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第126話 悲劇の結末(前編)



 戦火に飲まれるカルムの街。

 人々は逃げ惑い、次々と想獣(ドラゴン)やロイドのナイフの餌食となっていく。それでも、一人でも多くの人々を街の外へ避難させる為、領主軍兵士や保安官が決死の護衛を行っていた。その中に領主カーティスの姿もあった。

 カーティスたちの後方には一体の想獣が迫る。


「カルムの民たちよ! ドラゴンは我々が引き付ける! その間にできるだけ遠くに逃げるのだ!」


 カーティスは空想術を使用し、迫りくる想獣と応戦する。しかし、カーティスの空想術では想獣に全く歯が立たない様子だ。


「くっ……私の空想術では、このドラゴンに攻撃を与えることすらできないか……このままでは、コイツから逃げ切ることができん……かくなる上は……!」


 突然カーティスは、空想術で全身を発光させる。その光は夜暗の中で一際目立っていた。当然、想獣の視線はカーティスに釘付けになる。その様子を兵士や保安官が驚いた様子で見つめていた。


「カ、カーティス様! ま、まさかっ!?」


「私がドラゴンを引き付ける! お前たちは民たちを死守せよ!」


「カーティス様っ!!」


 カーティスは自ら想獣の囮となる。

 カーティスは、避難する人々とは反対方向へと走り始めると、想獣は彼の後を追い、街中へと姿を消した。




 その頃、街の中心部では想獣の群れを食い止めるため死闘を繰り広げる、カルム学院空想術部三人衆アラン、ヴァル、アンナの姿があった。

 既にアランたちは数体の想獣を退治しているが、次から次へと姿を現す想獣に苦戦を強いられていた。

 アンナが思わず弱音を吐く。


「もう……体力の限界ですわ……このドラゴンたちには、勝てる気がしない……」


 アンナの弱音にヴァルが声を荒げる。


「言うな! 今ここで俺たちが殺られてしまえば、避難中の市民たちに危険が及ぶ。今ここで俺たちが踏ん張らなければいけねえっ!」


「そ、そうですね……」


 ヴァルの言葉にアンナは静かに頷く。アンナは肩で息をしながら、疲労困憊(こんぱい)の様子だ。すると突然アンナの体が緑色の光に包まれる。と同時に彼女の体から疲労が抜けていく。

 アンナが後ろを振り返ると、右手を構えるアランの姿があった。そう。アランは治癒空想術を使用し、アンナから疲労を取り除き、体力を回復させていたのだ。


「ア、アラン。ありがとう……」


「少しは回復したか?」


「ええ。お陰様で」


「よしっ! ヴァルの言う通り、俺たちがここで倒されるわけにはいかない! このドラゴンたちを一匹残らず片付けてやろうぜ!」


「ええ! これ以上、市民たちに指一本触れさせませんわ!」


 アランたちは地面を蹴り、想獣の頭上高くまで浮遊する。

 そして、アランの光線、ヴァルの雷撃、アンナの雨氷が想獣たちを襲う!




 ここは、カルムタウン西側の住宅街。

 路上には、ロイドによって殺害された住民たちの遺体が、あちらこちらに横たわっていた。その遺体を横目にしながら、焦った様子で走り回る一人の大男の姿があった。

 彼の正体は、カルム市場内で肉屋を営む「ウオタミ」である。

 彼は、相手を威圧できる程の屈強な体の持ち主。その反面、穏やかで心優しい男なのであるが、とても気弱な所が玉に瑕である。

 普段であれば、自分の身に危険が迫れば真っ先に逃げ出すウオタミであるが、今は一人危険な場所に留まり続けている。

 彼が逃げない理由。それは、避難途中で逸れてしまった息子の捜索を行っていたからだ。

 ウオタミは息子の名を叫ぶ。

 

「お〜いっ! イソマルっ! イソマルよ〜! どこにいるんだ〜!」

 

 彼がいくら呼び掛けても息子から返事がない。それでもウオタミは、涙目になりながらも息子の名前を叫び続ける。

 しばらく同じ状況が続いていたが、ここでウオタミの名を叫ぶ青年の声が聞こえてきた。


「ウオタミさ〜ん!」


「コ、コリン君っ!」


 ウオタミの前に姿を現したのは、ウオタミの肉屋を手伝う青年「コリン」であった。

 コリンはかつてカルムタウンを縄張りにしていた札付きのチンピラだった。過去にウオタミを脅し、多額のみかじめ料を巻き上げていたが、ヨネシゲから制裁を受けてしまった。カルム学院祭襲撃では悪魔のカミソリに利用され、命を落としかけたが、今は改心してウオタミの元で働いている。

 そんな彼もウオタミの息子を探し回っていたが、どうやら発見に至ったようだ。


「ウオタミさん! イソマル君、見つかりましたよ!」


「ほ、本当かい? よ、良かった〜!」


 ウオタミが安心した様子で膝を落とすが、透かさずコリンが立ち上がるよう彼に促す。


「ウオタミさん! 立ってください! 俺たちも早く奥さんたちと合流しましょう!」


「うん! そうだねっ!」


 ウオタミは、コリンが差し出した手に掴まる。互いに顔を見合わせて微笑みを浮かべる二人だったが、直後に悲劇が襲い掛かった。


「ヒャッハッハッ! み〜つ〜けた〜!」


「!!」


 ウオタミたちが視線を向けた先には、ナイフをペロペロと舐める、改革戦士団第5戦闘長ロイドの姿があった。

 ロイドは不気味な笑い声を上げながら、ナイフを振り上げる。


「今、地獄へ送ってやるよ〜!」


 ウオタミとコリンの顔が青ざめる。


(ごめん……みんな……戻れそうにないや……)


 ウオタミは死を覚悟した。

 ロイドのナイフは無情にも振り落とされ、彼の遠隔攻撃がウオタミたちを襲う。

 その時である。ウオタミの視界にコリンの後ろ姿が入ってきた。


(コ、コリン君……!)


 次の瞬間、コリンはロイドの遠隔ナイフ攻撃によって切り刻まれてしまった。

 コリンは倒れる間際、ウオタミに体を向ける。そしてウオタミを押し倒すと、彼に覆いかぶさるようにして倒れた。

 パニックに陥りそうになるウオタミの耳元で、コリンが囁いた。


「ウオタミさん……死んだフリ……」


 コリンの言葉を聞いたウオタミは、咄嗟に呼吸を止め、死んだフリをして見せる。

 ピクリとも動かなくなった2人を見て、ロイドが笑い声を上げる。


「ギャッハッハッ! 俺に仕留めてもらったこと、光栄に思えよ! さ〜て! 次の獲物でも探しにいくかっ! ヒャッハー!」


 ロイドは高笑いを上げながら暗闇へと姿を消した。




「コリン君……コリン君……!」


 ウオタミは自分に覆い被さり倒れるコリンの体を揺する。しかし、彼から反応がない。

 ウオタミは起き上がり、コリンを抱きかかえると、再び彼の体を揺すった。


「コリン君! しっかりして! しっかりするんだ!」


 ウオタミがコリンの腹部に視線を向ける。その腹部には無数の深い傷が刻まれており、夥しい量の血液が漏れ出していた。


「どうして……どうして……こんなことに……!」


 ウオタミは涙を流しながら泣き声を漏らす。すると彼の手をコリンがそっと掴む。


「コ、コリン君!?」


「ウオタミさん……泣かないでください……これは……当然の報いなんです……」


「な、何を言っているんだい!?」


「俺は……散々、悪いことを……してきました……ウオタミさんにも……酷いことを……してしまいました……反省しても……しきれません……ウオタミさん……本当に……ごめんなさい……」


「いいんだ……いいんだ……俺のことは気にするな……」


 ウオタミはコリンを抱きしめる。そしてコリンは涙を流しながらウオタミに尋ねる。


「ウオタミさん……これで俺も……少しは……罪滅ぼしが……できたかな……?」


「ああ……! できたよ、できたさ……! 全部帳消しだ! 君は俺を助けてくれた……命の恩人だ! そのことは誇ってくれ!」


 コリンは微笑む。


「良かった……これで安心して……あの世に行ける……」


「コリン君っ!!」


「ウオタミさ……ありが……と……こんな……俺……を……」


「コリン君っ!! コリン君っ!!」


 コリンはウオタミの腕の中で力尽きた。

 自分が犯した罪に苛まれていたコリン。その最期は、誰もが認める勇敢なものだった。

 


つづく……

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