第132話 再会! マロウータン
歩き続けること約2時間。
ヨネシゲたちカルム男児は、ようやく南都連合軍の本陣に到着する。
灯された篝火が、疲弊に満ちたカルム男児たちの姿を夜暗に浮かび上がらせる。
ヨネシゲも疲れ果てた様子で地べたに座り込む。
「あぁ~疲れたぜ。腹も減ったしもう歩けん! こんな状態じゃ冗談抜きで戦うことなどできんぞ?」
文句を口にするヨネシゲをドランカドは苦笑いしながら見つめる。
「ヨネさん、らしくないじゃないっすか。このくらいでへこたれてたら生き残れませんよ?」
「ドランカドよ。ピンピンしているのはお前だけだ。周りを見てみろよ」
ヨネシゲに促されドランカドが周囲に視線を向ける。そこにはヨネシゲ同様、その場に座り込むイワナリやオスギ、他のカルム男児たちの姿があった。
「皆さんお疲れのようですね」
「流石、元保安官だ。俺たちオヤジと違って体力が有り余ってようだな」
「ヘヘッ。こう見えても俺はピチピチの22歳! おまけに厳しい訓練を受けてきましたから、この程度じゃ疲れませんよ!」
「そいつは頼もしい……」
「ほ〜ら! もうメシが食えるんですから、ヨネさんも元気出していきましょうよ! なんだか美味そうな香りもしてきましたし!」
「ああ……そうだな……」
ハイテンションのドランカド。一方のヨネシゲは返事を返す気力も無くなっているようだ。
それから少しすると、男たちの淀んだ空気を切り裂くような、女の通った声が辺りに響き渡る。
「カルム戦士の皆さん! 遠く遥々ご苦労様です!」
ヨネシゲが視線を向けた先。そこには、割烹着に身を包み、前髪を額の辺りで切り揃えた、黒髪ショートヘアの若い女性が仁王立ちしていた。
彼女は凛々しい表情を見せながら。カルム男児たちに食事の案内をする。
「さあ皆さん! パンにおにぎり、海鮮シチューをご用意してありますから、お召し上がりください! 今から順番に配膳台へとご案内しますね!」
彼女の言葉にカルム男児たちは歓喜の声を上げる。
一方の女好きヨネシゲ。先程までの疲れはどこ吹く風だろうか? 彼はシャキッと背筋を伸ばすと、黒髪女を凝視する。
(おっ! 可愛いじゃんか。俺はソフィアみたいな金髪の女性が好みだが、やはり黒髪の女性も捨てがたいな)
鼻の下を伸ばす中年オヤジ「ヨネシゲ・クラフト」
しかし、彼はまだ知らない。彼女があの男の愛娘であることを。
ヨネシゲが彼女に見惚れていたその時である。突然彼女の背後に、兜を被った白塗り顔が夜暗に浮かび上がった。篝火に照らされ、それはもう不気味の一言でございました。
ヨネシゲは思わず悲鳴を上げる。
「うわっ! 落ち武者だ!」
驚いたドランカドたちが、ヨネシゲに視線を向ける。そんな彼らにヨネシゲが訴え掛ける。
「みんな! あれを見てくれ! 落ち武者だ! 落ち武者の亡霊だ!」
ヨネシゲが指差すその先には、依然として白塗り顔の落ち武者が、こちらに視線を向けていた。
一同、背筋が凍り付く。
次の瞬間、ヨネシゲの頭部に衝撃が走る。
「無礼者っ!」
「痛っ!?」
響き渡る「ぺしん!」という打撃音。
ヨネシゲが振り返ると、そこにはハリセンを握り、白髪と立派な白髭を生やした小柄な老年男の姿があった。
老年男はご立腹の様子でヨネシゲに言葉を続ける。
「こちらにおわす御方を何方と心得る!? 南都五大臣、マロウータン・クボウ様で有らせられるぞ!」
「何っ!? マロウータン様だと!?」
ヨネシゲは再び白塗り顔を確認する。よく見るととても見覚えがある顔だった。
ヨネシゲは慌てた様子で頭を下げる。
「マ、マロウータン様! これは、とんだご無礼を!」
「ウッホッハッハッハッ! 良いのじゃ。来てくれて本当に頼もしいぞ! ヨネシゲ・クラフト!」
マロウータンはヨネシゲとの再会を心から喜んでいる様子だ。
――食事を終えたヨネシゲの元に、再びマロウータンたちが姿を現す。
最初に口を開いたのは、ヨネシゲの頭をハリセンで引っ叩いたあの老年男だった。
「ヨネシゲ様、先程は失礼しました」
申し訳無さそうに頭を下げる老年男。ヨネシゲはそんな彼の顔に見覚えがあった。
「あなたは……確か、マロウータン様の執事の……」
「ええ。覚えていてくださり光栄です。私はマロウータン様専属執事のクラークと申します。学院祭襲撃ではお世話になりました。貴方様がヨネシゲ様だともっと早くに気付いていれば、あのような無礼な行いは働かなかったのですが……なにせ、暗くてお顔がわからなかったもので……」
「いやいや、私の方こそ、マロウータン様を落ち武者呼ばわりしてしまって申し訳ありませんでした」
互いに謝罪の言葉を繰り返しながら頭を下げ続けるヨネシゲとクラーク。そんな2人をマロウータンが気遣う。
「2人共、もうよさぬか。事の発端は、美し過ぎる程白いこの儂の顔じゃ。我ながら罪深いのう……」
クラークが透かさず礼の言葉を述べる。
「旦那様、爺のためにこんなお優しいお言葉を……! お気遣い痛み入ります……」
2人の主従のやり取りにヨネシゲは苦笑いを浮かべる。そんな中、マロウータンと共に現れた黒髪女が口を開く。
「お父様。お言葉ですが、その白塗り顔、いい加減おやめになっては? 時代にそぐいませんよ?」
マロウータンは誇らしげな表情で言葉を返す。
「何を申すか。これは古より続く南都貴族の嗜みじゃ。シオンも南都の女子らしく、白塗りにしてみせよ」
「嫌ですわ! そんな女子見たことありません! 白塗りにされているのはお父様だけですよ?」
意見をぶつけ合う2人。その2人にヨネシゲが恐る恐る尋ねる。
「あの〜」
「なんじゃ?」
「彼女、マロウータン様のことをお父様と口にしておりましたが……もしかして……?」
「おぉ、そうじゃった。紹介が遅れてしまったのう。この女子は儂の愛娘じゃ!」
「ま、愛娘……?」
フリーズするヨネシゲに、マロウータンの愛娘が気合の入った声で自己紹介を始める。
「申し遅れました。私はマロウータン・クボウの娘、シオン・クボウでございます! 以後、お見知り置きを!」
「またまた、御冗談を……」
「嘘など言わぬ。真実じゃ」
「ええ。真実です」
(マジかよっ!? こんな奇跡、俺は認めんぞ!)
ヨネシゲは心の中で叫ぶ。
まさか、こんな可愛らしい女性がむさ苦しいマロウータンの娘だとは……にわかに信じがたい。
つづく……




