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第130話 領主ライラック



 改革戦士団によるカルムタウン襲撃から3日が過ぎようとしていた。

 その被害は甚大であり、街の大半は消失、多くの死傷者が出てしまった。街から避難した市民たちは無事隣町に逃れたそうだ。しかし、一部の者たちの消息は不明のまま。隣町の保安署や軍が捜索を開始しているが、犠牲者の数は更に増えていくことだろう。

 カルムタウン襲撃の情報は、ようやく領内に行き渡ったばかり。まだ隣領にも情報は届いておらず、当然カルムから召集された出征者たちもその事実を知らない。

 男たちは、故郷の悲劇を知らないまま、戦地へと歩みを進める。


 その頃、ヨネシゲ一行もブルーム領の東部と、南都を有するホープとの領堺付近に差し掛かっていた。

 彼らは、夕色に染まる南岸街道を談笑しながら進んでいく。やがてブルーム領最大の街「フローラ」の街並みが、ヨネシゲたちの視界に映り込む。


「おっ! ブルーム最大の街、フローラが見えてきたぞ! 大きな街だな」


「そっすね〜! 領境の街で交通の要衝ですからね。おまけにフローラは農作物と海産物の宝庫ですからね。今日は美味いもん鱈腹(たらふく)食えますよ〜!」


「恐らく、明日の夕方頃には南都入りすることだろう。そうなれば当分美味いメシはお預けだ。なんたってそこは戦場なのだからな」


「オスギさんの言う通り! 今晩は美味いメシを食うことができる最後の機会になりそうだ。みんな、食いたいもの今のうちに決めておこうぜ!」


「そうだな、イワナリ。ヨッシャ! 俺はやっぱり魚かな!」


「いやいや! 魚は昨日食っただろ!? ここはガッツリ肉料理だ!」


 ヨネシゲたちは楽しそうに今夜の食事を考える。

 胸踊らせる男たちの足取りは、早足草鞋の効果も相まってか、とても軽やかだった。




 ――だが、男たちの期待は直ぐに打ち砕かれることになる。

 

 ヨネシゲたちは街の入口に到着しようとしていた。

 ドランカドの説明によると、街の入口には関所が設けられている。そこでは保安官が検問を行っており、手荷物検査や街を訪れた理由など、事細かく尋ねられるらしい。故に検問には時間が掛かり、関所付近では渋滞が起きることも珍しくはない。

 案の定、ヨネシゲたちの視界に飛び込んできたのは、関所前で行列を作るカルム領からの出征者たちだった。その光景を見たヨネシゲが大きく息を吐く。


「マジかよ。街は直ぐ目の前なのに、これじゃ関所を通過する前に日が沈んじまうよ!」


 イワナリも同感した様子で肩を落とす。


「もうすぐ美味いメシに有りつけると思ってたのに……こりゃ生地獄だぜ。食い物の話ししてたからから余計に腹が減っちまってるよ……」


 オスギがヨネシゲとイワナリの肩を叩く。


「そうがっかりする必要もない。少しの辛抱さ。待てば待つほど、今夜のメシは美味いぞ?」


 オスギの言葉に2人は微笑みを見せる。その隣でドランカドが難しい表情を見せていた。ヨネシゲが表情の理由を尋ねる。


「ドランカド。そんな難しそうな顔してどうしたんだ?」


 ドランカドは懐から召集令状を取り出しながら、ヨネシゲの問いに答える。


「いやねえ、ヨネさん。俺たちはカルム領からの出征者でしょ? その情報は当然このブルーム領にも伝わっている筈です。そうなると、この令状を見せるだけで簡単に関所を通過できる筈なんですが、いくら何でも人が溜まり過ぎだと思いませんか?」


「う~む。言われてみればそうかもしれんな」

 

 ヨネシゲは前方に視線を向ける。先程から一歩も前へ進むことなく、その場に留まり続ける同志たち。


(嫌な予感がするぜ。まるで関所が封鎖されているようだ……)


 そして、ヨネシゲの嫌な予感は的中していたようで、周囲には不穏な会話が飛び交っていた。


「何だって? 関所が封鎖されているのか?」


「あぁ。前の連中からの情報らしいぞ」


「おいおい、そりゃねえだろ? フローラの街が、俺たちカルム戦士の行く手を阻んでいるというのか!?」


 男たちの会話を耳にして、ヨネシゲはドランカドたちと顔を見合わせる。


「おい、聞いたか? 封鎖されているってどういうことだ!?」


「いえ。丸っ切り何が起きているかわかりませんね。俺ちょっと様子見てきますよ」


 関所入口に向かおうとするドランカドをヨネシゲが呼び止める。


「待て、ドランカド。俺も一緒に行くぜ」


「わかりました! じゃあ一緒に……!」


 イワナリとオスギもヨネシゲに同調する。


「俺も連れて行け!」


「俺も行こう」


「了解っす! みんなで見に行きましょう!」


 結局、全員で関所入口の様子を確認しに向かった。


 ヨネシゲたちは出征者たちを掻き分け前進する。

 やがて見えてきたのは関所となる石造りのゲートだった。関所の鉄扉は閉められ、その前方には大盾を構えた保安隊が横一列に並んでいた。

 その光景を見たヨネシゲが思わず言葉を漏らす。


「おい、何でだよ? 本当に俺たちが街に入る事を拒んでいるのか……?」


 ヨネシゲたちの表情は曇り、周りにいたカルム男児たちも保安隊に向かって罵声を浴びせていた。

 すると突然、どよめきが支配する関所前に、一人の男の声が響き渡る。


「カルムの誇り高き戦士たちよ! 私の話を聞いてほしい!」


「!!」


 男の声が響き渡った瞬間、辺りが静まり返る。

 ヨネシゲは関所の上の物見台を見上げる。そこには桃色長髪の中年男の姿があった。首には桃色のスカーフ、上半身にはベージュ色のフロックコートを羽織り、如何にも貴族といった佇まいである。

 ドランカドは桃色長髪の中年男を見た途端、声を漏らす。どうやら彼に見覚えがあるようだ。


「あれは……!」


「知ってるのか?」


「ええ。確か……」


 すると、桃色長髪の中年男は、カルム男児たちに向かい名乗り始める。


「私はブルーム領主、ライラックと申す。無礼な出迎え、許してほしい……」


 桃色長髪の中年男の正体は、ブルーム領主「ライラック」だった。カルム領主カーティスとは友好的であり、度々カルムの街を訪れているらしい。それでドランカドも見覚えがあったと言う訳だ。

 ライラックは言葉を続ける。


「こうして、皆に足止めしてもらったのは理由がある。これから皆には()()()()を幾つかさせてもらう」


 重要な話とは何か? ヨネシゲたちはライラックを見上げながら、全神経を耳に集中させる。


「先ず一つ目。只今を以て、カルム領からの出征者は、南都連合軍の指揮下に入ってもらう。既に他領から来た出征者も連合軍の一員だ。無論、我々ブルームの領軍も例外ではない」


 ブルームの説明によると、今回南都へ集結する出征者たちは、南都大公メテオを総大将とする、南都連合軍の指揮下に入ることになったらしい。この後、各領ごとに部隊が編成され、南都所縁の武将が指揮官として付くとのこと。


「皆には『カルム隊』という部隊名で戦地に赴いてもらう。そしてカルム隊の指揮官は、クボウ家臣のリキヤ殿が務める。方々、承知してくれ!」


 ライラックの「リキヤ」という言葉に、カルム男児から感嘆の声が漏れ出した。

 クボウ家の家臣リキヤは、つい先日までマロウータンと共にカルムタウンに駐留していた大男。カルム学院祭襲撃では多くの人質解放に一役買った。愛想も良く、小さい子供たちから人気であり、彼に親しみを覚える者は決して少なくはないだろう。そんな彼がカルム隊の指揮官と聞いて、一同安堵の表情を浮かべた。

 しかし、その喜びも束の間。ライラックの二つ目の言葉でヨネシゲたちの顔が青ざめる。


「そして二つ目。カルム隊には直ちに戦場へ赴いてもらう! 敵は目と鼻の先だ……」


 ヨネシゲは冷や汗を流しながらライラックを見上げる。


(まさか、もう戦場に向かうことになるとは……いや、確かに俺たちは戦うためにここまでやって来た。だけど、まだ南都に到着していないだろ? 心の準備なんかできちゃいない)


 そう。ヨネシゲたちの集合場所は南都トロピカル城前。出征者は南都に到着してから敵を食い止めるため前線に投入される……ヨネシゲたちはそう考えていた。しかし、現実は違っていたようだ。

 長時間移動を続けていた空腹状態のカルム男児たちからは、不満と怒りの声が漏れ出す。


「冗談じゃねえぞ! 俺はもうクタクタだ! ちょっと休ませてくれよ!」


「そうだそうだ! おらぁ、もう腹ペコだぁ。お腹と背中がくっついちまうだぁよっ!」


「腹が減っちゃ戦はできませんよ! せめて何か食わせてください!」


 野次を飛ばすカルム男児たちをライラックが宥める。


「皆の者! 落ち着くのだ! 食事も休息の時間もしっかり確保してある! 遠く遥々、ここまで赴いてくれた君たちを決して無下に扱ったりしない!」


 やがてカルム男児たちが静まると、ライラックは三つ目の重要な事実を伝える。


「その前に、皆に三つ目の重要な事実を伝える。落ち着いて聞いてもらいたい……」


 ヨネシゲたちは固唾を飲む。

 そして、ライラックが口にした言葉に一同、衝撃を受ける。



「南都は既に、エドガーと改革戦士団の手中にある……南都は、陥落した……!」


「南都が……陥落した……?」


 ヨネシゲは声を震わせた。



つづく……

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