第145話 出撃! マロウータン
――南都連合軍本陣。
ついに南都首脳陣も出撃の時を迎える。
メテオに代わって総大将を務めるマロウータンが、指揮台の上に立つ。その後ろにバンナイ、アーロン、ダンカンが控える。
マロウータンが兵士たちを見つめながら訴える。
「南都の誇り高き戦士たちよ! 絶対に、メテオ様を敵に渡してはならぬ! あのメテオ様を失えば、この国は一気に衰退の一途を辿ることじゃろう。何が何でも守らねばならぬ! これより全軍打って出て、時間稼ぎを行う。改革戦士団にメテオ様の背中を捉えさせるな!」
兵士たちから上がる雄叫び。
マロウータンは瞳を潤ませながら言葉を続ける。
「皆の者。最後の最後まで……この無能な首脳陣たちに付き合ってくれて……ありがとう……」
深々と頭を下げるマロウータンとバンナイたち。兵士たちはその様子を目にしながら、首脳陣の名前を叫び、涙する。
ここに居る者たち全員、覚悟は決まっていた。
――このブルーム平原を死地にすると。
そして、マロウータンが采配を構える。
「さあ、共に参ろうぞ! 南都戦士の誇りを胸に!」
マロウータンは采配を振り下ろす。
「出撃じゃっ!」
覚悟を決めた兵士たちが、勇ましい雄叫びを上げながら、一斉に出撃する。
勝てる見込みもない負け戦。もはや敵を打ち崩す策などない。南都大公を王都へ逃がす為、命を捧げ、時間を稼ぐ。その彼らを突き動かすのは「南都戦士の誇り」ただそれだけだ。
マロウータンは指揮台から降りると、バンナイたちの顔を見つめる。
「さて、儂らも参ろうか……」
バンナイたちは静かに頷くと、順番に意気込みを口にする。
アーロンが薄ら笑いを浮かべる。
「ククッ……最後の悪足掻きだ。メテオ様の名を借りて、思う存分敵を撹乱させて見せようぞ!」
アーロンはそう言い終えると、空想術を使用して、メテオの姿に変身。その隣でダンカンもメテオの影武者に変身する。そして彼は、前髪をかき上げながら嬉しそうにニヤっと笑みを見せる。
「おぉ……力が漲ってくるわい。今の私には……このフサフサの髪の毛が味方している! 改革の連中に一泡吹かせてやるわっ!」
バンナイは2人の変身を見届けると、気合が入った様子で言葉を口にする。
「儂も最期のその時まで『本物のメテオ様』を演じてみせよう!」
マロウータンはゆっくりと頷くと、バンナイに言葉を返す。
「バンナイ。そなたは最後の砦じゃ。儂らが打ち破られたその時は……」
「わかっている。儂が、全てを背負う。後のことは儂に任せよ」
「かたじけない……」
バンナイは、側近と僅かな手勢と共にこの本陣に留まる。バンナイに与えられた役目は、最後の最後まで「本物のメテオ」を演じることだ。
改革戦士団の目的はメテオの身柄拘束。バンナイが偽物だと見破られない限り、改革戦士団は最後に残った影武者を拘束することだろう。ここで敵の目を欺くことができれば、現在王都へ向けて移動中の「正真正銘のメテオ・ジェフ・ロバーツ」に追手が迫る心配が無くなる。
メテオの身の安全が保証されること……これこそが、南都戦士の最後の役目であると、マロウータンたちは自負していた。
「バンナイ。本陣は頼むぞ」
マロウータンはバンナイにそう告げると、アーロンとダンカンを引き連れ本陣を後にしようとする。するとバンナイは、アーロンとダンカンの肩を叩く。
「バンナイ?」
「2人共、速攻で討死など許さんからな! できるだけ生きる時間を稼げ。あと……改革の連中には絶対捕まるではないぞ! 敵に捕らわれるのは儂の仕事だからな!」
アーロンは鼻で笑う。
「フッ……わかっておるわ。最期は南都戦士らしく華々しく散って見せようぞ!」
ダンカンも微笑む。
「縄目の恥辱はバンナイ殿にお譲り致す」
「それがいい。敵に捕まるなど、老体のバンナイにお似合いの役目だからな」
「アーロンよ。相変わらず口が悪いのう……」
バンナイたちは笑みを零す。マロウータンがその様子を微笑ましく見つめていると、バンナイが彼の元まで歩み寄り、その肩を叩く。
「マロウータンよ。お前とは……もう少し早く、分かり合いたかった。さすれば、お前と旨い酒を酌み交わしていたのにのう……」
「バンナイ……」
目頭を熱くさせるマロウータンの手をバンナイがそっと握る。
「良いか? マロウータン。儂も含め、皆、覚悟を決めておる……だが……希望だけは捨てるな! 例えそれが、勝てる見込みがない負け戦だとしてもだ。希望を捨てた時が……本当の敗北だ。少なくとも儂は、まだ希望を捨てておらぬ。南都戦士の勝利を……信じておる……」
マロウータンはバンナイの手を強く握り返す。
「あいわかった。希望は……持ち続けよう……!」
マロウータンの返事を聞いたバンナイは静かに頷くと、握っていた手をゆっくりと離す。
「さあ、マロウータン、アーロン、ダンカンよ。南都戦士らしく、立派に戦ってこい!」
「行って参る……!」
マロウータン、アーロン、ダンカンは馬に跨ると、勇ましい声を轟かせながら本陣を後にした。
バンナイは、その後ろ姿を見つめながら、独り言を漏らす。
「どうやら、気付いていないようだな……」
バンナイは拳を強く握りしめる。
「お前たちは……儂が死なせん……!」
バンナイは独り言を終えると、側近を呼び寄せた。
馬に跨り、ブルーム平原を疾走するマロウータン。その両隣には、同じく馬に跨る2人の影武者の姿があった。
本陣を出発して直ぐに、2人の影武者が行動に移す。
「マロウータンよ。私たちはこれより二手に分かれる。お前は『メテオ様が前線にご出馬された』と、偽の情報を流せ」
「あいわかった。そなたらの武運を祈っているぞ!」
アーロンとダンカンはマロウータンに微笑み掛けると、対なる方向へと駆け抜けていった。
一人、馬を進めるマロウータンは、先程バンナイが言い放った言葉を思い出す。
「希望を捨てるな、か……」
マロウータンは近付いてくる激しい戦火を見つめながら、独り言を漏らす。その手綱を握る手に力が入る。
「バンナイよ、なら教えてくれ……この状況をどうしたらひっくり返せる? 今の儂が抱いているのは……絶望じゃ……瞳に映るは……この無情な現実だけじゃ……」
マロウータンは満天の星を見上げる。
「この世には星の数だけ希望がある。じゃが……今の儂らにとってその希望は……この星のように届かぬ存在じゃ……」
マロウータンは満天の星に手を伸ばす。
「届かぬ……届かぬ……儂の手では……掴めぬ……」
マロウータンの頬に一筋の涙が伝う。
「父上……兄上……お二人の望み……叶えることができませんでした……どうか……この私をお許しくださいませ……」
マロウータンは天を見つめながら、笑みを浮かべる。
「父上……兄上……もう間もなくそちらに向かいます……お待ちくださいませ……」
次の瞬間、マロウータンは己の耳を疑った。
『ならぬ……!』
「ち、父上っ!?」
突然、ブルーム平原に、亡き父オジャウータンの低い声が響き渡る。と同時に辺りが暗転。気付くとマロウータンは、暗闇の空間で一人立ち尽くしていた。先程まで跨っていた馬の姿もない。
マロウータンは混乱する。自分はつい先程まで馬に跨り平原を疾走していた筈。しかし今居るのは、光が一つも存在しない暗闇の世界だ。彼は状況を飲み込めずにいた。
マロウータンが周囲を見渡していると、再びオジャウータンの声が耳に届く。
『ならぬ……! 今死ぬのはならぬ……!』
「父上!? 父上なのですね!? どちらにいらっしゃるのですか!?」
マロウータンが父親の姿を探す。すると目の前に2人の人物の姿が浮かび上がる。それは、暗転したステージでスポットライトを当てられているかのようだ。
マロウータンは震えた声で言葉を漏らす。
「父上……兄上……!」
マロウータンの前に現れた人物。
それは、アライバ渓谷でダミアンら改革戦士団の襲撃に遭い、壮絶な討死を遂げた、父オジャウータンと兄ヨノウータンだった。
つづく……




