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第131話 メテオの覚悟



 ――日没を迎えた頃。

 ヨネシゲらカルム領からの出征者たちは、保安隊に先導されながら、フローラの街中を移動していた。彼らはこれより戦場となる街の外れ、東部側の平原を目指していた。そこでは今まさに南都連合軍とエドガー・改革戦士団との間で激しい攻防戦が繰り広げられている。

 刻々と迫る戦闘の時。

 男たちには不安と恐怖を胸に、フローラの歓楽街を行く。そんな中、ヨネシゲはため息を混じえながら言葉を漏らす。


「まさか……既に南都が落ちていたとは……」


 つい先程、ヨネシゲたちは、ブルーム領主ライラックから衝撃的な知らせを受けた。それは、南都がエドガーと改革戦士団の手に渡ってしまったという事実だった。

 召集令状を貰い、南都を防衛するため出征したヨネシゲたちだったが、既にその目的も潰えてしまった。

 自分たちは負け戦をするためにここまでやって来たのだろうか?

 ヨネシゲを含め、カルム男児たちは意気消沈していた。

 

 


 ――ここはフローラ東部に位置する「ブルーム平原」

 ブルーム領は別名「花の都」と呼ばれている。その名前の由来になっているのが、特産品となっている食用花だ。

 領内で生産される八割近くの食用花は、このブルーム平原にて育てられている。故にブルーム平原には多くの花畑が点在しており、春を迎えたこの季節、色鮮やかな風景が平原一面に広がっている。

 そのブルーム平原の入口となる農村には、南都大公メテオを総大将とする、南都連合軍が本陣を構えていた。

 その陣中には、立派な戦装束に身を包む、南都五大臣バンナイ、アーロン、ダンカンの姿があった。

 彼らは先日、改革戦士団と通じていることが発覚した。その後の取り調べで、メテオを拉致し、その身柄を改革戦士団に引き渡す計画があったことを自供したのだ。

 王族に対する裏切り行為。間違いなく3人とも打ち首獄門になっている。しかし、メテオの寛大な処置により、バンナイたちは不問となったのだ。


 握り飯を頬張るバンナイらの後ろ姿を一人の男が見つめていた。

 彼もまた立派な甲冑を身に纏っており、兜には「マ」の一文字と、彼が崇拝する「吹飛鶴神(ふっとびつるかみ)」をあしらった金色の前立てが装飾されていた。

 彼の正体は、今回この南都連合軍の副大将を任されている「マロウータン・クボウ」だった。

 マロウータンは険しい表情を見せながら、隣のメテオに問い掛ける。


「本当に宜しかったのですか? あのような謀反者を何の処罰もせずに、しかも本陣に置いて……」


 メテオは微笑みながら返事を返す。


「良いのだ。彼らも懲りたのか、相当反省しているようだからな」


「それにしても……」


「きっと、彼らも怖かったのだ。そなたの父を容易く討ってしまう、あの改革戦士団に脅されて、為す術がなかったのだろう。私も臆病者だから、彼らの気持ちがよくわかる……」


「しかし、メテオ様と王族を見限ろうとしていたのは事実。不問とはあまりにも甘すぎるご処置ですぞ? バンナイたちは反省の言葉は口にしているものの、腹の内では何を考えているかわかりませぬ。ましてや、こんなお側に置いておいたら、メテオ様の寝首を掻くやもしれません」


 メテオは鼻で軽く笑った後、黄昏の空に浮かぶ一番星を見上げる。


「元を辿れば、我が兄がバンナイたちを無下に扱ってしまったことが原因。それ以前のバンナイたちは、南都のために尽くしてくれた有能な臣下だった……いや、それは今も変わらぬと思っている。私がもっと彼らと真剣に向き合っていれば、今回の謀反騒ぎは無かった筈。故に彼らの尻拭いは私がせねばならんのだ」


「メテオ様……」


 メテオは憂いの表情を見せる。


「私にもっと力があれば……兄を抑える力があれば……この動乱は疎か、トロイメライに戦乱期などと呼ばれる時代は訪れなかったことだろう。いや……そう自分に言い聞かせて、逃げ続けた代償がこれだ……」


 メテオはマロウータンに体を向ける。


「だから私は、これ以上逃げも隠れもしない。例えこの本陣に敵が攻め入ろうとな」


 マロウータンは慌てた様子で返事を返す。


「それはなりませぬぞ! 万が一の時は、本陣を捨て、お逃げくだされ! メテオ様が命を落としてしまったら意味がありません!」


「私は散々逃げてきた。その度に、誰かが私の代わりに責任を負ってくれた。そして今、目の前の敵は私の身柄を拘束するため攻めてきている。私が逃げ続ければ、もっと多くの命が失われてしまう……」


 メテオは遠くに見える戦火を見つめる。


「今夜が山場だ。恐らく、タイガー殿は今頃南都に到着していることだろう。だとしたら、南都に居るエドガー共は、このブルーム平原の将官に早馬を飛ばしている筈だ。私の読みが正しければ、明日の早朝には早馬が到着し、目の前の敵は引き上げていくことだろう……」


「ええ。私も同じ考えです……」


「もし、この予想が外れた場合……私は敵に投降する」


「!!」


 突然のメテオの言葉に、マロウータンは驚きを隠しきれない様子だ。更にメテオが言葉を続ける。


「お前たちはできるだけ遠くに避難して生き延びよ。事が済んだらリゲルを頼るのだ。既にタイガー殿には文を(したた)めてある」


「そ、そんなこと、できる訳がっ……!」


「私は……! これ以上、戦いを長引かせたくないのだ……」


「メテオ様……」


「私の身柄を拘束できれば、敵にとっても引き際となる筈。この身一つで、多くの臣下が助かるなら安いものだ……」


 メテオは再び、一番星を見上げる。


「私もあの星のように輝いてみたいものだ……」


 2人の間に沈黙が流れる。

 すると、その沈黙を破るようにして、シオンの力強い声が辺りに響き渡る。


「メテオ様! お父様! お食事の時間です!」


 シオンは割烹着姿でマロウータンの前に現れる。そして彼女は、山積みの握り飯が乗った皿を2人に差し出す。皿を受け取ったメテオは笑みを溢す。一方のマロウータンは何やら呆れた様子だ。


「シオンよ、もうよい。お前は街に戻れ」


「何故ですか!?」


 不満そうに頬を膨らますシオンに、マロウータンは諭すように言葉を掛ける。


「シオンよ、よく聞くのじゃ。儂はな、お前の身を案じておるのじゃ。エドガーと改革戦士団の軍勢はじわじわとこちらに迫ってきておる。ここももう時期、危ないのだ……」


 シオンはニヤッと笑みを浮かべる。


「私は誇り高きクボウの女子(おなご)です。敵が迫っているくらいで怖気づいていられますか! 私も男共と一緒に、最後まで戦い続けますよ!」


 頭を抱えるマロウータンを横目に、メテオが彼女を褒め称える。


「流石、マロウータンの娘にして、オジャウータン殿の孫だ。頼もしい限りだ、シオンよ!」


「勿体無いお言葉であります!」


 シオンはメテオに一礼した後、父親に誇らしげな表情を見せる。


「困った娘じゃ……」


 マロウータンが大きく息を吐いていると、一人の兵士が姿を現す。


「失礼致します!」


「どうしたのじゃ?」


 兵士はマロウータンの顔を見上げると、嬉しそうに笑みを浮かべる。


「はい! 只今、カルム領からの出生者、カルム隊が本陣の手前に到着しております!」


 マロウータンたちは互いに顔を見合わせると、感嘆の声を漏らした。


 そして、マロウータンはあの男たちと再会を果たすことになる。



つづく……

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