第134話 決戦前夜(後編)
――戦火はブルーム平原東部の夜空を赤く染める。
ヨネシゲとドランカドはマロウータンに招かれ、クボウ軍の陣所を訪れていた。3人は赤色の夜空を眺めながら、言葉を交わしていた。
「まさか、こんな形で再会するとはのう……」
扇子を扇ぎながら憂いた様子で言葉を漏らすマロウータン。透かさずヨネシゲが相槌を打つ。
「ですな。私も驚いています。これも、何かの縁なのかもしれません……」
「そっすね〜。マロウータン様の元気なお姿が見れて安心してます!」
微笑みながら言葉を返すヨネシゲとドランカドに、マロウータンは申し訳なさそうな表情を見せる。
「我が故郷南都のために、そなた達他領の者を戦に借り出してしまった。南都五大臣の一人として謝罪させてほしい……」
頭を下げようとするマロウータンにヨネシゲが気遣いの言葉を掛ける。
「いやいや、召集令状を発布したのは国王です。マロウータン様が謝る必要はございません」
「すまぬのう、気遣いまでしてもらって。じゃが、そなた達に召集令状を送りつける原因を作ってしまったのは、儂ら南都の者たちじゃ。エドガーの討伐など行わなければ、此度の惨事は無かった筈。他の選択肢がもっとあった筈じゃ……」
「いえ。遅かれ早かれエドガーとの衝突は避けれなかったと思いますよ。ましてや、あの改革戦士団がエドガーに加担していると言うのですから。奴らなら力ずくで南都を奪おうとする筈です」
「ヨネシゲの言う通りじゃ。どの道奴らとの衝突は避けれなかった。南都は焼け野原になる運命じゃったのだ……」
ドランカドが首を傾げる。
「しかし、エドガーと改革戦士団の目的がまるでわかりませんね。南都の街が手に入れば巨万の富も同時に手にすることができるでしょう。それを焼き払ってしまうとは……強欲エドガーらしからぬ行動ですよ」
ドランカドの疑問にマロウータンも同感する。
「儂も同感じゃ。奴らの目的はメテオ様の身柄拘束らしいが、わざわざ見せしめの為だけに南都を焼き払ってしまうとはのう。奴らはまるで、破壊行動を楽しんでいるようじゃ……」
マロウータンはそう嘆くと、台の上を指差す。そこには透明な水晶玉が一個置かれていた。
「マロウータン様、これは?」
「お主らを陣所に招いたのは他でもない。お主らには現実を知ってもらおうと思ってな……」
「現実?」
「そうじゃ。この水晶玉には、改革戦士団の恐ろしさが記録されておる……」
マロウータンが水晶玉に手を翳すと、ある映像が流れ始める。そこにはあの青年の姿が映し出された。
ヨネシゲは声を震わせる。
「こ、こいつは……!?」
「ダミアンじゃ。我が父と兄を討った、憎き男じゃっ!」
水晶玉に映し出された不気味な笑みを浮かべる青年。彼の正体は改革戦士団最高幹部ダミアン・フェアレスだった。
この水晶玉は、ダミアンがバンナイらを強迫するために送ったものであり、ダミアンが恐ろしい力で南都を破壊する様子が記録されている。
楽しそうに南都の街を破壊するダミアン。その映像をヨネシゲは黙って見つめる。
やがて映像が流れ終わると、マロウータンは額に汗を滲ませながら弱音を吐く。
「たった一発の光線で、南都はこの有り様じゃ。ダミアンという男……まこと恐ろしい存在じゃ。正直、儂らの敵う相手ではない……!」
マロウータンは顔を青くさせながら俯く。その隣でヨネシゲが怒りで身を震わす。
(ダミアン……! どこまでも野蛮な野郎だ! 好き放題暴れやがって! この世界の神は、何故あの腐った野郎に強大な力を授けたんだ!?)
ダミアンは現実世界でソフィアとルイスを惨殺し、ヨネシゲから全てを奪い去った。罪を償うことなく警官に射殺され現実世界を去ったのだが、あろうことかこの空想世界に転生して蛮行の限りを尽くしていた。皮肉にも、ダミアンが転生したこの空想世界の正体とは、亡きソフィアが描いた物語の世界だった。この現実がヨネシゲを更に苦しめる。
(お前は……ソフィアを殺しただけじゃ飽き足らず、彼女の作った世界までぶち壊そうとしてるのか!? お前だけは絶対に許さねえっ!!)
ヨネシゲは、内に秘めていた感情を爆発させる。
「冗談じゃねえ! 冗談じゃねえぞっ!! どこまでもふざけやがってっ!! お前はこの手で地獄に送ってやるっ!!」
鬼の形相で怒鳴り声を上げるヨネシゲ。
彼の尋常じゃない様子に、ドランカドとマロウータンが体を硬直させる。恐らく、ヨネシゲが人前でここまで感情を剥き出しにするのは初めてのことだろう。
ドランカドが心配そうに声を掛ける。
「ヨ、ヨネさん……? 大丈夫っすか?」
「あっ……ああ……」
ドランカドの声を聞いたヨネシゲは我に返る。
「すまない……気にしないでくれ……」
「気にしないでくれと言われても、心配っすよ………コイツに何か恨みでもあるんですか?」
「いいや……忘れてくれ……」
ヨネシゲは口を閉ざす。
自分は現実世界から転移してきた存在。真の過去を事細かく説明したところで信じてはもらえないだろう。
2人の間に沈黙が流れる。その沈黙をマロウータンが破る。
「見てもらった通り、お主らが戦おうとしている相手はとんでもない化け物じゃ。まともに戦って勝てる相手ではない。命の保証もできぬ。それでも儂らと共に戦う覚悟はあるか?」
ヨネシゲは静かに頷く。
「覚悟は決まっております。今更逃げるつもりはございません。今逃げたとしても、そのツケはいつか必ず払うことになります。それに先程申した通り、遅かれ早かれ改革戦士団との戦いは避けれません。決着をつけるなら早いに越したことはございません」
真っ直ぐな瞳で見つめるヨネシゲに、マロウータンが再び問い掛ける。
「儂は、死に急ぐ必要はないと申しているのじゃ。逃げて生き延びるのも立派な選択肢ぞ?」
ヨネシゲは微笑みを浮かべる。
「覚悟を決めたと申しましたが、俺は死ぬつもりはありませんよ。俺は大切なものを守るため、改革戦士団をぶっ潰すためにここまでやって来ました! 負けるつもりは更々ございません!」
ヨネシゲの返事にマロウータンは高笑いを上げる。
「ウッホッハッハッハッ! これは頼もしい! どうやら迷いはないみたいじゃのう! ドランカドよ、お主はどうじゃ?」
ドランカドもニコっと笑みを見せる。
「ええ! 俺の心もヨネさんと同じです! エドガーと改革戦士団をぶっ飛ばしてやりましょう!」
3人は互いに顔を見合わせると円陣を組む。そして、右拳を前に突き出し、各々に意気込みを口にする。
「ウホッ! このマロウータン・クボウ! 例え命尽きても、誇りだけは失わん! 名門クボウ家の底力、奴らに見せつけてやるわい!」
「俺は元保安官! 悪党相手に負けるわけにはいかねえ! 目の前に悪が居るならば……この正義の拳で叩き潰してやるっ!」
「俺たちの幸せを脅かす者は、誰であろうと許さねえ! 奴らはこの手で成敗してやる! 俺の大切なものは、もう誰にも奪わせねえ!」
「皆のもの! エドガーと改革戦士団に鉄槌を下してやろうぞ!」
「おおっ!!」
陣所にヨネシゲたちの雄叫びが響き渡った。
つづく……




