第11話 カルムの街(後編)
ヨネシゲとソフィアは、カルムタウン最大と呼ばれるカルム市場に到着すると、夕食の食材を調達するため、各店舗を回っていた。
ヨネシゲは八百屋の野菜を手にすると、目を輝かせながら興奮した様子でソフィアに語りかける。
「スゲーよ、ここは! 野菜にしても、果物にしても、魚にしても、肉にしても! どれをとっても鮮度抜群の一級品だ!」
ヨネシゲは学生時代、料理店でアルバイトをしていた経験がある。自慢ではないが、食材の目利きには自信があった。カルム市場に並ぶ商品は、そのヨネシゲも太鼓判を押す程の鮮度の良さだった。それには理由があるそうで、ソフィアが説明する。
「カルムタウンは街道が整備されているから、各方面から新鮮な農産物が直送されてくるのよ。おまけにカルムタウンには漁港もあるから、新鮮な魚もこの市場に集まるというわけね」
ヨネシゲはソフィアの説明を聞いて頷く。
(確かに。ソフィアの書いた物語にもカルムタウンは港町だと説明されていたな……)
カルムタウンはトロイメライ王国南西部に位置する港街。この街を起点に、王都や、トロイメライ第2の都市である南都など、各方面へ延びる街道が整備されており、古くから交通の要衝として栄えてきた。
その街道沿いには田畑や牧場も多く点在しているため、荷馬車などで産地からこのカルムタウンに直送されてくる。また、カルムタウンは港町だけあって、漁業も盛んであり、新鮮な魚も簡単に入手することができる。
ヨネシゲは市場内を散策していると、突然魚屋のオヤジに呼び止められる。
「おおっ!! ヨネさん!! いつの間に退院してたのか!?」
「え、ええ。実は今日退院しまして……」
ヨネシゲは畏まった様子で退院したことを報告する。そんなヨネシゲを見て魚屋のオヤジは不思議そうに首を傾げる。
「なんだ、ヨネさん? 何かよそよそしいじゃねぇか。俺とヨネさんはそんな仲じゃねぇだろう?」
「あ、あの……実は……」
ある日突然、ヨネシゲはソフィアの描いた空想世界に迷い込んでしまった。当然、空想世界での記憶は持ち合わせておらず、この魚屋のオヤジのことも知らない。故にこの空想世界の医者からは、記憶の一部が欠落していると診断された。
決して、ヨネシゲは記憶を失っているわけではないので、この診断には不満を持っている。しかし、空想世界の記憶が無いのは事実。今後ヨネシゲはこの世界で“記憶を失った人”という設定で生活することになる。
そのためには、周囲の人間にしっかりと事情を説明して、理解を得る必要があり、早速この魚屋のオヤジに事情を説明しなければならない。ヨネシゲが口を開こうとすると、透かさずソフィアがヨネシゲのフォローに入る。
ソフィアからヨネシゲの状況を説明された魚屋のオヤジは驚いた様子だった。無理もない。普通に生きていて記憶を失った人物に出会うのは稀なことだ。
「ヨネさん!? 俺のこと覚えてないのか!?」
「すみませんが、覚えていません」
「そ、そうか。俺のことを忘れちまったか……子供の頃は一緒に野原を駆けずり回った仲だったというのによっ!」
ヨネシゲの返事を聞いた魚屋のオヤジは、悲しそうにすすり泣きをする。それを見たヨネシゲはバツの悪そうな顔をする。
(忘れたというよりも、ただ単に知らないだけなんだがな。とはいえ、凄く気まずい……)
ヨネシゲは足早に魚屋を後にしようとすると、魚屋のオヤジが呼び止める。
「ヨネさん! これはサービスだ。持っていってくれっ!」
「え? いや、こんなに悪いよ!」
魚屋のオヤジはヨネシゲに大量の魚が入った籠を手渡す。ヨネシゲは遠慮して何度も断るが、魚屋のオヤジの押しに負け、結局魚を貰い受ける。
「じゃあ、ありがたく貰っていきます。ありがとう!」
「魚屋さん、ありがとうございます!」
ヨネシゲとソフィアが魚屋のオヤジに礼を言い、店を出ようとすると、魚屋のオヤジが意味深な事を口にする。
「カルムのヒーローヨネさんには、早く元気になってもらわないとな!」
「カルムのヒーロー? 俺が?」
カルムのヒーローとは一体どういう意味なのか?
ヨネシゲは立ち止まり魚屋のオヤジに真相を確認しようとする。
その時、突然店の外が騒がしくなる。
魚屋のオヤジは店の外に出て辺りを見渡すと、口髭とサングラスが印象的な中年男が、こちらに向かって走ってくるのが見えた。
中年男はそのまま店の前を素通りしようとするが、魚屋のオヤジが呼び止める。
「おう、ヒラリー! 一体何があったんだ!?」
魚屋のオヤジが呼び止めた中年男は、カルム市場内で酒屋を営んでいる「ヒラリー」と言う名の人物だ。
ヒラリーは焦った様子で魚屋のオヤジに事情を説明する。
「またいつものチンピラ達だよ!」
「また奴らか……」
「今日はウオタミの肉屋が絡まれてるよ。俺は今から保安官を呼びに行くところだ!」
チンピラと聞いて魚屋のオヤジが呆れた顔をする。
どうやら市場内の肉屋にチンピラが現れ、因縁を付けているらしい。このチンピラたちは度々市場を訪れては騒ぎを起こすそうだ。
ヒラリーは保安官を呼びに行こうとしていたはずだが、魚屋のオヤジに状況を説明するのに夢中だった。その様子を見ていたヨネシゲは苛立っていた。
(何やってんだ、このオヤジ!? 保安官って警察のことだろ? だったら早く呼びに行かないとダメだろ!)
ヨネシゲは痺れを切らす。
「ちょっと、あなた! 早く保安官を呼びに行かないと!」
ヒラリーはヨネシゲの声にハッとするが、ヨネシゲの顔を見た瞬間、目を丸くさせる。
「ヨネさん!? もう退院してたのか! ちょうど良かった。一緒に来てくれよ!」
ヒラリーはそう言うとヨネシゲの腕を掴んでどこかへ連れて行こうとする。
「おい、ちょっと待て! どこへ連れて行くんだ!?」
「もちろん肉屋だよ! さあ、ヨネさん、早くチンピラを倒してくれよ!」
「え!? 俺がか!?」
ヨネシゲはヒラリーにチンピラを倒してほしいと頼まれる。なぜ自分がチンピラの相手をしなくてはならないのか? そのような危険なことは保安官の仕事だ。
ヨネシゲは男の手を振り払い、頼みを断ろうとする。
「そんなの保安官の仕事でしょ!? 俺の出る幕じゃないよ!」
しかしヒラリーは聞き入れる様子はない。それどころか、ヨネシゲは予想打にしなかった言葉を耳にする。
「またまた旦那、ご冗談を。ここはヨネさんの出番だよ。だってヨネさんは、この街のヒーローなんだからさ」
「ヒ、ヒーロー!? 俺がか!?」
ヒラリーはヨネシゲがこのカルムタウンのヒーローだと説明する。
(俺がヒーローだと!? 確かにここに来てからは予想外の連続だが、いきなりヒーローと言われても何もできん!)
状況を理解できないまま、ヨネシゲはチンピラ退治のためヒラリーに連れて行かれるのであった。
つづく……




