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第143話 涙の斬撃 【挿絵あり】



 ――ブルーム平原、南都連合軍・野外病院。

 ここでは、次々と運ばれてくる負傷者の手当が行われていた。

 ジョナスたち軍医は、治癒系空想術を用いて、重傷者たちの治療に専念。比較的軽度の負傷者についてはクボウ家臣の妻子たちが担当していた。その中に、マロウータンの娘シオンと、老年執事クラークの姿もあった。

 2人は空想術を使用して手際良く軽傷者たちの怪我を治していく。

 治療を終えた兵士は立ち上がると、シオンに深々と頭を下げる。


「シオン様! 私なんかの怪我を治して頂き、本当にありがとうございます! この御恩は一生忘れません!」


「礼には及びません。少しでも貴方のお役に立てて嬉しく思っております」


「勿体ないお言葉です……」


 兵士は目に涙を浮かべながら再び頭を下げると、戦場へと戻っていった。


「ご武運を……!」


 シオンがその後ろ姿を見送っていると、院内の奥の方から、治療に当たる女の声が聞こえてきた。


「シオン様。申し訳ありませんが、こちらも手をお貸しください!」


「わかりました! 今そちらに……」


 シオンは立ち上がり移動を始めようとする。しかし彼女を立ち眩みが襲う。倒れそうになった彼女をクラークが小さな身体で支える。


「お、お嬢様! 大丈夫ですか!?」


「ええ。大丈夫よ。少し目眩がしただけです……」


「少し休まれた方が……」


 シオンは首を横に降る。


「いいえ……休んでいる暇などありません。まだ治療が終わっていない兵士の皆さんが大勢居ります。彼らの方が私たちより、何倍も苦しい思いをしているのですから……」


「し、しかし……」


 シオンの体力も限界に近い。クラークはそんな彼女に休息をとるよう説得を続ける。すると野外病院に一人の少年……いや、青年が姿を現した。


「シオン、ご苦労様」


「アッパレ従兄(にい)さん、何故ここに?」


 坊ちゃん刈りの童顔青年の正体は、マロウータンの甥「アッパレ・クボウ」である。つまりシオンの従兄(いとこ)だ。

 アッパレはシオンの元に歩み寄ると、ある要件を伝える。


「シオン。負傷者と民を連れカルム領まで撤退するぞ。これは叔父上の命令だ」


「お父様の……!?」


 アッパレが伝えた要件。それはマロウータンの命令だった。

 その内容は、現在戦闘中の将兵を除き、軍医と負傷者、家臣の家族や民たちを連れて、カルム領内まで退却せよというものだった。

 愚問ではあるが、シオンがアッパレに尋ねる。


「アッパレ従兄さん、お父様は……?」

 

 アッパレは険しい表情で答える。


「叔父上は、ここに残る……」


 するとシオンがアッパレに訴える。


「なれば……! 私もお父様と一緒にここに残ります!」


「それは許さないよ! 我輩は叔父上から全てを託されたのだから……」


「全てって……?」


「叔父上は……覚悟を決められた……叔父上から望みを託された以上、君を意地でも戦場から退避させる……」


 マロウータンの覚悟。それは死を意味している。

 シオンは顔をしわくちゃにさせると、大粒の涙を瞳から零す。


「お父様……嫌ですわ……嫌ですわそんなの……! 私は……ずっと、お父様と一緒に……!」


「シオン……我輩たちも、覚悟を決める時だ……」


「嫌だよ……もう大切な人達を失うのは……たくさんですわ……」


 アッパレは、両手で顔を覆い泣き崩れるシオンをそっと抱き締めると、こちらの様子を伺っていたジョナスに視線を送る。ジョナスはその視線に応えるようにして静かに頷く。直後、軍医たちが慌ただしく撤収の準備を開始した。




 ――その頃、ヨネシゲたちカルム隊は、サラが操る屍相手に死闘を繰り広げていた。

 サラは上空からその様子を楽しそうにして眺める。


「さあ、ヨネシゲ・クラフト。この試練、どう切り抜いて見せるのかしら? 私をたくさん楽しませてちょうだいね」


 ステッキを握るサラの手に力が入る。

 刺されても、斬られても、殴られても、屍は何度も起き上がり、ヨネシゲたちを襲う。そして屍に殺されたカルム男児は、今度は屍に加勢して同輩たちに斬り掛かる。そして、また新たな屍が誕生していく。

 減るどころか、次々と増えていく屍兵に、ヨネシゲが焦りを見せる。


「マズイぞ! このままじゃ全員ゾンビ兵にされちまう! 殴っても蹴っても、何度も起き上がってくるし、これじゃ切がねえ!」


 ヨネシゲの言葉を聞いたドランカドが、屍に向かって右手を構える。


「ヨネさん。相手は痛みを感じない操られている死体です。肉体がある限り俺たちを襲ってきます!」


「どうする?」


「こうするんです!」


 ドランカドはそう言うと、十数体の屍に向かって、構えた右手から真っ赤に燃え盛る炎を噴射させる。案の定、屍の肉体は炎に包まれ、断末魔を上げながら灰と化していく。

 地面には先程まで肉体を持っていた骸骨が鎧を着たまま倒れていた。辺りには焦げ臭い異臭が立ち込める。


「ヨネさん。屍の動きを封じるには燃やすのが手っ取り早いですよ。若しくは屍から手脚を切り落とすしかありません」


「言われてみれば、屍の動きを止めるにはその方法しか無さそうだな……」

 

 屍は、肉体が保たれている限り攻撃を仕掛けてくる。屍の攻撃を封じ込めるには、ドランカドのように空想術で屍を火葬するのが手っ取り早い。或いは、屍の手脚を何らかの方法で切断するのが有効だろう。

 肉弾戦を得意とするヨネシゲは後者の方法を選んだ。肉弾戦と言っても、空想術で鋼鉄化された彼の手脚は鈍器そのものだ。

 改革戦士団戦闘員の屍が、人とは思えない咆哮を轟かせながら、ヨネシゲを襲う。生前よりも活発に動き回る屍は、大剣を無造作に振り回す。

 ヨネシゲは、一瞬の隙を突いて、屍の関節に拳を食らわす。ヨネシゲの拳撃の威力は凄まじく、屍の手脚を胴体から切り離していく。手脚を失った屍は地面に倒れると、不気味なうめき声だけを漏らしていた。

 ヨネシゲやドランカドの戦い方を見ていた他のカルム男児たちも、屍から手足を、肉体を奪う戦法に変えていく。

 徐々に動き回る屍の数も減っていき、カルム隊が優勢に傾きつつあったが、一つ問題点があった。その問題に今、イワナリが直面していた。


 イワナリは空想術で巨大熊に変身しており、屍の数体を蹴散らすことなど容易い筈だ。しかし彼は、一体の屍に苦戦を強いられていた。いや、彼は攻撃を仕掛けようとしていなかった。その熊の瞳からは大粒の涙が止めどなく流れ落ちていた。

 イワナリは鼻をすすりながら声を震わせる。


「斬れねえよ……斬れねえよ……シーチキン屋のオヤジ……アンタは斬れねえ……」


 イワナリと対峙する屍。それはイワナリが学生時代から通い詰めていた、シーチキン屋の店主だった。この店主もまた召集令状を受け取り、戦地に赴いたイワナリの同志であったが、今は敵としてイワナリに斬り掛かる。

 当然、イワナリも理解している。自分に斬り掛かる同志が、既に命尽きていることを。だが「情」と言うものが、イワナリの戦意を削いでいく。


(わかってるけどよぉ……わかってるけどよぉ……)


 イワナリの記憶が蘇る。

 彼が店を訪れると、店主はいつも笑顔で出迎え、瓶から溢れる程シーチキンをサービスしてくれた。そして自分の後ろ姿が見えなくなるまで見送ってくれた。


 ――温かい人だった。


 しかし「情け」は、戦場では命取りとなる。

 攻撃を交わしながら後退りを続けていたイワナリに、後方を確認する余裕などない。そして彼は、地面に横たわる動きを失った屍に足を引っ掛け、バランスを崩す。


「うわっ!」


 巨大熊が転倒する。

 屍は転倒した熊の上に飛び掛かると、その喉元に剣を突き刺そうと構えた。

 万事休すと思われたその時、ヨネシゲの拳が屍の胴体を射貫く。

 屍は吹き飛ばされるも、直ぐに身体を起こし、襲い掛かろうとする。

 その間にヨネシゲがイワナリに喝を入れる。


「何やってんだっ! イワナリっ! しっかりしろっ!」


 イワナリは泣き叫ぶ。


「俺にあの人は斬れねえ!」


 ヨネシゲは訴える。


「よく考えろっ! あのオヤジさんが、お前を殺してしまったら、天国でどんな顔をするかっ!?」


 イワナリは顔をハッとさせる。そんな彼にヨネシゲは言葉を続ける。


「本当にあのオヤジさんの事を想っているなら……これ以上、オヤジさんの手を汚すようなことは、あっちゃいけねえ。汚れるのは……生きている俺たちだけで、十分だ……!」


 ヨネシゲの言葉を聞いた巨大熊イワナリが吠える。

 イワナリは立ち上がった途端、全速力で、迫りくる店主の屍に突進していく。

 イワナリが鋭い爪を構える。


「アンタは俺が汚れさせねえ! 綺麗なまま……天国へ旅立ってくれ……!」


 巨大熊イワナリの爪が店主の屍を切り裂く。

 店主の屍は力を失い、地面に倒れた。

 イワナリは変わり果てた店主の前でしゃがみ込む。


「オヤジ……そんな顔は似合わねえだろうがよ……」


 イワナリは、絶叫の表情を見せる店主の顔を両手で優しくほぐす。開いた瞳と口を閉じてあげると、店主の表情はいつもの穏やかなものに戻った。

 その優しい顔には、人肌の温もりを宿らせた大粒の雨が、いつまでも降り注いでいた。

 

 小刻みに身体を震わす巨大熊。その隣でヨネシゲは上空を見上げる。そこにはサラの姿があった。


(お姉ちゃん、随分酷いことをしてくれるじゃねえか。俺は、女性には手を挙げないと心に決めていたが……お姉ちゃんは例外のようだ……)


 ヨネシゲが静かに口を開く。


「イワナリ……」


「なんだ……?」


「お前のその馬鹿力で、俺をあの姉ちゃんの所まで投げ飛ばしてくれるか?」


「容易いが……どうするつもりだ?」


「決まっているだろ? あの姉ちゃんをぶっ飛ばす……いや、地獄に送ってやる……! 悪は根源から絶つ!」


「わかった……」


 イワナリは涙を拭うと、ヨネシゲを抱き上げた。




 その上空。サラは徐々に数を減らす屍兵を眺めながら独り言を漏らす。


「だいぶ数を減らしたみたいね。ま、これくらい抗ってくれないと困るわ。この程度でくたばるようでは、()()の楽しみが無くなってしまうからね……」


 サラは、顎に手を添えながら不敵に笑う。

 その時だった。地上からある男の雄叫びが轟いてきた。彼女が視線を下ろすと、鬼の形相を見せるヨネシゲが、物凄い勢いで上昇してくるのが見えた。


「ついに来たわね……」


 サラは腕を組みながらヨネシゲの接近を待つ。







    挿絵(By みてみん)

    挿絵(By みてみん)







「お姉ちゃんっ! お前は許さねえからなっ!」


 ヨネシゲは全身を青白く発光させながら拳を構える。強烈なエネルギーを纏う彼の拳の周りは、空気が歪んで見えた。


「覚悟しろっ!!」


 ヨネシゲの拳がサラの顔面に迫る。その距離あと拳一つ分。しかし、ヨネシゲ渾身の鉄拳は、彼女の頬に届く事は無かった。


 ヨネシゲの体が、表情が、動きがピタッと止まる。


「う、動かねぇ……」


 ヨネシゲは僅かに動く口元に力を入れながら言葉を漏らした。

 サラが高笑いを上げる。


「アッハッハッハッ! 醜い顔ね、ヨネシゲ・クラフト! でも、よく似合っているわよ」


 ヨネシゲは息を荒げながら怒号を上げる。


「一体お前らは何がしたい!? こんなことをして何が楽しい!? これは()ではなく、ただの()()だ!」


 サラは笑いを止めると、冷たい眼差しを向ける。


()と勝手に決めつけているのはそちらさんでしょ? 元より私たちは、殺戮を行うつもりでここまで赴いているんだから……」


「何故? 何故そんなことをする必要がある!?」


 ヨネシゲが尋ねると、サラから驚きの答えが返ってきた。


「この世界を……あなたが構築した世界を一から造り変えるためよ。そのためには、既存のものをある程度破壊する必要があるの……」


「俺が作った……世界を……?」


 サラの言葉にヨネシゲは思考を停止させる。そんな彼に彼女は言葉を続ける。


(とぼ)けないでちょうだい。知ってるでしょ? この世界はあなたによって構築された世界……いや、正しくは、あなたが造り変えた世界であることを」


「俺が造り変えた世界?」


「そう。覚えているでしょ? あなたは、既存のものを排除し、新たなものと置き換えた。例えばそれは、人だったり、物だったり……」


「もしかして……」


 ヨネシゲは自分の記憶を辿る。

 この世界は、ソフィアが描いた物語がベースとなった空想の世界である。

 そして、ヨネシゲがソフィアの描いた物語を読む際、物語の登場人物を、自分の記憶の中にある人物と置き換えていた事を思い出す。それはソフィアだったり、ルイスだったり、姉家族だったり……

 そう。ヨネシゲは既存の登場人物を排除して、物語を自分色と塗り替えていた。


 サラは悔しそうな表情を見せる。


「あなたはこの世界を改竄(かいざん)し、私たちの居場所を奪った。私たちは、あなたの欲求を満たす為に排除された存在なのよ!」


「改竄、排除って……俺はそんなつもりは……!」


「まだしらを切るつもり? それとも、私みたいな小物、忘れてしまったかしら?」


「一体、何を言っている!?」


「思い出しなさい。サラという名前を。あと、もう一人、ソードという男も居るわ。フフフ……これでやっと思い出すんじゃない?」


「サラと……ソード……!」


 ヨネシゲはハッとする。

 その2人の名前には確かに覚えがあった。

 ヨネシゲの反応を見たサラが、薄ら笑いを浮かべながら尋ねる。


「さあ、言ってみて。サラとソードって、一体何者なのかしら?」


 ヨネシゲは唇を震わせながら答えを返す。


「物語の……主人公の……相棒たちだ……」


 サラはニヤッと笑う。


「ご名答! 私とソードは、主人公ヨネシゲによって切り捨てられ、存在を消された、不運の登場人物。でも、思い出してくれて光栄だわ! ね? 主人公さん……」


 サラは年相応の可愛らしい笑顔を見せた後、ヨネシゲの額を指で弾く。


「うわぁぁぁぁっ!!」


 ヨネシゲは地上に向かって墜落していく。

 サラはその様子を見つめながら、ヨネシゲの額を弾いた指をマントで拭う。


「ちっ。脂が付いたじゃない。汚ねえジジイだな……」


 サラは顔を歪ませながら言葉を吐き捨てた。



つづく……

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