第151話 ソード
「皆の者っ! 私に続けっ! メテオ様を敵に渡してはならんっ!」
リキヤの喊声が夜闇を切り裂く。
ヨネシゲたちカルム隊は、東天を横目にしながら、激戦が繰り広げられるブルーム平原中央部を目指していた。
つい先程まで、サラの襲撃を受けていたヨネシゲたちは、彼女の圧倒的な力を前にして万策尽きた。万事休すと思われたが、徐々に明るさを増すこの東の夜空が彼らに味方したのだ。
サラが、このブルーム平原で展開する作戦のタイムリミットは、日の出前。日が昇るまでにはメテオを拘束し、南都に引き返す必要がある――夜明けと共に総攻撃を仕掛けてくるであろう、タイガー・リゲルとの決戦に備える為だ。
平常心を装っていたサラだが、通常ではあり得ない時刻の夜明けに、内心焦っていたことだろう。
ヨネシゲたちもまた、予想以上に早い夜明けを前にして、動揺を隠しきれない様子だ。
「おい! どうなってやがる!? まだ日付けが変わったばかりだぞ!? 日の出には早すぎるだろ!」
馬鹿デカい声で不安を漏らすイワナリに、ヨネシゲが言葉を返す。
「ああ。日の出がこんなに早まるなんて、普通に考えてあり得ないことだ。恐らく、あの空の明るさは何かの自然現象なんじゃないか?」
ヨネシゲの見解にドランカドが頷く。
「その可能性が高いかもしれませんね。いずれにせよ、間もなくその答えがわかりますよ。これが本当の夜明けなのであれば、数十分後にはお日様が顔を覗かすことでしょう……」
「そうだな。もし……日の出まで持ち堪えることができれば、俺達にも希望が見えてくるかもしれん……」
ヨネシゲはそう呟くと、東雲色の地平線を見つめた。
――ブルーム平原中央部では、改革戦士団四天王のソードが、マロウータンら南都勢に牙を剥こうとしていた。
「俺が行く……」
「あら? あなたが自ら動くとは珍しいわね」
「もうあまり時間がない。一気に片を付ける。君は高みの見物でもしていたまえ……」
「わかったわ。あとは兄貴に任せるとしましょ!」
「おいおい……兄貴は止してくれ……」
ソードは仮面の位置を直すと、地上へ向かって降下していった。
その地上では、マロウータンと想獣との間で激しい攻防戦が繰り広げられていた。
マロウータン必殺「鮮血の舞」によって発生した旋風は、想獣を空中に巻き上げ、次々と引き裂いていく。気付くと数百体いた想獣は、50体程まで数を減らしていた。
想獣も負けてはいない。上空からは飛竜型、地上からは恐竜型の想獣が南都兵たちに火炎を噴射する。
腕に覚えがある南都連合軍の将兵たちが、斬撃を放ったり、空想術で発生させたバリアで想獣の火炎を防ごうと試みる。しかし、火炎の威力は凄まじく、将兵たちの身体は吹き飛ばされていく。中には火炎を直に受け、焼死する将兵も少なくはない。
マロウータンは舞を踊り続けながら、将兵たちを鼓舞する。
「怯むなっ! ここが踏ん張りどころぞ! 絶えれば必ず勝機はやって来るっ!」
目をカッと開き、想獣の鮮血を浴びながら叫ぶ白塗り顔。その余りの気迫に、鼓舞された将兵たちは思わず息を飲んだ。
「火遊びする悪い想獣には、儂がお仕置きじゃ! ホレッ!」
マロウータンは怒号を上げながら扇を一振り。すると、想獣が噴射した火炎は、もと来た方向へと押し流される。やがて想獣は自ら放った火炎を受け、姿を消滅させた。
「クソッ! 俺自慢の想獣軍団がここまでやられてしまうとは……!」
ナイルは飛竜型に跨りながら悔しそうに唇を噛んだ。そして呼吸を乱す。
多数の想獣を維持する為、召喚者は体内から常に大量の想素を放出し続けなければならない。当然体への負担は尋常ではない。
ナイルの体力は限界を迎えようとしていた。
その彼の隣にソードが並ぶ。
「ナイル、もういい。想獣を引き上げろ……」
「ソ、ソードさん!? し、しかし、まだ任務が……!」
「気にするな、君は良く働いてくれた。あとは俺に任せろ……」
「は、はい……後は頼みます……」
ナイルはソードに促されると想素の放出を止める。その途端、空中と地上で暴れまわっていた想獣が、瞬く間に姿を消した。
「どうなっておるんじゃ……?」
マロウータンたち南都勢は突然の出来事に呆然と立ち尽くしていた。
一人の将官が声を上げる。
「マロウータン様、あれを御覧くださいませ!」
マロウータンは将官が指差す方向へ視線を向ける。
「敵が……引いていく……?」
彼の瞳に映し出された光景。それは先程まで猛攻を続けていた改革戦士団戦闘員が、後方へ退いていく姿だった。
「う〜む。これは、何かの罠かもしれぬぞよ……」
マロウータンが顎に手を添え、思考を巡らそうとした時である。
突然、マロウータンたちの視界が暗転する。
先の方向は見通しが利かず、足元は疎か、日の出間近と思われていた東天までもが暗黒に飲み込まれていた。
光は失われた――しかし不思議なことに、自身の体、周囲に居る仲間たちの姿は、はっきりと確認できる。まるで各々自ら発光しているようだ。
その状況に、マロウータンは直ぐに答えを導き出す。
(この暗黒は空想術で発生させたもの……或いは空間系統の空想術を操っておるのか……!?)
突如、マロウータンの心の声に、何者かが語り掛ける。
「流石、豪傑オジャウータンの息子だ。ウチの戦闘長をここまで苦しめるとはな。お察しの通りここは異空間。君たちを『殺戮の空間』へと招待した……」
「!!」
聞こえてきたのは若い男の声。その声は空間全体に響き渡っているようで、南都兵たちは声の発信源を特定しようと周囲を見渡す。
マロウータンが叫ぶ。
「だ、誰じゃ!? 隠れてないで出て参れっ!」
「フフッ……そう慌てるな……」
響き渡る薄ら笑い。
声の主が正体を現す。
マロウータンたちは頭上を見上げる。そこには青白い光を身に纏った、黒服の銀髪青年の姿があった。その顔上半分には仮面が装着しており、目元を確認することはできない。
そんな彼にマロウータンが尋ねる。
「儂の事を存じているようで光栄じゃ。そなたは、改革戦士団の幹部殿とお見受け致す……如何かな?」
銀髪青年が口角を上げる。
「如何にも。俺は改革戦士団四天王のソードだ。南都大公メテオ・ジェフ・ロバーツの身柄を頂戴しに来た。大人しく引き渡して貰おうか」
マロウータンもニャッと笑みを見せる。
「ウッホッハッハッハッ! そう易易と主君を敵に渡す愚か者がどこに居る?」
「取引だ。大人しくメテオを引き渡せば、これ以上君たちに危害を加えることはしない。大人しくブルーム平原から手を引いてやる。俺たちも時間が惜しいのでね。どうだ? 悪い話ではないだろう?」
マロウータンは広げていた扇を閉じる。
「断る! 主君を売るくらいなら、ここで討死したほうが何千倍もマシじゃ! メテオ様は絶対に渡さんぞっ!」
ソードは落胆した様子で大きく息を吐く。
「残念だ。折角君たちに、生き残るための最後のチャンスを与えてやったんだが……仕方ない。メテオは力尽くで奪わせてもらおう」
ソードの勇ましい声が暗黒の空間に轟く。
「――お望み通り、海の藻屑となるがいい!」
「海の……藻屑じゃと……?」
ソードは右腕を水平に振り抜く。
「イッツ! ショータイム!」
次の瞬間、マロウータンたちは足元に違和感を覚える。
「水……か……?」
突然足元から湧き出る大量の水。それは濁流となって空間全体を覆い尽くす。既にマロウータンたちの首から下は水に浸かり、足を伸ばすも地には届かず。気付くと彼らは突如出現した大海の上で藻掻いていた。
――苦しい、溺れる、沈んでいく。
「プハッ!? 甲冑が重すぎて沈んでいくぞよ! このままじゃ溺死確定じゃ!」
海面で藻掻き回るマロウータンたちをソードが嘲笑う。
「安心しろ。溺死などさせん。君たちにはたっぷりと恐怖を味わってもらう……」
マロウータンは顔を青くさせる。
恐怖とは一体何か?
暗闇の海で藻掻き回り、迫る溺死の恐怖を味わっているというのに、これ以上の恐怖などあろうものか?
――マロウータンたちを真の恐怖が襲う。
「うぎゃあぁぁぁっ!!」
「!!」
突然響き渡る兵士の悲鳴。
マロウータンたちが視線を向けた先には、海中へ引きずり込まれる兵士の姿。直後、海面が赤く染まった。
「何が起きたんじゃ!?」
「うわあぁぁぁっ!!」
「!!」
続けて、別の箇所からも兵士の悲痛な叫びが起こる。マロウータンが振り返ると、そこには既に兵士の姿はなく、水中からは赤色の泡が湧き上がっていた。
――数を増やす絶叫、木霊する慟哭。その光景はまるで地獄絵図。
やがて、男たちを恐怖に陥れる悪魔の正体が判明する。
一人の兵士が叫んだ。
「うわっ! 鮫だっ! 鮫だあぁぁっ!!」
南都兵を襲っていた悪魔とは、体長数メートルの巨大な鮫だった。
巨大鮫は兵士たちを海中に引きずり込む。そして捕食する訳でもなく、ただその身体を噛み千切るだけ――肉塊になるまで。その姿は、殺しを楽しむ殺戮生物だ。
マロウータンが絶叫する。
「止すんじゃっ! もう止してくれぇぇぇっ!!」
地獄と化した海面を空中から眺めるソード――殺戮を楽しんでいる。するとサラから、片を付けるよう促される。
「ソード」
「なんだ?」
「私が言うのもなんだけど、少し遊び過ぎじゃない? とっととケリを付けましょうよ」
「そうだな……」
ソードは静かに頷く。そして彼は泣き叫ぶマロウータンに声を掛ける。
「オジャウータンの息子よ。お望み通りこの辺りで止めてやる――フィナーレだ!」
ソードは右手を天に向かって振り翳す。
「出てこいっ! 海の魔王――アビスよっ! その邪悪なる力を解き放て!」
ソードの大呼が暗黒の空間を駆け巡る。
その声は邪悪なる海の魔王を呼び覚ます。
ソードの背後、海中からは、水飛沫を上げながら、その恐ろしい姿を現した。
人間のような頭部と胴体を持つ巨大生物。だがそれは、我々とは似て非なるもの。
頭部の銀髪から伸びるノコギリのような角、龍鱗のような濃紫の肌、背中から生える黒い羽、刀のような鋭い爪――まさしく海の魔王。
そして燃え盛るような赤い瞳で、マロウータンたちを見下ろす。
マロウータンは声を震わせる。
「アビスじゃ……海の魔王、アビスじゃ……!」
マロウータンもその存在を知っていた。
海の魔王「アビス」――それは、トロイメライ神話で語り継がれる、この世界を海に沈めたとされる魔神のこと。破壊神オメガと肩を並べる存在であり、今尚この世界の何処かで眠っていると信じられているのだ。
ソードはアビスの肩に飛び乗ると、マロウータンに宣告する。
「さらばだ、南都の勇敢なる戦士たちよ。ここが君たちの墓場だ。藻屑となり、海の底深くで眠れ……!」
ソードは言葉を終えると口を閉じる――同時に、アビスが大きく口を開く。大きく、大きく、青白い閃光を溜め込みながら。
暗黒の空間は青白い閃光に支配された。
マロウータンは瞳を大きく見開きながら、海の魔王を見上げる。
「お、お終いじゃ……」
轟音に掻き消されるマロウータンの呟き。
ソードは不敵に笑みを浮かべた。
「アディオス……」
――無情にも、海の魔王アビスから強烈な光線が放たれた。
つづく……




