象徴。
彼が身に纏う虎柄の戦装束には、白くて長いヤクの毛の肩章――もはやそれはマント。
首元に装飾されるのは向日葵の造花。その首にぶら下がるのは、数珠、てるてる坊主、「晴天照々法師」と書かれた札――
この強烈な印象を与える老年男の正体は――アルプ地方領主「タイガー・リゲル」だ。
「東国の猛虎」「最強の領主」と呼ばれる、トロイメライ最強のレジェンドである。
タイガーは、遠くに見えるトロピカル城を静かに見つめる。その隣では息子のレオが落ち着かない様子。タイガーが尋ねる。
「レオよ。何をソワソワしておる? 男ならじっと構えておれ……」
「しかし……この余りにも早すぎる夜明け、不吉でならないのです。これはもしかして……敵の罠では?」
タイガーが鼻で笑う。
「フッ……これ程の大きな現象……我ら想人では引き起こす事はできん……」
「敵の空想術ではないとしたら……?」
タイガーは東天を見つめる。
「この世には、理では説明できないことが数多存在する。先立って行われた、ウィンターとの戦いの時もそうじゃった。時が戻るなど、一体誰が想像したか?」
タイガーは視線をトロピカル城に移す。
「もし、そのような怪現象を起こせる者が居るとしたら、それは神や仏じゃ。現におむすび山には――創造神が降臨した。儂らの戦いを終わらすためにな……」
「では、この夜明けも……?」
タイガーは静かに頷く。
「恐らく、何らかの神が関与しておるのじゃろう。その理由はわからんがな――」
しばらくの間、南都の大空を見上げていたタイガー。その顔が突然――強張る。
不思議に思ったレオが尋ねる。
「父上……どうかされましたか?」
タイガーはニヤッと笑みを浮かべる。
「レオよ。あれを見よ……」
父が差す指の先。レオは視線を向けると、その目を大きく見開いた。
「あ、あれは……!」
親子が見たもの――それは、朝日を受け、大空を優雅に羽ばたく金色の鶴。
レオが声を震わせる。
「吹飛鶴神……!」
南都の上空を通過していたのは、聖獣・吹飛鶴神だった。
「本当に……存在しているとは……」
「儂も初めて見たわい……」
タイガーは自慢の顎髭を撫でる。
「吹飛鶴神はクボウが崇拝する聖獣。天のオジャウータンが呼び寄せたか? 或いは――」
タイガーは満面の笑顔を浮かべる。
「――あの男は、神として生まれ変わったのかもしれんぞ?」
吹飛鶴神は飛び去っていく――咆哮を轟かせながら。
「オジャアァァァァッ!!」
――吹飛鶴神を見届けたタイガーが遂に動く。彼は重臣を呼び寄せた。
「バーナード!」
「はっ!」
「これより本隊を南都中央まで前進させる。また、ヤマカゼ、カガリダの部隊は東と西にそれぞれ待機させろ。改革戦士団の退路を断て。そして海からは、カルロスが奇襲を掛ける。奴らを城外へと炙り出し、そこを儂ら本隊が叩く。改革戦士団を殲滅する!」
「承知。いよいよですな……」
タイガーはゆっくりと頷く。
「王国を食い荒らす害虫は、一匹残らず駆除せねばな……」
最強の猛虎は、朝日を浴びるトロピカル城を睨んだ。
――改革戦士団が籠もるトロピカル城。この城は断崖の上に築かれている。その南側は海に面しており、切り立った崖は天然の城壁となっている。
この城を攻略するとして、海側から攻める者はまず居ないだろう――いや、ここに居た。
トロピカル城南側の海中には、数十名の男たちの姿。その体付きは屈強。着ているシャツは今にもはち切れそうな程の筋肉量だ。そして皆、何故かボディビルダーのようにポーズを決めていた。
そして、白髪と白髭が特徴的な筋肉オヤジが号令を掛ける。
「ブラントマッスル部隊! 出撃っ!」
「マッスルゥゥゥッ!」
その声は海中にも拘わらず、マッスル達の耳にしっかりと届いた。
号令と同時に海水を蹴るマッスル達。その瞬間、その身体は凄まじい勢いで海面に向かって急浮上。
やがて、海面に辿り着いた彼らは、そのままの勢いで空中へと飛び出す――その姿は飛魚。
マッスル達は、海中から発射されたミサイルとなり、トロピカル城を襲う。
――開戦、南都の戦い。
つづく……




