第154話 諦めるな
ブルーム平原北側。
メテオの幻影が敵陣を駆け巡る。
「メテオを捕らえろっ!」
改革戦士団の戦闘員が幻影を追い掛け回す、本物だと思って。
――そして、遂に幻影メテオは戦闘員たちに捕らえられてしまう。
幻影は、戦闘員たちに掴まれた腕を振り解こうと、抵抗を見せる。
「無礼者! 離せっ! 離すのだ!」
「コラコラ! 暴れるんじゃねえ!」
「無礼者! 離せっ! 離すのだ!」
「ヒッヒッヒッ……大公さんよ、往生際が悪いぜ……」
「無礼者! 離せっ! 離すのだ!」
「………………」
戦闘員たちは互いに顔を見合わせる。危機感のない乏しい表情と、棒読みで同じ言葉を繰り返すメテオの姿に、彼らは違和感を覚えた。
――まるで誰かに操られた人形のようだ。
直後、大きな音を上げて幻影メテオが破裂する。それは割れる風船の如く。そして幻影は破裂と同時に、肉片でも骨片でもない、ある物を撒き散らした。空中へと放たれたそれは、キラキラと輝きながら、ゆっくりと地上へと舞い降りる。
戦闘員たちは舞い降りてくるそれを掴み取り――絶叫した。
「な、何じゃこりゃ!?」
彼らが掴み取ったそれはブロマイド。そこには、人を小馬鹿にしたような表情を見せる、バンナイ、アーロン、ダンカンの姿が収められていた。
戦闘員たちはブロマイドを地面に叩き付ける。
「嵌められた……!」
彼らは知る。今まで幻影に翻弄されていた事実を。
――時同じく、ヨネシゲたちが平原中央部に到着しようとしていた。
「ヨネさん。そろそろ、さっき光線が発射された付近に到着です……」
「ああ……」
ドランカドの言葉に、ヨネシゲは強張った表情で相槌を打った。
直後、前を走っていたイワナリが大声を上げる。
「お、おいっ! 2人とも! あれを見ろよっ!」
熊が差す指の先、ヨネシゲとドランカドが視線を向ける。そして――男たちは戦慄した。
――視界全体に広がるのは、見るも無惨な姿に変貌を遂げた、南都兵たちの亡骸。四肢は千切られ、胴は抉られるようにして大半を失っている。そして皆、絶叫の表情を浮かべていた。この状況を察するに、兵士たちは命を落とす直前まで恐怖していたに違いない――そう。彼らは、先程ソードが発生させた暗黒空間で、鮫の餌食になってしまった者たちだ。死ぬ直前まで怯え、逃げ惑っていた。
当然、ヨネシゲたちはその事実を知らない。ただ一つだけ理解できること――敵は常軌を逸していることだ。
戦は殺し合い。敵から命を奪うこと。敵が強ければ、こうして味方兵が命を落としてしまうことも致し方ない。しかし――ここまで痛みつける必要があるだろうか? これは戦ではなく、ただの殺戮だ。
先程のゾンビ兵の件もそうだが、やる事なす事、全てが外道すぎる――
「改革の野郎ども……お前らには、人の心が無いのか……!?」
怒り、悲しみ、恐怖――込み上げる幾つもの感情は、ヨネシゲの声、身体を震わせた。
「先を……急ごう……!」
ヨネシゲはその感情をグッと抑えると、肉塊が散らばる道無き道を進み続けた。
――その殺戮が行われたブルーム平原中心部。
一人の男が地面でうめき声を上げる。
「うぅ……痛い……痛いのう……」
声の主は、うつ伏せの状態でゆっくりと顔を上げた。その様子を目にした、まだ生存中の兵士たちが彼の元へと駆け寄る。
「マ、マロウータン様っ!」
「お主ら……儂から離れろ……奴の標的になってしまうぞ……」
彼は大怪我を負いながらも、兵士たちの身を案じた。その男の名は「マロウータン・クボウ」。先程アビスの光線を直に受け、地面へ墜落。今は戦闘不能の状態。しかし彼が光線を受け止め、屈折させていなかったら、ここに居る南都軍は全滅していたことだろう。
マロウータン自慢の白塗り顔は血塗れ状態。まるで真っ白いソフトクリームにストロベリーソースを掛けたが如く。だが、甘い印象のそれとは違い、彼の表情は苦痛に満ちていた。
マロウータンは鋭い視線で、上空の男女を睨む。
「儂らを……ここまで追い詰めるとは……敵ながら……天晴れじゃ……」
男女が不敵に笑う。
この2人組の男女。マロウータンら南都軍を追い詰めた、改革戦士団四天王、ソードとサラである。
2人はマロウータンに言葉を返す。
「オジャウータンの息子に褒めてもらえるとは、光栄だ。その言葉、我が勲章にしよう」
ソードの後にサラが続く。
「フフッ。私からも賛辞を贈らせてもらうわ。あのアビスの光線を一瞬でも受け流すとは、貴方も中々よ。もし私たちがこの平原に駆け付けていなかったら……この戦い、貴方たちの勝利で終わっていたかもね。お見事だったわ」
マロウータンがニヤリと笑う。
「その言葉……冥土の土産にさせてもらおう……」
するとマロウータンは、兵士たちの手を借り身体を起こすと、胡座の状態で座る。そして、再び上空の二人を見上げ――静かに口を開いた。
「もはや……ここまでじゃ……この首……お前たちにくれてやろう……」
言葉を終えたマロウータン。その背後に兵士たちが着座する。
「我々も! お供致しまする!」
「お前たち……ああ、わかった……黄泉までついて参れ……」
兵士たちの覚悟を聞いたマロウータンは静かに頷く。その頬には一筋の涙が伝っていた。
「良かろう。礼儀を持って、一回で楽に逝かせてやる……」
南都戦士たちの覚悟を見届けたソードは、懐から人数分のナイフを取り出す。そして彼は、指の間に挟んだナイフを徐ろに手放した。それは青白い光を帯びながら空中に浮遊し、その刃先をマロウータンたちに向ける。
ソードが尋ねる。
「マロウータンよ。最後に言い残しておく事はあるか?」
マロウータンが凛々しい表情を見せる。
「我が誇り……我が望み……数多の者が受け継ぐ事じゃろう……」
彼は天を見上げる。
「南都に……このトロイメライに……幸あれ……」
マロウータンはゆっくりと瞳を閉じた。
「お前の覚悟。この改革戦士団ソードが見届けた」
ソードはそう言うと、マロウータンに向かって、浮遊させたナイフを放った。
(シオンよ……強く……強く生きてくれ……)
マロウータンは、胸中で愛娘に別れを告げた。
――刹那。放たれたナイフが深く刺さった――
――地面に。
同時に、あの男の怒号がブルーム平原に轟く。
「諦めるんじゃねえっ!!」
「!!」
瞳を見開くマロウータン。その視界には、角刈り頭の小太りオヤジの後ろ姿が映り込んでいた。
「ヨ、ヨネシゲ……!?」
「マロウータン様。まだ諦めちゃいけねえ。諦めちゃいかんですよ……」
彼が見た後ろ姿――それはヨネシゲのものだった。
ソードが放ったナイフは、ヨネシゲの鉄拳によって弾き飛ばされていた。その放たれた内の一本は、彼の拳の中――
「これ以上、俺の仲間を傷付けないでくれるか?」
ヨネシゲは、グニャグニャに握り潰したナイフを投げ捨てると、鬼の形相で上空の二人を見上げた。
「チッ……ヨネシゲ・クラフト……」
不機嫌そうに舌打ちするサラの隣で、ソードが口角を上げる。
「ついに来たか。ヨネシゲ……クラフト……」
2人はゆっくりと地上へ降り立っていく。
呆気に取られるマロウータン。そこへドランカドとイワナリが駆け付ける。
ドランカドが安堵の笑みを浮かべる。
「マロウータン様! 間に合って良かったっス!」
「ドランカド……」
イワナリが大きな背中をマロウータンに見せる。
「マロウータン様! ここは男イワナリにお任せをっ!」
「く、熊!? 熊が喋ったぞよ……儂は夢でも見ておるのか……?」
――気付くとマロウータンの目の前には、何十……何百もの大きな背中が……カルム男児たちの背中がそこにはあった。
「なんと……なんと……頼もしいものよ。一瞬でも諦めた儂が……愚かじゃった。皆……ありがとう……ありがとう……」
マロウータンは大粒の涙を零しながら、防護壁となった男たちの背中を見つめる。
そこへ、カルム隊の指揮官を任されている、家臣のリキヤが姿を現す。
「マロウータン様、遅くなりました!」
「リキヤ……よく来てくれた……」
「彼らの言う通り、諦めるにはまだ早すぎます――」
リキヤは主君の瞳を真っ直ぐ見つめる。
「奇跡を――信じましょう!」
「――あいわかった。信じよう……奇跡を……!」
2人の主従は前方に視線を移す。
防護壁となった男達の隙間から見えるのは、こちらへ向かって歩みを進めるソードとサラの姿。その2人の瞳には、怒りの表情で仁王立ちするヨネシゲの姿が映り込んでいた。
サラがソードに言葉を漏らす。
「ソード、ごめん……やっぱり私………もう我慢できないわ――」
――サラが破壊神オメガを召喚する。
「そうだな。娯楽の時間は……終わりだ――」
――ソードが海の魔王アビスを呼び出した。
そして彼は南都に居る主に呟く。
「総帥、お許しください。ヨネシゲは俺たちが始末します。これからは――世界を創り変えることに専念しましょう……」
――再び姿を現したオメガとアビス。一同、絶望の表情で二体の魔神を見つめる――だが、ヨネシゲは怯まなかった。
彼は四股を踏むようにして、両足を地面に叩きつけた。そして両拳に全ての力を注ぎ込む。
ヨネシゲは二体の魔神を睨み付ける。
「お前らの光線なんか、この拳で跳ね返してやるよっ!」
それは、はったりかもしれない。だが、今のヨネシゲは負ける気がしなかった。必ず天が味方してくれる――そう信じて。
――やがて、二体の魔人は口を大きく開き、その口内から青白い光を漏らす。
「来るぞっ! みんな身構えろっ!」
ヨネシゲの掛け声に一同身構える。ドランカドとリキヤは空想術でバリアを発生させ、魔神の光線に備えた。
――緊張が場の空気を支配する。
その最中、イワナリがヨネシゲの隣に並ぶと、バカデカい声で話し始めた。
「思い出すよな! お前と初めて宿泊勤務をしたあの夜のことを!」
「イワナリ? フフッ……思い出話をしている場合じゃないぞ?」
「わかってるって! だけど、これだけは言わせてくれ!」
イワナリは、熊になった顔面で満面の笑みを見せる。
「お前と一緒に居ると、どんな困難でも乗り越えられる気がするんだ。だから――生きて一緒に帰ろう!」
「ああ! だがその為には、お前の力が必要だ。手を貸してくれ!」
「たりめえよ!」
イワナリは吠えると、ヨネシゲと同じく両拳を構えた。
――ヨネシゲたちを見つめながら、ソードが呟く。
「次こそ、フィナーレだ――」
ソードとサラが腕を振り上げた――その時、だった。
「道をっ! 道を開けよっ!」
「!!」
突然響き渡る、男の勇ましい声。一同視線を向けた先には、数頭の馬と、それに跨る男たち。
「な、何だ? 応援か?」
ヨネシゲたちは呆気に取られた様子だ。一方のマロウータンは顔を強張らせる。
(あれは……バンナイの手勢……)
更にその先へ視線を向けると、そこには白馬に跨る一人の男。
マロウータンは唇を噛んだ。
(バンナイよ……何故ここにっ!?)
白馬に跨る男――そう。彼はメテオ・ジェフ・ロバーツ演じる、バンナイだった。
つづく……




