第152話 麻呂反射鏡
海の魔王アビスが強烈な光線を放つ。暗黒の空間は青白い閃光に飲み込まれた――
絶体絶命の南都戦士たち。恐らく彼らは、数秒もしないうちに絶命すことだろう。
生きる希望は絶たれた。一同絶望に飲み込まれている中、マロウータンは頭をフル回転で思考を巡らす――彼はまだ諦めていなかった。
(何か良い策は!? 何か良い策は!?)
一刻の猶予も許されない状況、マロウータンは焦る。だが、その焦りの心が彼を良案から遠ざける。
迫りくる光線は目と鼻の先――マロウータンは考えるのをやめた。そして彼は、天で見守る偉大な父に指南を仰ぐ。
(父上、教えてくださいませ。こんな時は一体、どうしたら宜しいのでしょうか……?)
マロウータンは父からの返事を待つ――聞こえてくる筈もない返事を。
マロウータンは呟く。
「ああ、そうじゃ……わかっておった……奇跡は二度も起こらん……」
彼は淡い期待を抱いていた。ひょっとしたら先程と同じ奇跡が再び起こり、父と兄が救いの手を差し伸べてくれると――しかし現実は無情だ。
マロウータンは迫りくる光線を見つめた。彼が率直に思ったことは――
(――眩しい光じゃのう……)
――刹那、マロウータンの頭に稲妻が走る。
「――そうじゃ……光じゃ……」
この時、彼の脳裏には、父オジャウータンのある言葉が蘇っていた。
『――光線は……ただの光じゃ……』
マロウータンは叫んだ。
「そうじゃ……光線は……ただの光なんじゃ!」
――その行動は、誰も予測していなかった。
マロウータンは飛魚の如く海中から抜け出すと、渾身の力で海面を蹴った。彼は自ら迫りくる光線へ向かって飛び立ったのだ――光線の行く手を阻むようにして。
「マ、マロウータン様! 一体何を!?」
その光景を目にした南都兵たちは、驚愕の表情で主君の奇行を凝視する。
「――自棄になったか?」
マロウータンの理解不能な行動に、ソードも呆気にとられた様子だ。
マロウータンが絶叫する。
「これ以上貴様らの好きにはさせんぞ!」
「!!」
刹那、マロウータンの全身が発光した――否。それは彼が発した光ではなかった。
「麻呂反射鏡!」
――それは、マロウータンが繰り出した空想術。
両手を構える彼の前方には、巨大な鏡の壁。その形はマロウータンのシルエットそのものだ。
麻呂反射鏡と命名された鏡の壁は、アビスが放った強烈な光線を受け止めていた。
行き場を失った光線は四方八方へと分散する。しかし、その勢いは凄まじく、鏡の壁をグイグイと後方へと押し流す。
「なんの……これしき……!」
マロウータンは歯を食いしばり――踏ん張る。そして彼の脳裏に再び父の言葉が過る。
『――所詮、光線は真っ直ぐにしか進めないただの光じゃ。それがこちらに進んで来るのであれば、儂らが進路を導いてやればよい――受け流すのじゃ……!』
まるで天の父と会話しているかのように、マロウータンは力強く返事した。
「はい、父上っ!!」
マロウータンは渾身の力を振り絞る。
「――ぬぅおぉぉぉぉぅっ!!」
彼の咆哮が殺戮の空間全体に轟く――直後、アビスが放つ光線に異変が起きた。
麻呂反射鏡に直撃していた光線は、突然、天へ向かって進路を変えたのだ――それは光線の屈折。
――青白い光線が、暗黒の天を突き破る。同時に稲妻のような閃光が空間全体を駆け巡る。
ソードが天を見上げながら感嘆の声を漏らす。
「ほう……やるな……」
閃光が走った通り道には亀裂――暗黒の空間を形成していた黒い膜が、徐々に崩落を始める。天を覆っていたそれは黒光りする破片となり、地上へと降り注ぐ。まるで星屑の雨。
そして、南都兵たちが見上げる先。夜明け間近の大空が、再び男たちの視界全体に広がる。
暗黒の空間は消滅した。空間全体に広がっていた海も気付かぬうちに消えていた。
――しかし、その代償は余りにも大きすぎた。
「頑張ったようだけど、そろそろ限界のようね……」
そう言葉を口にするサラの視線の先――今も尚、アビスの光線を受け止め続けるマロウータンの姿があった。
そして、光線を屈折させる麻呂反射鏡も限界を迎えていた。
「ぐぬぅ……これ以上は――持ち堪えられぬ!」
麻呂反射鏡に無数のヒビが入る。もはや鏡としての役割は果たしていない。光線は屈折を終えた。今はただ真っ直ぐに進み、巨大な鏡に猛威を振るう。
――そして、麻呂反射鏡はアビスの光線によって射貫かれた。よって、光線を遮る防護壁はもう存在しない――マロウータンは光線を直に受けてしまった。
口鼻からは流血、白塗りの顔は真っ赤に染まり、掛けていた丸眼鏡には無数の亀裂――粉々に砕けた麻呂反射鏡の破片と共に、マロウータンは墜落する。
「アビス、もう十分だ。戻れ……」
これ以上の攻撃は無意味――そう判断したソードは、アビスを引き上げる。海の魔王は光線を止めると、その姿を一瞬のうちに消した。
地上に向かって落下するマロウータン。薄れゆく意識の中、辞世の句を口ずさむ。
「――我が人生……儚く散りゆく花びらの如く……さりとて……荒風で舞う姿も……また……美しきかな――」
彼の身体が地に着いたのは、辞世の句を読み上げた直後だった。
つづく……




