第153話 さらば、我が友よ
暗黒の空間を突き破るアビスの光線。青白い閃光が、まだ薄暗いブルーム平原を明るく照らす。
その光景を横目にしながら、とある集団が平原に迫っていた。
黄色の甲冑に身を包む屈強な肉体の男たち。彼らの跨る軍馬にも同色の馬鎧。集団が掲げる旗印には「晴天照々法師」の文字が――
――そう。彼らはトロイメライ最強と謳われる、リゲルの騎馬隊である。
リゲルの軍馬には快速蹄が装着されており、騎馬隊は超高速で街道を駆け抜けていく――その姿はまるで連なって走るレーシングカー。
その最強軍団を先導するのは黒髪オールバックの青年。
黄色の瞳を真っ直ぐに向け、赤い戦装束を身に纏い、右腕には槍が握られている。
そして、青年が乗るのは軍馬ではなく、座布団サイズの雲のような白い物体。雲のような物体は地面すれすれの超低空飛行で騎馬隊の一歩先をリードしていた。
青年は後方の騎馬隊に発破を掛ける。
「遅れを取るなっ! ブルーム平原は直ぐ目の前ぞっ! メテオ様を援護し、改革幹部共の首をあげるぞ!」
勇ましい声を上げるこの青年の正体は、リゲル家の家臣「ケンザン・ブラント」だ。
ケンザンが呟く。
「物凄い閃光だったな。相当な激戦が行われているようだ……」
そして彼は明るさを増す大空を見上げた。
「それにしても、一体どうなってやがる? 南都を出発したのはつい先程のこと。まだ夜明けを迎える時間には程遠い筈なんだがな……」
ケンザンは困惑しつつも、ブルーム平原に向けて西進を続けた。
――同じ頃、ブルーム平原各所でも青白い閃光が確認された。
ヨネシゲたちカルム隊はメテオ防衛の為、平原中央付近へと急行している最中だ。
そして彼らの目の前には、天に放たれる一筋の閃光。ヨネシゲが驚愕の表情を見せる。
「何だ、あの光線は!? またあのお姉ちゃんの仕業か!?」
隣のドランカドが解説に入る。
「あれは間違いなく空想術によって繰り出された光線っすね。そして、先程の姉ちゃんが関わっているのは間違い無さそうです……」
イワナリが首を傾げる。
「それにしても、何のために空へ向かって光線を放ったんだ? それも一発だけ」
ヨネシゲは憶測を口にする。
「わからねえが、恐らく上空に敵が居たか、威嚇の為に光線を見せつけたんだろう……」
ドランカドが冷や汗を流す。
「いずれにせよ、あんな光線をまともに受けたら……南都軍本隊は壊滅してしまいます。再び放たれないことを祈りましょう……」
「そうだな。俺たちは今、あの場所に向かっているんだ。あんな大技を使われたら――次こそ俺達はお終いだ……」
ヨネシゲの言葉に2人は静かに頷いた。
――その頃、南都軍本陣。
南都大公「メテオ・ジェフ・ロバーツ」を演じる影武者が、僅かな手勢と共に本陣を後にする。
白馬に跨るこの影武者の正体。彼は南都五大臣「バンナイ」である。
今回の影武者作戦は、何を隠そうバンナイが立案し、主導している。
彼と同じく影武者を演じるアーロンとダンカンは、平原の北側と南側で作戦通り改革戦士団の部隊を撹乱。バンナイは馬上にてその光景を見守る――
――遠く離れた彼らの様子が何故判るのか?
実はバンナイ。影武者の二人に事前に空想術を仕込んでいた――見送りの際、さりげなく肩を叩いて。
バンナイが2人に施した空想術とは? それはアーロンとダンカンが目にした光景が、そのまま映像となってバンナイの脳内で生中継されるというものだ。
バンナイはその空想術を使用して、逐一同輩たちの動向を確認していた。
バンナイは微笑みを浮かべる。
「同志たちよ、まだ無事のようだな。お前たちには危険な役目を負わせてしまった。だが、時間は十分稼げた……」
彼は手綱を強く握りしめる。
「――後は儂に任せよ。お前たちは生き延びて、南都を立て直せ――」
バンナイは雄叫を轟かせると、同志たちに向け最後の指令を発信させた――
――ブルーム平原の最前線に、その同志たちの姿があった。
平原の北側はダンカンが、南側はアーロンが、メテオに扮して改革戦士団の部隊を撹乱する。戦闘員たちは手柄欲しさに2人の身柄を拘束しようと追い掛ける。中には手柄を巡って仲間割れする者も居た。
ダンカンたちは、自信の野望、欲、ダミアンらの脅迫に負け、一度主君を裏切った。しかし今は、その主君のために命を捧げて戦う。
――アーロンは迫りくる敵を剣で斬り倒すと、誇らしげな表情を見せる。
(いつ以来だ? この高鳴る気持ちは……忘れかけていたあの頃の気持ちが蘇るようだ……!)
――ダンカンは敵を徴発して掻き乱す。そして彼は追い掛けてくる戦闘員を引き離すように、ブルーム平原を疾走する。
(南都戦士の血が騒いでおるわい! 最後の最後で……誇りを思い出せた……)
そして二人は同じ事を思う。
(例え、数万の敵兵に包囲されようとも――)
(最後の一人になるまで戦い抜いてやるわい!)
((――南都戦士の誇りを胸に――!!))
ダンカンは馬を急転回させると、追い掛け回す改革戦士団戦闘員たちに突撃する。
「ハイヤー! ハイヤー! メテオ・ジェフ・ロバーツのお通りだっ! 道を空けろ!」
ダンカンの愛馬が戦闘員たちを撥ね飛ばし、踏み付ける。
「よしっ! もう一回行くぞっ!」
ダンカンが再び戦闘員たちに突撃しようとしたその時、彼の身体に異変が起こる。
ダンカンは、突然身体が軽くなった感覚に陥る――身体から何かが抜けていくようだ。
「な、何なんだ?」
ダンカンが不思議そうに首を傾げながら、何気なく手元に視線を向ける。
――ダンカンは自分の目を疑った。
「手……手が無い!? ってか……なんじゃこりゃ!?」
ダンカンは絶叫した。
そこにある筈の手と腕が無い。いや、それだけではない。胴と脚、乗っている馬までもが透明。ダンカンの視界には、流れ行く景色だけが映り込む。
不思議なことに実体は持っているようで、彼の全身には空気の抵抗、馬に跨っている感覚が常時伝わっていた。
(まるで……透明人間になった気分だ……)
ダンカンは予期せぬ出来事に思考を停止させる。直後、彼がよく知る男の声が隣から聞こえてきた。
ダンカンは恐る恐る視線を側方に移す。
そこには――馬に跨って並走するメテオの姿があった。
ダンカンは目を見開きながら、隣のメテオに尋ねる。
「これは……どういうつもりだ!?」
メテオは真っ直ぐと透明になったダンカンを見つめる。そして彼が静かに口を開くと――同輩バンナイの声が漏れ出した。
「――ダンカンよ、引き際だ。手勢を引き連れブルーム平原から撤退しろ。王都へ逃れるのだ!」
ダンカンは直ぐ勘付く。目の前のメテオはバンナイが召喚した幻影なのだと。彼は偽物の主君を睨み付けながら声を荒げる。
「バンナイ殿! こんな作戦聞いておらんぞ! 一体、何を考えている!?」
幻影メテオは表情を変えぬまま言葉を返す。
「間もなく夜明けが近い。それは敵にとっても引き際だ。目的であるメテオ様の身柄拘束が達成できれば、今直ぐにでも兵を引くことだろう……」
ダンカンは声を震わせる。
「――バンナイ殿、まさか……!?」
幻影は静かに頷いた。
「儂の役目は……最期までメテオ様を演じること――儂が全てを背負う……!」
「ま、待て、バンナイ殿!!」
幻影メテオは前方を真っ直ぐと見つめる。その凛々しい表情からは、幻影を操る男の覚悟が伝わってきた。
制止しようとするダンカンを横目に、幻影は言葉を続ける。
「この幻影も直に姿を消す。長いこと敵を引き付けておく事はできん。だが、お前には事前に空想術を仕込んでおいた。一時間程はその状態を保てることだろう。お前の姿が、再び敵の視界に映り込む前に、撤退するのだ」
「そ、そんなこと……私には……」
「言うことを聞け!! ダンカン!!」
「!!」
躊躇うダンカンにバンナイが一喝。だが、その怒号は直ぐに優しい声へと変わる。
「頼む、ダンカン。どうか生き延びてくれ。生き延びて……生き延びて……メテオ様をお支えし、そして、アーロンやマロウータンと共に、我らが故郷、南都を………立て直してくれ……」
「バンナイ殿……」
「さらばだ……我が友よ……」
「バンナイ殿……バンナイ殿っ!!」
幻影は後ろを振り返ることもなく、敵陣に突撃していく。その後ろ姿を見つめる透明の肌からは、同色の水滴が止めどなく零れ落ちていた。
――同じ事が、アーロンの身にも起こっていた。
「後は任せたぞ! 我が友よ!」
「ま、待て、バンナイよっ!」
幻影は同輩に微笑み掛けると、迫りくる敵襲の中へと姿を消した。
――バンナイ、最期の戦いが、今は始まろうとしていた。
つづく……




