第138話 出撃の時(後編)
オスギが戦線離脱の意思を伝え終えた途端、イワナリが声を荒げる。
「オスギさん! 今更何を言ってるんですか!? 俺たちを置いて帰るなんて、そんなの薄情過ぎますよ!?」
透かさずヨネシゲが制止する。
「やめろ、イワナリ。大公様があのような意向を示した以上、俺たちが戦う必要は無くなったんだ。もう強制じゃない。ここから先は任意だ。俺たち個人の意思に任されている。だからオスギさんが決めた事に俺たちが口を出す権限はねえ」
しかし、イワナリは納得しない。
「そりゃ俺だって、今直ぐカルムに帰って娘の顔を見たい。だけどな、今ここで逃げたら……娘の本当の笑顔を守ることができねえだろうがよっ! 俺たちの背後に家族の存在が居ることを忘れちゃいけねえ! 残りの余生は妻と孫とゆっくり暮らしたいだぁ? そんなの皆同じだ! 甘ったれた事言わないでくれ! 俺たちは覚悟を決めてここに来たんでしょうがっ!」
イワナリは早口で言葉を言い終えると、息を荒げる。オスギはゆっくりと数回頷いた後、再びイワナリに理解を求める。
「ああ。そのことは重々承知している。今逃げれば、そのツケはいつか必ず回って来るだろう……」
「だったら……!」
「でもな、イワナリ。先程ドランカド君が言っていた通り、ここに残って戦うことが必ずしも正解ではない。果たして、戦って死ぬことが、本当に家族を守る事に繫がるのか? 側に居てあげるからこそ、守れるものもあるんじゃないのか?」
イワナリが声を荒げる。
「まるで自分が正しいような言い方はやめてください! ここに残って戦おうとしてる俺たちが馬鹿みたいじゃないですか!?」
「馬鹿にしているつもりはない。俺は自分の考えを述べたまでだ。だから俺は、自分の考えに従おうと思う……」
「要するにそれは、俺たちを置いて帰るってことですか!? 俺たちを見捨てるんだな!? それであなたは明日食うメシが美味いかっ!?」
「――俺のような老いぼれが残っても、皆の足を引っ張るだけだ。ここに居ない方がいい。それにもう直、リゲルの援軍が来ると聞いている。さすれば、南都軍にも明るい兆しが……」
イワナリがオスギの言葉を遮る。
「まるで他人事ですね! オスギさん、見損ないましたよ! オスギさんがこんな甘ちゃんで、腰抜けで、人でなしだとは驚いたぜ! 話にならねえよ!」
「イワナリ、もうやめろ!」
ヨネシゲが制止すると、イワナリは諦めた様子でそっぽを向く。
「はいはい! わかりましたよ! 帰りたければとっとと帰ってください! 裏切り者の腰抜けジジイの顔なんぞ、もう二度と見たくねえ!」
「イワナリっ! オスギさんになんてこと言いやがる! 言い過ぎだぞっ!」
「フン!」
イワナリはヨネシゲに注意されると、早足でその場から姿を消した。
ヨネシゲが呆れた様子で頭を抱えていると、オスギが頭を下げる。
「ヨネさん、ドランカド君、すまんな。俺のことで迷惑を掛けてしまった……」
ドランカドがオスギを気遣う。
「オスギさん、頭を上げてください。俺たちのことは気にしなくて大丈夫っすから……」
ヨネシゲもドランカドの後に言葉を続ける。
「オスギさん。イワナリの言うことは気にしないでください。あの野郎には、後で俺からキツく説教しておきますよ!」
オスギは首を横に振る。
「いや、イワナリを叱らないでやって欲しい。奴の言う事は間違っちゃいない。イワナリが怒るのも当たり前だ。俺は仲間を見捨て、家族を選んだ裏切り者なのだから……」
「オスギさん……」
「もう俺は……ヨネさんたちに合わす顔がない。この辺でお別れにしよう……」
オスギは鞄に観光名所のガイドブックを仕舞うと、それを肩に掛ける。
「必ず生きて帰ってくるんだぞ! ヨネさんたちの武運を祈っている!」
「ちょ、ちょっと、オスギさん!」
「さらばだ……」
オスギは、呼び止めるヨネシゲに優しい笑みを見せると、一人陣所を後にした。
――その頃、陣所内の物陰には、一人立ち尽くすイワナリの姿があった。
「オスギさん……どうして……どうしてなんだよ? あの勇ましかった頃のオスギさんは何処に行っちまったんだ? 俺は、義理堅くて勇敢なオスギさんを尊敬していたんだぞ? それに……あなたが居なくなったら、この先、誰が俺を叱ってくれるんだ? 俺はオスギさんと一緒に、この苦難を乗り越えたかった……」
イワナリは静かに悔し涙を流した。
その後も陣所を立ち去るカルム男児は多数。最終的にカルム隊メンバーは、半数以上が離脱する結果となった。
――そして、ついに出撃の時。
リキヤが馬上からヨネシゲたちカルム隊を激励する。
「勇敢なるカルムの戦士たちよ! よくぞ残ってくれた! 君たちのその勇気は何者にも屈することは無いだろう! メテオ様の剣となり盾となり、邪悪なる悪魔を討ち果たそうぞ!」
轟く雄叫び。そしてヨネシゲたちに出撃命令が下る。
「全軍! 私に続けっ! 出撃だっ!」
「おおぉっ!!」
ヨネシゲたちカルム隊は、指揮官リキヤが乗る馬を追い、東へ向けて進軍を開始した。
――同じ頃。ブルーム平原、最前線。
改革戦士団の戦闘長たちが、南都連合軍に猛威を奮っていた。
ロイドは狂気じみた笑みを浮かべる。
「ヒャッハー! 俺の遠隔ナイフ乱舞、とくとご覧あれ!」
ロイドがサバイバルナイフを振り回すと、彼と間合いを取っていた南都兵たちの身体が、見えない何かに切り刻まれていく。まるで鎌鼬現象の如く。
ナイルは数体の想獣を召喚する。
「これは全部お前の餌だ。さあ南都の兵士を切り刻んで、焼いて、好きなだけ喰らうのだ!」
想獣は、逃げ回る南都兵たちを捕食する。
そして――改革戦士団四天王ソードとサラは、空中を浮遊しながら南都兵たちの惨劇を見下ろす。
「俺たちの出番は無さそうだな……」
「そうね。高みの見物でもさせてもらおうかしら……」
サラは、暴れ回るロイドとナイルに視線を向ける。
「それにしても……もっと早くに仕事を片付けておけよ。このバカ共……」
サラは不機嫌そうな表情で舌打ちする。
つづく……




