第142話 ブルーム夜戦(後編)
「カルムタウンは焼け野原」「住民・兵士たちを虐殺」「カルム学院守衛を殺害」――ロイドの発言にヨネシゲたちの思考が停止する。
(コイツが言っていることは本当なのか!? だとしたら……ソフィアやルイス、姉さんたちはどうなった!?)
顔面蒼白のヨネシゲに、ロイドがカルムの惨劇を語る。
「それにしても愉快な一時だったぜ。逃げ惑う想人を追い回すのは最高の娯楽だ。特に女と子供はいい声で泣き叫ぶ。最後に見せるあの絶望の表情と言ったら……」
突然ロイドが腹を抱えながら笑う。
「ブッヒャッヒャッヒャッ! 思い出しただけで笑いが止まらねぇ! 奴らの顔芸は最高だったぜ! これだから殺しはやめらんねえ!」
イワナリは涙を流しながら怒号を上げる。
「カルムの人々に何の恨みがあるっていうんだよ!? 何でこんな酷いことをするんだ!?」
「別に恨みはねえ。ただ俺の視界に入ったから殺しただけだ。まあこれは、総帥の命令でもあるがな……」
温厚なドランカドが声を荒げる。
「救いようのねぇクズ野郎だな! 想人はお前の遊び道具じゃねえ!」
ロイドはドランカドを徴発する。
「黙れ、真四角野郎。想人は僕ちゃんの玩具なの! 僕ちゃんが満たされれば、それでいいんだよ!」
この男、完全に狂っている。
ヨネシゲは、怒りとはまた別の強い憤りを感じていた。そして、ヨネシゲの脳裏にあの悪魔の姿が蘇っていた。
(本当に救いようのない野郎だ。まるで、ダミアンを見ているようだ……)
現実世界でソフィアとルイスを惨殺したあの男――ダミアンの姿が、目の前で狂乱するロイドの姿と重なる。
(これ以上、コイツを生かしちゃおけねえ……コイツは俺がこの手で始末する……!)
ヨネシゲは静かなる怒りの炎を心に灯す。その彼を嘲笑うかのようにロイドが蛮行に及ぶ。
「ギャッハッハッ! 教えてやるよっ! お前らも俺の玩具に過ぎないということをな!」
突然ロイドがサバイバルナイフを振り回す。すると先程と同じ疾風がブルーム平原を駆け巡る。
空気の刃によって切り裂かれるカルム男児たち。男たちの悲痛な叫びが真夜中のブルーム平原に響き渡る。
「ヒャッハー! 全員地獄送りにしてやるよっ! 泣き叫び、苦しんで死ねっ!」
狂ったようにサバイバルナイフを振り回し続けるロイド。鎌鼬がブルーム平原を支配する。
その時だった。正義の拳がロイドの顔面を捉える。
「地獄に落ちるのはお前だ!」
「!!」
吹き飛ばされるロイド。その瞬間、鎌鼬現象がピタリと止まる。
蹲っていたロイドが悔しそうな表情で顔を上げる。彼の前歯は折れ、鼻から血を流していた。そしてロイドの視界にあの男の姿が映し出される。
「クッ! ヨネシゲ……クラフト……!」
ロイドの目の前には、拳を構え仁王立ちするヨネシゲの姿があった。
ヨネシゲの腕や脚、顔に刻まれた傷からは血が流れ落ちていた。ロイドの風の刃を受けた為である。
ヨネシゲの姿を見たドランカドが叫ぶ。
「ヨネさん! 無理しちゃいけません!」
ヨネシゲはドランカドに視線を向ける。
「ドランカド。お前はイワナリと協力して他の皆を援護してくれ。コイツは、俺が殺る……!」
ヨネシゲの怒りを宿した鋭い眼差し。ドランカドは身震いさせた後、静かに頷き了承した。
「俺を殺るだと? 自惚れるなよ、クソジジイ! お前は俺を本気で怒らせたようだな!」
鬼の形相で怒りを露わにするロイド。彼は立ち上がるとサバイバルナイフを振り上げた。
「肉片にして鳥のエサにしてやる!」
ロイドはサバイバルナイフを勢いよく振り落とす。
風の刃がヨネシゲに襲い掛かる。
ロイドは勝ち誇った様子で口角を上げた。
「俺に喧嘩を売ったらどうなるか……思い知るんだな!」
ロイドが高笑いを上げようとした時だ。彼が予想打にしなかった出来事が起きる。
ヨネシゲが迫りくる風の刃を拳で弾き飛ばしたのだ。
ロイドは驚いた様子で言葉を漏らす。
「馬鹿な! 俺の鎌鼬を見切っただと!? こんなジジイに俺の技が見えるというのか!?」
ヨネシゲが淡々と答える。
「お前が放った風の刃は無色透明。通常では見えない存在だ。だが、お前の風の刃は空気を歪ます。そしてその歪みは、空想術で視力を強化すれば容易く見破る事ができる!」
「畜生っ! 冗談じゃねえぞっ!」
怒り狂ったロイドはサバイバルナイフを振り回し、ヨネシゲに向かって無数の風邪の刃を放つ。
対するヨネシゲはロイドに向かって猛進する。そして、無数の風の刃を拳で受け止め、捻じ伏せ、弾き返す。
ヨネシゲを通過していった風邪の刃は、ドランカドとイワナリ、クボウ家臣のリキヤや腕の立つ者たちが受け止め、往なす。
ヨネシゲとロイドの距離が次第に縮まる。
「これで、終わりだっ!」
「来るなぁぁぁっ!!」
ヨネシゲの青白く発光した鉄拳が、ロイドの顔面を捉える。彼の顔面は粉砕音と共に陥没した。
地面に倒れた金髪青年の顔はもう「ロイド」だと判別できなかった。
ヨネシゲは肩で大きく息をしながら、ロイドの亡骸を見下ろす。
勝負が付いた。
一同、胸を撫で下ろしたのも束の間。新たな刺客がヨネシゲの前に姿を現した。
「お見事ね、ヨネシゲ・クラフトさん。あなたの戦いぶり、全て見させてもらったわ」
「だ、誰だ!?」
突然、夜空から聞こえてきた若い女の声。
ヨネシゲは上空を見上げる。そこには、月明かりに照らされながら空中を浮遊する、一人の女の姿があった。
ヨネシゲが彼女に正体を尋ねる。
「姉ちゃん、君は何者なんだ? まさか姉ちゃんも改革戦士団の一員か?」
青い瞳の魔女風の女は、赤い髪を靡かせながら微笑みを浮かべる。
「ご名答。私は改革戦士団幹部のサラよ。一応、組織の中では四天王と呼ばれているわ」
「改革戦士団の幹部……四天王だと……」
ヨネシゲたちの前に立ちはだかったのは、改革戦士団四天王「サラ」だった。
彼女は髪を耳に掛けながら意味深な言葉を口にする。
「戦闘長相手に中々やるじゃないの。褒めてあげるわ。流石、腐っても『ヨネシゲ』は『ヨネシゲ』みたいね……」
ヨネシゲは眉間にシワを寄せる。
「姉ちゃん……それはどういう意味だ?」
ヨネシゲが言葉の意味を確認するも、サラはそれを聞き流し、次なる台詞を口にする。
「ねえ、ヨネシゲさん。私と少し遊びましょう」
「遊びだと?」
遊びとは何か? 美しい見た目の彼女とはいえ、改革戦士団幹部が口にすることだ。まともな事では無いだろう。案の定、サラは不敵な笑みを浮かべた後、銀色のステッキを地上に向かって振り下ろす。
ステッキが紫色の光に包まれたと思うと、地上である異変が発生した。
突然、絶命した筈のロイドが体を起こし立ち上がる。
「まだ生きてやがったか!?」
ヨネシゲは咄嗟に身構える。だがヨネシゲは直ぐに違和感を覚えた。ロイドからはまるで生気が感じられない。いや、そもそもあの陥没した顔面で生きていられることが不思議だ。そしてヨネシゲは更に目を疑う光景を目にする。
ロイドによって殺害されたカルム男児、改革戦士団戦闘員も次々と体を起こし立ち上がるのであった。彼らもロイドと同じく生気が感じられない。
イワナリが怯えた様子で言葉を漏らす。
「ま、まるでゾンビだぜ……」
ヨネシゲは上空のサラを睨み付ける。
「死体を操るとは……姉ちゃんも中々の外道だな……」
サラは笑いを漏らす。
「フフフ。外道ね……それ、最高の褒め言葉よ」
サラが再びステッキを振り下ろすと、屍がヨネシゲたちに襲い掛かる。
つづく……




