第137話 出撃の時(中編)
鳴り響く警鐘の中、クボウ家臣のリキヤがカルム隊陣所に姿を現す。彼はカルム隊の指揮官を任されている。
カルム隊に出撃命令を下しに来たリキヤだったが、彼から意外な言葉が発せられる。
「無理に君たちを戦場へ送り込むつもりはない。これはメテオ様のご意向である。戦う勇気が無いものは故郷に帰ってもらって結構だ。今ここで戦線を離脱しても咎めることはしない……」
戦線を離脱することを認める――南都大公メテオの意向を聞かされ、カルム男児たちの心が揺れ動く。
「お、おい……聞いたか? 帰ってもいいらしいぞ……」
「ああ。しかもお咎め無しだってよ」
「な、なら……俺は帰ろうかな……」
「おい、お前っ! 何を言っているんだ!?」
「正直言って、これは負け戦だ。ましてや敵は、あのオジャウータン様を討った連中だぞ? 俺たちが束になって掛かっても、敵う相手じゃねえ。無駄死にするのは目に見えている……」
「ああ。そうじゃのう。もし、本当に帰っていいと言うのであれば……」
一人のカルム男児が鞄を背負い、足早に陣所から立ち去ると、一人、また一人と荷物を纏め始める。その様子をヨネシゲは静かに見つめていた。
(ここまで来て今更逃げれるかよ。逃げるならとっくに逃げていた……)
ヨネシゲの脳裏にソフィアとルイスの顔が思い浮かぶ。
(俺一人の力は高が知れている。だが、お前たちの笑顔を守るため、俺は最後まで戦い抜いて見せるぞ! 例え、無情な結末が待っていようとも……!)
顔が強張るヨネシゲ。その肩をドランカドが軽く叩く。
「ヨネさん」
「ドランカド?」
「顔、顔。怖いっすよ~」
「あ、ああ。すまない……」
ドランカドはヨネシゲをリラックスさせるようにしてニコっと笑みを浮かべる。恐らく彼はヨネシゲの心情を察したのだろう。ヨネシゲは彼の笑顔に応えるように笑みを浮かべる。ここでドランカドが念を押すようにして口を開く。
「ヨネさん。良からぬことは考えていないでしょうね? 死ぬのはダメっすよ。必ず生きて帰るんですから!」
「ドランカド……すまない。一瞬、生きて帰ることを忘れていたよ……」
ドランカドは頬を膨らませながら、怒った表情を見せる。
「もう、ヨネさんってば! そんなの許さないんだからね!」
「ハハッ。気遣ってくれてありがとな。だけどもう大丈夫だ。俺はソフィアとルイスに必ず生きて帰ると約束した。2人と交わした約束は必ず守る! こんな所で死んでられんよ」
ドランカドは再びニコっと笑みを見せる。
「その言葉を聞いて安心しました」
「気苦労掛けるな……」
そこへイワナリとオスギがやって来る。そしてイワナリがヨネシゲに問う。
「おう、ヨネシゲ! まさかカルムに帰るなんて言わねえだろうな?」
ヨネシゲはニヤリと笑みを浮かべる。
「フン! 冗談言うな。俺たちは運命共同体だろ? 例え火の中水の中、この戦場だって一緒に乗り越えて行くんだからな! そうですよね? オスギさん……?」
オスギはヨネシゲに話を振られると、気まずそうにして顔を俯かせる。不思議に思ったヨネシゲが透かさず表情の理由を尋ねる。
「オスギさん? どうかしたんですか?」
ヨネシゲが尋ねるとオスギはしばらくの間、無言を保つ。ヨネシゲたちが心配そうにして彼の様子を見守る。そしてオスギは、意を決したような表情を見せると、その重たい口を開く。
「皆、すまんが……俺はカルムに帰らせてもらうよ……」
「オスギさん……」
オスギから発せられた予想外の言葉に、ヨネシゲは返す言葉を見つけることができなかった。
オスギが言葉を続ける。
「無理して戦わなくていいと言うのであれば、ありがたくカルムに帰らせてもらうよ。確実に生きて帰れる選択肢を選ぼうと思う。俺はもう老い先短いからな。残りの余生は、妻や孫とのんびりと暮らしたいのだ。俺の切なる願い……どうか理解してほしい……」
オスギは持っていた観光名所のガイドブックを握りしめながら、ヨネシゲたちに訴え掛ける。
オスギの言葉を聞き終えたヨネシゲが静かに口を開く。
「俺は構いませんよ」
「ヨネさん……」
「これは、オスギさんの人生です。オスギさんが進みたいと思う道を進んでください。オスギさんがどのような選択肢を選んでも、俺たちはオスギさんのことを恨んだりしませんから」
ヨネシゲはオスギの考えに理解を示した。ドランカドもヨネシゲに同調する。
「ヨネさんの言う通りっすよ。ここに残って戦うことが必ずしも正解ではありませんからね。生き延びれば、新たな希望も見えてくることでしょう……」
「本当にすまん……」
理解を示してくれた2人に、オスギは申し訳なさそうに頭を下げる。しかし、あの男はオスギの戦線離脱を認めようとしなかった。
「オスギさん。俺は認めませんよ!」
「お、おい。イワナリ……」
ヨネシゲが視線を向けた先には、不満そうな表情で歯を剥き出す、イワナリの姿があった。
つづく……




