第139話 三人の影武者
――ここは南都連合軍本陣。
憂いの表情を見せるマロウータンと南都大公メテオは、遠くに見える戦火を見つめていた。その2人の背後には、南都五大臣のバンナイ、アーロン、ダンカンが控えていた。
メテオはマロウータンに尋ねる。
「他領からの出征者は引き上げたか?」
「ええ。多くの者が引き上げたと報告を受けております。それでも、半数近くの者がこのブルーム平原に留まり、我々と共に戦う意思を見せてくれております」
メテオは目頭を熱くさせる。
「そうか……私たちのために、多くの者が残ってくれたのか。感無量だ……」
「メテオ様。この勇気ある戦士たちの力を借りれば、この苦難、きっと乗り越えられることでしょう!」
「ああ。そう信じている……」
メテオは嬉しそうに笑みを浮かべた。その直後、マロウータンが膝を折る。と同時に、南都五大臣の3人もマロウータンの隣に並ぶと、彼と同じく片膝を地に付けた。
メテオが困惑していると、マロウータンが口を開く。
「メテオ様。我らはこれより前線に向かい、敵を蹴散らして参ります。メテオ様はその隙に王都にお逃げくだされ」
「王都に逃れろだと……? それは断じてならぬ! 私の覚悟はお前たちに聞かせた筈だぞ? 今夜を越すことができなければ……私は敗北を認め、敵にこの身を捧げると……! これ以上、被害を拡大させないために……」
マロウータンは首を横に振る。
「メテオ様のお身柄が敵の手に渡れば、彼奴らの暴走はより一層加速することでしょう。斯様なことはあってはなりません! メテオ様は……意地でもここからお逃がし致します! ここは我々にお任せ……」
メテオはマロウータンの言葉を遮る。
「お前たちを見捨てる事などできぬ! 例えこの先、悲惨な最期が待ち受けていようとも、命尽きるその時まで、お前たちと共に……!」
マロウータンが怒号を上げる。
「散っていった者たちの気持ちを無駄にするおつもりかっ!?」
「!!」
マロウータンは直ぐに頭を下げる。
「ご無礼仕りました。然れど、リッカルドにオスカー、多くの南都戦士たちは、南都を……メテオ様を守る為に散っていきました。メテオ様が敵に拘束され、命を落とすような事があれば、彼らはどのような顔をするでしょうか? 彼らの気持ちを踏み躙るような行いは、幾らメテオ様とて、この私が許しませんぞ!」
俯くメテオに、マロウータンが優しく微笑み掛ける。
「メテオ様……生き延びてくだされ。生き延びて……生き延びて、散っていった者たちの仇を取ってくだされ。メテオ様ならきっと、それを成し得る事ができましょうぞ!」
マロウータンが言葉を終えると、アーロンが申し訳無さそうに口を開く。
「私と……バンダイとダンカンは、メテオ様を盾にして生き延びようとしました。私たちは主君を裏切った愚か者です。臣下として、決して許されない行為です……」
彼の言葉にバンナイが頷く。
「ですがメテオ様は、そんな裏切り者の我々を許し、再び取り立ててくださった。この返し切れない程の御恩は、命ある限りお返し致します!」
ダンカンが力強い声で訴える。
「だから、だから今度は……! メテオ様が私たちを盾にして、お逃げくだされ!」
すると、言葉を終えたバンナイ、アーロン、ダンカンが突然身体を発光させる。やがてまばゆい光が収まると、メテオはその光景に言葉を失う。
「我々がメテオ様の影武者となり、敵の目を欺いてご覧に入れましょう!」
メテオの目の前には、自分と瓜二つの男が3人跪いていた。
――その頃、ブルーム平原を疾走する男たちの姿があった。その正体は、ヨネシゲたちカルム隊だ。
カルム隊から発せられる雄叫びは、闇夜を切り裂き、轟音を響かせる稲妻の如く、男たちが前へ前へと突き進んでいく。
雄叫びを上げることで気持ちが昂る。彼らが先程まで抱いていた不安と緊張は完全に掻き消されていた。
そんな中、ヨネシゲがイワナリに尋ねる。
「おい、イワナリ。熊になってるのはお前だけだぜ。下手したら恰好の標的になっちまうぞ?」
イワナリは熊に変身した顔を緩ませる。
「へへっ。逆に相手にされねえかもな」
「そんな訳あるか。俺だったら、お前みたいな巨大熊は真っ先に攻撃するぞ」
「おうおう! 酷いこと言ってくれるじゃねえか!?」
「ドンマイ!」
「ナッハッハッ! まったくよぉ、お前は調子がいい野郎だぜ!」
「ガッハッハッ! その言葉、そのまま返してやるよ!」
イワナリは、オスギが戦線を離脱した件で、酷く落ち込んでいた。しかし今は、笑いを交えながらヨネシゲと冗談を言い合っている。立ち直りの早さが彼の持ち味……いや、今は無理をしているだけかもしれない。
ヨネシゲはイワナリの心情を察する。
(イワナリの野郎、無理しやがって。お前がどれだけオスギさんを慕っていたか、俺は知っている。それに、お前は顔に似合わず繊細だからな。ショックは大きかった事だろう。ゆっくり心を休めてくれと言いたいところだが、今はそんな事を言っている余裕はない……!)
ヨネシゲは前方に視線を移す。その先には、大剣を構える、漆黒の甲冑に身を包んだ集団の姿が見えた。
ドランカドがヨネシゲとイワナリに伝える。
「来ましたよ! 改革戦士団っす! 2人とも身構えて!」
「ああ……」
ヨネシゲは相槌を打った後、拳を強く握りしめる。
「俺たちの平穏な日常を……これ以上、ぶち壊させねぇ……!」
ヨネシゲの怒りの灯火が静かに灯された。
つづく……




