第147話 必殺! 角刈り針千本 【挿絵あり】
ブルーム平原を走る、紫色の閃光。
改革戦士団四天王サラが、ヨネシゲにとどめを刺そうとしていた。
サラの空想術が、ヨネシゲたちカルム隊メンバーの身体から自由を奪う。彼らは全身に伸し掛かる謎の重圧に耐えながら、地面に張り付いていた。
逃げも隠れもできず、救援も期待できない状況。ヨネシゲは悔しそうにして、サラを見上げる。
「畜生、畜生っ! 俺はまだ……こんな所で終わる訳にはいかねえんだよっ!」
叫ぶヨネシゲ。サラは紫色の閃光を放つステッキを構えながら、嘲笑う。
「アッハッハッ! 諦めなさい、ヨネシゲ・クラフト。ここがあなたの墓場となるのよ。大人しく朽ち果てなさい!」
「くっ……! 何か……何か良い方法は……!?」
ヨネシゲは瞳を閉じると、思考をフル回転させる。何かこの状況を打開する良い策はないものか?
(駄目だっ! 何も思いつかねぇ……)
何も閃かない。
ヨネシゲは、この空想世界に転移してから数々のピンチを切り抜けてきた。しかし、今回に関しては打開策が何一つも思い付かない。
絶体絶命の状況、為す術がない――もはやここまでだ。
ヨネシゲは腹を括る。生まれて初めて死を覚悟した。
(ソフィア、ルイス、姉さん、みんな……必ず帰ると約束したが……多分、帰れない……許してくれ……)
ヨネシゲの脳裏を駆け抜ける、ソフィアやルイス、姉家族や仲間達との思い出。それはまるで走馬灯。
ヨネシゲは呟く。
「良い夢だった……」
それを聞いたサラがニヤッと笑う。
「でしょうね! あなたが良い夢を見る為に、私たちが地を這っててあげたんだから!」
ヨネシゲは再び瞳を開き、サラを見上げる。
「俺が憎いか……?」
サラが冷たい眼差しを向ける。
「憎いわ。あなたは私たちから幸せを奪ったのだから……!」
サラがステッキを振り上げる。
「せめてもの慈悲よ、一発で楽に逝かせてあげる。良い夢の続きは……あの世で見なさい……!」
サラがステッキを振り下ろそうとした時。突然、強烈な突風がブルーム平原を吹き抜ける。
重圧に押し付けられ、地面に張り付いていたヨネシゲたちは、風の抵抗を然程受けずに済んだ。だが、突風と一緒に地面を駆け抜ける小石や砂が、ヨネシゲたちの眼球を襲う。彼らは瞳を閉じ、風が収まるのを待つ。
一方のサラは、その突風を全身に受けていた。彼女は堪らず座り込む。被っていた三角帽子は飛ばされ、宙を舞う。
突風は直ぐに収まり、辺りは静寂に包まれた。
ヨネシゲがゆっくりと瞳を開くと、そこには、目を擦りながら立ち上がろうとする、サラの姿があった。彼女は不機嫌そうに独り言を漏らす。
「何だったの、今の風は!? あ〜もうっ! 目に砂が入っちゃったじゃないっ!」
その様子を見ていたヨネシゲは何か閃いた様子だ。
(これは……使えるかもしれん……! 黙って殺されるくらいなら、試してみるか!)
ヨネシゲは彼女の動きに注視して、タイミングを見計らう。
果たして、彼は何をするつもりなのだろうか?
サラが天に向かって右手を伸ばす。彼女は空想術を発動して、飛ばされた三角帽子を引き寄せる。宙を舞う三角帽子は、白い光に包まれながら持ち主の元へと降下していく。
その様子を眺めるサラの視界には、徐々に明るさを増す、東の空が映り込む。
「あれ? もうそんな時間……?」
サラは、戻って来た三角帽子を再び被ると、懐からお気に入りの懐中時計を取り出した。
懐中時計が示す時刻。日付は変わっているが、日の出には早すぎる時刻だ。
サラは懐中時計を懐にしまう。
「タイムリミットが迫っているわね……」
彼女はお気に入りの懐中時計ではなく、空の明るさを信じた。
サラはヨネシゲを見下ろすと、再びステッキを構える。
「悪いわね。私、急がなくちゃいけないの。もうお終いにしましょう。さようなら、ヨネシゲ・クラフト……」
ヨネシゲは、慌てた様子で彼女を制止しようとする。
「ま、待ってくれ!」
「何? 命乞いでもするつもり?」
「違うっ!」
ヨネシゲは、真剣な表情でサラの瞳を真っ直ぐと見つめる。彼女もまた、彼の瞳に引き込まれるようにして、見つめ返す。
ヨネシゲは言葉を続ける。
「最後に一つ……教えてほしい事がある……」
「何、教えてほしい事って? 言ってみなさい……」
ヨネシゲは少し間を置いた後、サラにある事を尋ねる。
「お姉ちゃん! 何色の下着履いてんだ?」
「!?」
サラは言葉を失う。
唐突に、ヨネシゲの口から発せられた、理解不能な質問。この状況で一体何を考えているのだろうか?
サラは瞳と口を大きく開き、拍子抜けした表情を見せていた。
――だが、これこそヨネシゲが望んでいた状況。サラが見せた一瞬の隙を見逃さなかった。
突然、ヨネシゲの頭部が黄金色に発光。
そして、ヨネシゲが叫ぶ。
「喰らえっ! 角刈り針千本っ!」
「!!」
ヨネシゲ自慢の角刈りヘアから、黄金色に輝く無数の剛毛が放たれる。
ヨネシゲの剛毛は、金色に輝く針となって、サラの美貌、瞳、口内を襲う――刺さる、貼り付く、入り込む。
サラが怯む。
彼女は目に涙を浮かべながら、口に入った剛毛を唾と一緒に吐き出す。続けて、瞳と顔に刺さったり、貼り付いたりしていた剛毛を除去する。その必死な姿は、まるで汚らわしい何かを取り除くが如く。
彼女の集中力は完全に途切れた。
と同時に、ヨネシゲたちは全身に伸し掛かっていた謎の重圧から解放された。
今のヨネシゲたちは自由だ。
「クソッ! 中々取れないわっ! この私が、あんな下らない技で……!」
サラは涙を流しながら、目に入り込んだ剛毛を取り除くのに苦戦していた。
――そこに、ヨネシゲが飛び掛かる。
「お姉ちゃんっ! 観念しろっ!」
「きゃっ!」
ヨネシゲはサラを押し倒すと、その両手首を剛力で押さえ付けた。
「汚らわしいっ! 離しなさいっ!」
「離すもんかっ! お姉ちゃんには、大人しくしててもらうぞ!」
暴れるサラ。流石の彼女も腕力ではヨネシゲに敵わない様子だ。
ヨネシゲは、同じく解放されたドランカドに視線を向ける。
「おいっ! ドランカド! 縄だ、縄をよこせ!」
「縄っすか!? 縄なんてないっすよ!」
「縛れるものなら何でもいい! ってか、イワナリっ! 熊みたいに突っ立ってないで、お前も縄を探し……!」
「パパ……」
「!?」
突然、少女のか弱い声がヨネシゲの耳に届く。
ヨネシゲは視線を下ろす。そこには、怯えた表情で涙を流し、こちらを見つめる、サラの姿があった。
「怖いよ……痛いよ……もう許して……」
サラの掠れるような弱々しい声。ヨネシゲは思わず、腕の力を緩める。
――次の瞬間、ヨネシゲに悲劇が訪れる。
「甘いわっ! ヨネシゲ・クラフトっ!」
「!!」
気付いた時には、ヨネシゲの股間にサラの右膝がめり込んでいた。
「ぐはっ!!」
ヨネシゲは白目を剥くと、サラから手を離し、倒れる。
「うわっ! 痛そうだな……ありゃ強烈だぜ!」
イワナリは、悶絶の表情で転げ回るヨネシゲを同情の眼差しで見つめていた。
サラが高笑いを上げる。
「アッハッハッハッ! 私を押し倒すとは、いい度胸してるじゃないの? ヨネシゲ・クラフト!」
サラの瞳に入り込んでいた剛毛も、先程の涙で完全に流れ出たようだ。
つづく……




