第129話 心理戦 【挿絵あり】
間もなく日の出の時刻を迎えるが、辺りはまだ薄暗い。
南都を脱出した大公メテオの一行は、休むことなく隣領ブルームへ向かって移動を続けていた。
兵士たちは快速靴、馬車を引く馬は快速蹄を装着し、高速での移動している。このペースで移動を続ければ、午前中にはブルーム領主が居城を構える街「フローラ」に到着できる見込みだ。
快調に移動する馬車。その内の一台にマロウータンらの姿があった。
マロウータンの娘シオンは眠りに落ちていた。彼女は父の肩にもたれ掛かりながら、可愛らしい寝顔を見せていた。
マロウータンはそんな娘を愛おしく見つめる。
(シオンよ。お前には気苦労を掛ける。もっと儂に力があれば、このような事にならずに済んだのにのう……)
マロウータンはシオンの頭を撫でる。
(だが安心致せ。お前だけは、この命に替えても、必ず守り抜いてみせる……! これが父である儂の務めじゃ!)
優しい笑みを浮かべるマロウータン。その様子を向かいの席で見つめていた執事のクラークが、彼に声を掛ける。
「旦那様。この爺も、全力でお支えしますぞ」
「ん?」
突然クラークが口にした台詞に、マロウータンは首を傾げる。そんな彼にクラークが言葉を続ける。
「旦那様のお心は全てお見通しですぞ。お嬢様のその寝顔、爺にも守らせてくださいませ」
「ウッホッホッ……爺には敵わぬのう……」
馬車内には和やかな雰囲気が漂う。
「爺よ。フローラ到着まではまだ時間がある。儂らも少し仮眠を取ろうではないか」
「ええ。では、お言葉に甘えて……」
2人が瞳を閉じようとした――その時である。馬車の外に強烈な閃光が走る。と同時に馬車の後方から大きな衝撃音が聞こえてきた。
眠っていたシオンが、カッと目を見開く。
「敵襲かっ!?」
シオンは勇ましい声を上げながら、足元に置いていた刀を手に取り馬車の外へと飛び出していく。
「シ、シオンっ! これっ! 待たぬかっ!」
「お嬢様っ!」
マロウータンとクラークは急ぎ彼女の後を追う。
マロウータンたちが馬車から降りると、直ぐにシオンの後ろ姿が目に飛び込んできた。
「これっ! シオン! 勝手に降りるではないっ! 危ないじゃろう!」
「お父様。それより、あれをご覧ください……」
「ん? あ、あれは……?」
マロウータンは、娘が指差す方向へ視線を向ける。そこには、バンナイら五大臣が乗車する馬車を包囲する、護衛兵たちの姿があった。
バンナイらに何かあったのか?
マロウータンたちは状況を確認するため、馬車まで駆け寄る。
「一体、何事じゃ!?」
マロウータンは護衛兵を掻き分けながら、前へと進んでいく。やがて見えてきたのは、地面の上で跪くバンナイたちの姿。彼らは息を切らし、何やら怯えた様子だ。
何故か彼らが乗車していた馬車の窓ガラスは、粉々に割れていた。
ここで大公メテオも、状況を確認するため姿を現す。
「マロウータン! 一体、何が起こったのだ!? 敵の奇襲か?」
「メ、メテオ様! ここは危のうございます! 馬車にお戻りください!」
「危ないのは何処に居ても同じだ。それよりも何が起きたのだ?」
「そ、それが……」
マロウータンが状況を説明しようとしたその時である。馬車の中から青年の不気味な笑い声が聞こえてきた。
「敵かっ!? 全員、構えろっ!」
護衛兵たちは武器を構え、ゆっくりと馬車との間合いを詰めていく。
一同、緊張が走る。
ところが、護衛兵たちは馬車の中を覗き込むと、拍子抜けした表情で互いに顔を見合わせた。
不思議に思ったマロウータンたちが彼らに尋ねる。
「如何した!?」
「マロウータン様、これを……」
「水晶玉?」
マロウータンが馬車の中を覗き込む。そこには、白く発光する一個の水晶玉。
彼が水晶玉を覗き込んでいると、その表面に不気味な笑みを浮かべる一人の黒髪青年の姿が映し出される。
「なんじゃ? この小僧は?」
マロウータンが首を傾げていると、水晶玉に映る青年が口を開く。
『ご機嫌麗しゅう! 俺は改革戦士団のダミアンだ!』
「改革戦士団のダミアンじゃと!? こ、此奴が……父上と兄上を……!」
マロウータンはダミアンと名乗る青年の映像を目にした途端、怒りで身を震わす。何故ならダミアンは、マロウータンの父オジャウータンと、兄ヨノウータンを殺害した人物であるからだ。
ダミアンについての情報は、アライバ渓谷から逃げ延びてきた将兵たちから報告を受けていた。だがその顔を目にするのは初めてのことだった。
怒りの表情を見せるマロウータン。彼を嘲笑うかのように、ダミアンはニヤニヤしながら言葉を続ける。
『よく聞け、五大臣のジジイ共。俺はメテオの身柄を拘束しろと命令を出していた筈だが。大公をブルームに逃がしやがって……俺たちに対する宣戦布告とみなしたぞ……』
「バンナイ殿! これは一体、どういうことなのじゃ!? 何故儂らがブルームに向かっている事を奴らが知っているのじゃ!?」
ダミアンの言葉を聞いたマロウータンが、バンナイらに視線を向ける。彼らはバツが悪そうに目を逸らす。
尚もダミアンの言葉は続く。
『――よって、交渉は決裂だ。南都大公は俺が直々に捕まえに行く。そして話が通用しねえバカ共は、俺がこの手で抹殺してやるよ! 覚悟しなっ! バンナイさんたちよっ!!』
「ヒイィィィッ!!」
恐怖で悲鳴を上げるバンナイたち。
『ハッハッハッ! 恐怖で青ざめるアンタらの顔が想像できるぜ! だが、本当に恐ろしいのはこれからだ! 俺たちを怒らすとどうなるか、思い知るがいい……!』
水晶玉の映像が切り換わる。そこには南都の街を見つめる、ダミアンの後ろ姿が映し出された。
「一体、何をするつもりじゃ……?」
マロウータンたちは固唾を飲んで水晶玉を見守る。そして、衝撃的な映像が映し出される。
『目ん玉かっ開けっ! お前らの故郷が焼け野原になるところを目に焼き付けなっ!』
ダミアンは右手を構える――刹那、南都の街に向かって一発の赤い光線を放った。次の瞬間、街全体に赤い閃光が走る。光線を受けた建物は轟音と共に粉々粉砕され、その瓦礫は光線の熱によってドロドロに溶かされてしまった。
気付くとダミアンの正面には、赤く煮えたぎった瓦礫の道ができていた。
マロウータンは顔を青くしながら言葉を漏らす。
「な、なんという威力じゃ……此奴は、化け物か……!?」
ダミアンは、マロウータンの声が聞こえているかのように、自慢げな表情を見せる。
『ハッハッハッ! 俺の力を見てくれたか? おっと、これが本気だと思うなよ? まだ一割も力を出しちゃいねぇ。試しに半分くらい力を出してみようか?』
ダミアンは再度右手を構えると、先程よりも強烈な光線を放った。と同時に映像を映し出していた水晶玉から、強烈な光と爆発音が発せられる。マロウータンたちは思わず腕で目を覆う。それから少しすると、水晶玉から発せられていた光が収まる。
マロウータンたちが再び水晶玉に視線を移す。そして、水晶玉に映し出されていた映像を見て、彼らは自分の目を疑う。
上空から映し出されたであろうその映像には、真っ赤に煮えたぎる南都の街が映し出されていた。この映像が確かなら、街の半分以上は消失したことになるだろう。
ダミアンが高笑いを上げる。
『ハッハッハッ! どこに逃げようと同じことだ。ブルームも火の海にして、お前ら全員始末してやる。楽しみにしているんだな!』
映像はここで終わる。水晶玉の光は収まり、辺りも静まり返る。
「そ、そんな……南都の街が……焼け野原に……」
シオンは顔を真っ青にしながら呆然と立ち尽くす。
「バンナイ。私の身柄を奴らに引き渡すとは……どういうことなのだ?」
「そ、それは……」
メテオに尋ねられるも、バンナイは顔を俯かせ答えようとしない。するとマロウータンが一喝する。
「バンナイっ! どう言うことか説明しろっ!」
バンナイ、アーロン、ダンカンの身柄はマロウータンによって拘束される。この後、厳しい取り調べが行われるのは言うまでもない。
同じ頃、ある男たちがダミアンから送られた水晶玉を囲む。水晶玉には、圧倒的な力で南都の街を破壊するダミアンと四天王の姿が映し出されていた。
そして、ダミアンが締めの言葉を口にする。
『タイガーさんよ、次はアンタらの番だ。この手で、アルプの街を焼け野原にしてやるよ! だが、一度だけチャンスをやろう。大人しく兵を引いて、謝罪の言葉を口にすれば、今回は見逃してやろう。命が惜しかったら選択肢は一つだ……懸命な判断、宜しく頼むよ』
水晶玉の映像はここで終わる。
「改革戦士団……これ程とは……!」
タイガーの息子レオが、額に汗を滲ませながら言葉を漏らす。
重臣の2人、渋面のバーナードと筋肉オヤジのカルロスは腕を組み、タイガーは大量の塩を振り掛けた焼き魚を頬張りながら、水晶玉を静かに見つめる。
そう。この水晶玉が届けられた先とは、リゲル軍の本陣だった。
やがて、タイガーは焼き魚を食べ終えると、静かに口を開く。
「バーナードよ」
「はっ!」
「至急、水晶玉を用意致せ……」
「奴らの要求を受け入れるのですね……?」
「ああ。改革戦士団に詫びを入れねばな……」
タイガーはそう言い終えると、レオに視線を移す。
「レオよ。この青年の顔は覚えたか……?」
「ええ。まだ鮮明に記憶しておりますが……」
「ならば、忘れぬうちにアレを作ってくれ……」
「あ、はい。しかし、何に使われるのですか?」
「謝罪は……誠意を持って行わねばならんからな……」
その後、タイガーたちが謝罪する姿を記録した水晶玉は、南都に向かって届けられた。
――焼け野原になった南都に朝日が照り付ける。
本日未明にトロピカル城に入城したダミアンたちは束の間の休息を取っていた。
流石のダミアンも疲労が溜まっていたようで、ベッドに入るなり深い眠りに就いた。
気持ち良さそうに鼾を立てるダミアンであったが、突然ジュエルによって体を揺さぶられる。
「ダミアン! 起きて!」
「うぅ〜。何だよ? もう少し寝かせてくれ……」
「タイガー・リゲルから返事が届いたわ」
ダミアンは飛び起きる。
「何!? もう来たのかっ!?」
「ええ。みんな待ってるから、急いで大広間まで来てね!」
ジュエルはそう言い終えると、足早に部屋を後にした。
「ヘヘッ、虎のおっさん。ビビって速攻で返事を返しやがったか……」
ダミアンはニヤッと笑みを浮かべると、上着を羽織り大広間へと向かった。
ダミアンが大広間に到着すると、既に四天王メンバーが水晶玉を囲んでいた。
「待たせたな! 早速再生してくれ!」
「わかったわ」
ダミアンに指示されると、サラが水晶玉に記録された映像を再生する。
「さ〜て、どんな映像が流れるか楽しみだぜ! ワクワクするな」
はしゃいだ様子で水晶玉を見つめるダミアン。
やがて、水晶玉に映像が映し出せると、一同不敵な笑みを浮かべた。
その映像――地面に額を付け土下座するタイガーと、重臣の二人の姿が映し出されていた。しばらくの間、静止画のような映像が続くと、ようやくタイガーが顔を上げ、口を開いた。
『申し訳ござらん! 貴殿らの実力を見誤っておった。儂らの敵う相手では無かったようじゃ……』
怯えた表情を見せながら、早口で謝罪を口にするタイガー。
その映像を見たダミアンが高笑いを上げる。
「ハッハッハッ! こりゃ傑作だぜ!」
ダミアンは興奮した様子で水晶玉に釘付けになる。
『儂らも命が惜しい……今すぐ兵を引くから、此度は見逃してくれんかのう? 頼む! この通りじゃ!』
タイガーは再び土下座する。
その様子を見たダミアン、チャールズ、アンディの3人が、腹を抱えて笑う。
「ハッハッハッ! とんだ腰抜けだな! 虎のおっさん!」
「ガッハッハッ! これが最強の領主か!? マジで笑えるぜ!」
「フッフッフッ! 東国の猛虎の名が泣いているね〜」
――だが、タイガーが発した次の言葉に、一同戦慄する。
『楽しんでもらえたかのう? 儂らの猿芝居……』
「!!」
ダミアンたちが水晶玉に視線を向ける。そこには鬼の形相を見せるタイガーの顔面がアップで映し出されていた。
「ひっ……!」
ジュエルは思わず後退り。ダミアンたちの額からも冷や汗が滲み出る。
タイガーが言葉を続ける。
『お主らは、余程儂を怒らせたいみたいじゃのう。これは儂からの餞別じゃ。お主らに、良い余興を見せてやろう……』
「余興……だと……?」
映像が切り換わる。
水晶玉に映し出せたのは、腕を後手に縛られ、地面に座らされる黒髪青年の姿。ダミアンは青年の姿を目にして声を震わせる。
「あ、あれは……お、俺だ……!」
水晶玉に映し出される青年――それは大粒の涙を流し、悲痛な表情を見せるダミアンだった。
動揺するダミアン。一方のソードは、映像に映し出されたダミアンを冷静に分析。その存在を見破った。
「あれは幻影だ……」
「幻影だと?」
「ああ。恐らく君が先程送り付けた映像を元に、君そっくりの幻影を作り出したのだろう……」
「おのれ、クソジジイ! ふざけた真似をしやがって!」
やがてタイガーは、刀を手にして幻影ダミアンの隣に並ぶ。
『よく見ておくのじゃ。これがお主の――数日後の姿じゃ!』
泣き叫ぶ幻影ダミアン。
『やめろっ! やめてくれっ! 助けてくれ〜! うぎゃあぁぁぁっ!!』
タイガーは刀を振り上げると、幻影ダミアンの首を刎ねた。
悲惨な映像を目の当たりにしたジュエルが涙を流す。
「クソっ! クソっ! クソっ! ふざけやがってっ! 絶対に許さねえっ!!」
怒り狂うダミアン。しかしタイガーの余興はまだ続いていた。
水晶玉が突然爆発。ダミアンたちは腕で顔を覆う。爆発が収まると、彼らは周囲を見渡す。
「畜生っ! どこまでも俺を馬鹿にしやがって!!」
怒号を上げるダミアン。その直後、ジュエルの叫び声が、トロピカル城の大広間に響き渡る。
「きゃあぁぁぁっ!」
「どうした!? ジュエル!」
ダミアンがジュエルに視線を向けると、彼女は彼の足元を震える手で指差していた。
ダミアンは恐る恐る自分の足元に視線を下ろす。
「ぎゃあぁぁぁぁぁっ!!」
ダミアンは腰を抜かしながら悲鳴を上げる。
彼の足元には、先程タイガーが刎ねた、幻影ダミアンの首が転がっていた。
つづく……




