第125話 終末のカルム(後編)
想獣は地上のソフィアたちに向かって強烈な光線を放った。
人々は恐れ慄く。
(終わった……)
誰もがそう思ったその時である。
一人の女が想獣に向かって飛び跳ねていく。
「お、お義姉さんっ!!」
ソフィアが視線を向けた先。そこには、空中で両手を構える、メアリーの姿があった。更に彼女は想獣の光線を素手で受け止めていたのだ。
「す、凄え……」
ルイスは上空を見上げながら、思わず言葉を漏らした。
上空のメアリーは、想獣の光線を受け止めながら、ニヤッと笑みを浮かべる。
「随分と躾のなってない想獣だね。これは調教が必要だわ」
彼女は受け止めていた光線を想獣に向かって跳ね返す。
「飼い主の顔が見てみたいわっ!!」
「ギャアァァァッ!!」
跳ね返された光線を直に受けた想獣は、悲痛な断末魔と共に消滅した。
メアリーが地上に着地すると、周りに居た人々から歓声が沸き起こる。
「よっ! メアリーちゃん、カルム最強の女子だ!」
「流石、元王国軍将校だ! あの光線を跳ね返しちゃうんだもんな」
しかし、メアリーは歓声を受けるも、鬼の形相を見せながら周囲に睨みを利かせていた。周りに居た人々は彼女の表情を見て思わず後退りしてしまう。
この時メアリーは、ただならぬ気配を察していた。
(何なの!? この気配は!? 途轍もない恐ろしい何かがこっちに近付いている。一体、どこに隠れて居るの!?)
メアリーはルイスとリタに呼び掛ける。
「リタ! ルイス! 皆を守れるように身構えておきなさい!」
「わかったよ!」
ルイスとリタは背中を合わせると、こちらに近づいて来る「何か」に備えて身構える。
周囲の人々は不安な表情で身を寄せ合い、ソフィアはトムを、ゴリキッドはメリッサを抱き締めながら、固唾を呑んでその様子を見守っていた。
辺りが静まり返る。
ルイスたちが周囲に目を光らせていると、メアリーが危険を察知する。
「来る……!」
彼女はそう言葉を漏らしながら背後を振り返る。と同時にルイスたちも彼女が振り向いた方向に視線を向ける。
次の瞬間、強烈な衝撃波が人々に襲い掛かる。
衝撃波は周辺の民家を次々に破壊し、こちらに迫ってきた。
「バリアよっ!!」
メアリーが叫ぶ。
ルイスとリタは咄嗟に空想術でバリアを発生させる。メアリーも、2人のバリアに重ねるようにして、もう一つのバリアを発生させた。
3人が作り出したバリアは鉄壁の一言。ましてや、王国屈指の実力者であるメアリーが張るバリアだ。この最強クラスの防護壁を打ち破れる者など、そうそう現れないことだろう。
しかし、その神話は脆くも崩れ去った。
メアリーたちが発生させたバリアは、衝撃波によって一瞬で破壊されてしまった。メアリーたちの体は吹き飛ばされ、ソフィアや住民たちも衝撃波によってなぎ倒されていく。
メアリー、ルイス、リタの3人が、痛みを堪えながら体を起こす。3人は、視界に飛び込んできた恐ろしい光景に、顔を青ざめさせる。
頭や口から流血して意識を失う、ソフィア、トム、アトウッド兄弟の姿。更に他の住民たちも大きな怪我を負った状態で横たわっていた。
ルイスとメアリーたちの悲痛な叫びが、周囲に響き渡る。
「か、母さんっ!?」
「トムっ! みんなっ!」
ルイスたちが、倒れる家族の元へ駆け寄ろうとした時、男の不気味な笑い声が耳に届いてきた。
「オッホッホッホッ! 君たちのバリアが無かったら、その者たちは命を落として居たであろう……」
「!!」
ルイスたちが振り返ると、そこには銀色の仮面と黒尽くめ衣装を身に纏った、改革戦士団総帥マスターの姿があった。しかし、ルイスたちは彼の存在を知らない。
メアリーがマスターに問い掛ける。
「アンタ、何者……?」
マスターは、音声合成のような低い声で彼女の問に答える。
「申し遅れた。私は改革戦士団総帥のマスターである。以後お見知り置きを……」
「改革戦士団の総帥ですって!?」
突然目の前に姿を現したのは、今世間を騒がせる改革戦士団の総帥。
驚愕した表情を見せるメアリーたち。するとマスターが、更に驚くことを口にする。
「王国軍元将校のメアリー・エイド、その娘リタ・エイド、そして、カルム学院空想術部員ルイス・クラフト……元気そうで何よりだ」
「どうして、俺たちのことを知っているんだ……?」
「私は……君たちのことなら何でも知っている。そこで倒れている、君の母親も従弟のこともな……」
「母さんと……トムのことも……?」
何故、改革戦士団の総帥が自分とその家族のことを知っているのか? まさか、先日の学院襲撃の件で恨みを買ってしまったのか?
ルイスの脳裏には色々な推測が飛び交っていた。その隣でメアリーが声を荒げる。
「さっきから黙って聞いていれば、不気味な男ね! アンタはストーカーか何かなのっ!?」
「オッホッホッホッ! ストーカーで結構。だが、君たちの姿も今日で見納めになりそうだ。君たちには消えて貰わねばならんからな」
リタが苦笑いを浮かべながら、マスターに尋ねる。
「おじさん。随分と私たちに恨みがあるみたいだね?」
「恨みはない。寧ろ……殺すのが、心苦しい。だが……このふざけた世界を作り変える為には、君たちを滅ぼし、白紙にしておく必要がある……」
ルイスは恐怖に満ちた表情でマスターに問い掛ける。
「意味がわからない……世界を作り変えるために、何故俺たちを滅ぼす必要があるんだ……?」
「君たちが……悪の根源によって生み出された存在だからだ……」
メアリーが怒鳴り声を上げる。
「アンタっ!! ふざけた事ばかり抜かさないでちょうだい!! 悪はアンタたちの方よ!」
「相変わらずですね、姉さん……」
「気安く姉さんなんて呼ばないでっ!! リタっ! この不気味な野郎をぶっ潰すわよっ!!」
「あいよっ! トムたちの仇を取ってやるわ!」
メアリーとリタがマスターに攻撃を仕掛けようとする。
メアリーは全身を赤く発光させ、両手をマスターに向かって翳すと、強烈な蒸気を噴射させた。周囲には熱い程の熱気が広がり始める。
「アンタを蒸し殺して、改革戦士団を壊滅へ導いてあげるわっ!!」
一方のリタも空想術を使用して、周囲の瓦礫をマスターの頭上に浮遊させると、その瓦礫を急降下させる。
「瓦礫の山に埋もれなさいっ!」
マスターに襲い掛かる2人の攻撃。その様子をルイスは固唾を呑んで見守っていた。
マスターは、迫りくる2人の攻撃を見つめながら、右手を振り翳した。次の瞬間、一同、目を疑うような光景を目の当たりにする。
メアリー渾身の蒸気と、急降下する瓦礫の山は、瞬く間にマスターの右手に吸い込まれてしまった。
「そ、そんなっ!? 伯母さんとリタの攻撃が、全く通じないだと……!」
「私とお母さんの技が、効かないなんて……」
後退りするルイスとリタ。その2人を横目に、メアリーがある言葉を口にする。
「まさか……スペースバリア……!」
「オッホッホッ! まだまだ完全系ではないが、習得するのに苦労したのだぞ?」
メアリーの全身に悪寒が走る。彼女は声を震わせながら言葉を漏らす。
「スペースバリアが使えるなんて……この男、本当に何者なの……?」
向かうところ敵なし……どんな敵相手でも怒りと強気で押し通すメアリーだったが、初めてルイスたちの前で怯えた姿を晒していた。その異様な光景に、ルイスとリタは途轍もない不安を覚える。
「伯母さん! いつもの勢いはどうしたんだよ!?」
「そうだよ! お母さんなら、どんな敵でも簡単に捻り潰すことができるでしょ!?」
ルイスたちの言葉に、メアリーはハッとした表情を見せる。
(そうよ! 私は数々の修羅場をくぐり抜けてきた、戦鬼のメアリーよっ! こんな仮面野郎一人に何をビビってるのよ!)
「ルイス、リタ、ありがとう! 目が覚めたわ!」
「おぉ! 伯母さん!」
ガッツポーズを見せるメアリーの姿を見て、ルイスとリタは安堵の笑みを浮かべた。
メアリーは再び全身を赤色に発光させ、蒸気の渦を身に纏うと、地面を思いっ切り蹴り、マスターとの距離を一気に詰めていく。
「さあ! 覚悟なさいっ! この仮面野郎っ!」
「覚悟するのは……貴女の方だ……」
「何ですって!?」
マスターが指を鳴らす。
すると、突然メアリーの足元から紫色に発光する煙が発生。煙はあっという間にメアリーの体を包み、彼女から身動きを奪い取る。
「か、体が動かないわ……!」
何とか藻掻こうとするメアリーだが、それすら叶わない様子だだ。
心配そうな表情でメアリーを見つめるルイスとリタ。その2人にもマスターの魔の手が迫る。
「君たちも人の心配をしている場合ではないぞ? 足元をご覧なさい」
「!!」
ルイスとリタが咄嗟に足元へと視線を下ろす。そこにはあの柴色に発光する煙が地面から立ち込めていた。やがて柴色の煙は、ルイスとリタの体の周りを旋回し始める。その途端、2人の体から自由が奪われてしまった。
「クソっ! 体がっ!」
「う、動かない……!」
マスターは、身動きが取れない3人に向かって掌を広げる。
メアリーが額に汗を滲ませながら、マスターに尋ねる。
「何をするつもり……!?」
「言ったでしょう? 君たちに消えてもらうと……!」
マスターは広げていた掌をゆっくりと握り締めていく。と同時に聞こえてきたのは、3人の悲痛な叫び声だった。
「うわぁぁぁっ! く、苦しい! や、やめてくれっ!」
「あぁぁぁっ! や、やめてっ……! 心臓が破裂しちゃう……!」
「ぬあぁぁぁっ! こ、子供たちに、手を出さないで……!」
自由を奪われたルイスたちは、藻掻くこともできず、胸部に襲う激痛を堪え続けていた。
その様子をしばらく楽しんでいたマスターが、一気に拳を握り締める。その瞬間、3人の叫び声がピタッと止まる。
柴色の煙から解放された途端、ルイス、メアリー、リタの3人はその場に倒れた。
つづく……




