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第135話 もう一つの再会



 カルム隊の陣所では、大半のカルム男児たちが寝袋に入って睡眠を取っていた。野宿のため夜間の冷え込みが心配ではあるが、陣所の至る所に暖が取られており、然程寒さは感じられない。

 マロウータンとの会話を終えたヨネシゲとドランカドが陣所に戻ると、寝袋に入って大きな(いびき)をかくイワナリの姿が目に入った。とても幸せそうな寝顔である。その隣でオスギが、王国各地の観光名所のガイドブックを楽しそうに見入っていた。

 ヨネシゲが声を掛けると、オスギはハッとした様子でガイドブックを閉じる。


「おかえり。マロウータン様とのお話は終わったのかい?」


「ええ、お陰様で。イワナリも寝ちまったようですね」


「ああ。今日は一段と鼾がうるさいぞ……」


 苦笑いを見せるオスギに、ドランカドが微笑みながら尋ねる。


「オスギさん。奥さんと巡る良い旅行先は決まりましたか?」


「いや〜、どこも良くてな。迷ってしまうよ。雪解けが進んだフィーニス地方を巡るのも良いかもしれない。だが、カルムから遊覧船でコロンダスを経由して、王都に向かうのもアリだな!」


 オスギは、まるで子供のように目を輝かせながら、旅行の計画について語り始める。その彼の話をヨネシゲたちは微笑ましそうに聞いていた。

 ところがここで、オスギは突然何かを思い出す。


「あっ、そうだ! 忘れておったよ」


「どうしたんですか?」


 首を傾げるヨネシゲに、オスギがある重要な事実を伝える。


「ヨネさん。先程、紫髪の軍医さんが陣所に現れてね……」


「紫髪の軍医? ま、まさか……!」


 ヨネシゲは「紫髪の軍医」というワードだけで全てを察した。目を見開くヨネシゲにオスギが微笑みながら言葉を続ける。


「その軍医さんは、ジョナス・エイドと名乗る紳士だったよ。それで彼から言付けを受けた。『私は本陣西側の野外病院に居ます。ヨネシゲさんにお伝えください』とな」


「ジョナス義兄(にい)さん……!」


 ヨネシゲは笑みを零すと、ジョナスが居る野外病院へと急行した。


 軍医ジョナス・エイド。現実世界にも実在する、ヨネシゲの実姉メアリーの夫だ。つまりヨネシゲの義兄となる。

 ジョナスもまたヨネシゲにとっての恩人である。ソフィアとルイスを失い現実に失望していたヨネシゲをジョナスは必死に支え続けてきた。そんな彼をヨネシゲは実の兄のように慕っている。

 とはいえ、ヨネシゲが知るジョナスとは現実世界に存在する彼であり、空想世界のジョナスとは初対面となる。

 ヨネシゲが空想世界に転移した際、ジョナスはオジャウータン率いるエドガー討伐軍に同行しており、カルムを不在にしていた。その討伐軍は大敗を喫し、ジョナスの消息は一時不明となる。その後、メアリーの元に届いた一枚の紙切れに無事が記されていた。

 

(やっと会えるぜ、ジョナス義兄さん! あなたを連れて帰らないと姉さんに怒られちまう)


 ヨネシゲは胸を高鳴らしながら、野外病院となる掘っ立て小屋の扉を開いた。


「失礼します!」


 ヨネシゲが野外病院の中へ入ると、白衣を身に纏った中年男が出迎える。その中年男は紫髪のオールバックと紫色の瞳の持ち主。スラッとした長身の彼こそが、ヨネシゲの義兄「ジョナス・エイド」だ。


「ヨネシゲさん。お待ちしておりました!」


「ジョナス義兄さん、お元気そうで何よりです! 姉さんも心配してましたよ!」


「お陰様で、何とか生き延びる事ができました。皆さんにはご心配をお掛け致しました……」


 ジョナスはヨネシゲに深々と頭を下げる。

 ジョナスは物静かで礼儀正しい男であり、ヨネシゲやソフィアにも常に敬語を使う。彼には紳士という言葉が似合っている。そして、ヨネシゲはジョナスと会う度に思う。


(よくあの姉さんと結婚してくれたな……奇跡に近い……)


 ジョナスは、破天荒なメアリーとは正反対の存在である。2人が結婚すると聞いた際は声を上げて驚いたものだ。おまけにプロポーズはジョナスの方だったというのだから。


「ジョナス義兄さん、頭を上げてください。せっかく再会したんですから、楽しく話でもしましょう!」


「ハハッ、そうですね」


「姉さんたちも元気にしていますよ! まあ、姉さんとリタは相変わらずですが、トムはお利口にしてます。あっ、そうそう。そういえば、トムにガールフレンドができましてね。毎日彼女に紳士的に振る舞っていますよ!」


「ほほう。それは興味深いですね……」


 ヨネシゲはジョナスに積もり積もった話を行う。

 家族の話から始まり、難民ゴリキッドとメリッサが我が家に暮らし始めたこと、鍛冶場を辞めカルム学院の守衛で働き始めたこと、カルム学院の襲撃事件に関する話……そして例により、自身が記憶を失った(記憶喪失を装っている)ことを説明した。

 どれ程の時が過ぎただろうか? 話が終わった頃には夜が更けていた。


「もうこんな時間か……いや〜ジョナス義兄さんを前にするとつい話し過ぎちゃいますね。本当なら酒を酌み交わしながらもっと話をしたいところですが……」


「ええ。この動乱が収まり、カルムに帰還するまではお預けですね……」


「はい。カルムに戻ったら、カルム屋で一杯やりましょう!」


「ええ。楽しみにしております」


「そんじゃ、お邪魔しました!」


 野外病院を後にしようとするヨネシゲをジョナスが呼び止める。


「ヨネシゲさん!」


「はい?」


「必ず生きて……一緒にカルムに戻りましょう!」


「ええ。勿論です!」


 ヨネシゲは、ジョナスの瞳を真っ直ぐ見つめると、口角を上げ、静かに頷いた。


 その時である。

 野外病院に一人の兵士が慌てた様子で飛び込んできた。兵士は息を切らしながらその場に膝を落とすと、ジョナスの顔を見上げる。


「ジョナスさん! 一大事です!」


「どうしたのですか!?」


 ジョナスは急いで兵士の元へと駆け寄っていく。

 恐らくただ事ではない。ヨネシゲはその様子を固唾を飲んで見守る。

 やがて兵士がジョナスに衝撃的な報告を行う。


「敵が総攻撃を開始しました! 既に多くの死傷者が発生しております。今、こちらに負傷者を乗せた幌馬車が到着します! ジョナスさんに於かれましては受け入れの準備をお願い致します!」


「わかりました! 他の者も起こしましょう!」


「よろしくお願い致します!」


 ジョナスは険しい表情で言葉を漏らす。


「ついに始まってしまいましたか……」


 そして、不安そうな表情を見せるヨネシゲに声を掛ける。


「ここは忙しくなりそうです。ヨネシゲさんは直ぐに陣所に戻られた方がいいでしょう」


「わかりました!」


 その直後、けたたましい警鐘が鳴り響く。



つづく……

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