第124話 終末のカルム(中編)
マスターは、瓦礫の山となったカルム学院の校舎を眺めながら、次なる命令をナイルに下す。
「ナイルよ。更に想獣を召喚し、カルムの街全体を破壊せよ。そして逃げ惑う市民たちを想獣に食らわせろ」
「御意」
ネイルは、空に向かって両手を翳すと、数体のドラゴン型想獣を召喚させた。
「我が下僕よ。このカルムの街を焼き尽くせ! 腹が減ったら、その辺りにいる想人を喰らえ!」
召喚された想獣は、四方八方へと飛び立っていく。
その直後、十数名の保安官たちがカルム学院の正門前に駆け付けてきた。ロイドは狂気じみた笑みを浮かべると、ナイフを舐めながら、保安官たちを見つめる。
「ヘヘッ。虫けら共のお出ましだな………」
保安官たちは、崩れ去った校舎と、血を流して倒れる守衛たちの姿を目にすると、声を荒げながらマスターたちに尋ねる。
「これは……お前らの仕業かっ!?」
保安官の問い掛けに、マスターは答えることなく、ロイドに命令を下す。
「始末しろ」
「ヒャッハッ! 任せてください!」
ロイドが保安官たちに向かってナイフを構える。対する保安官たちも、警棒や両手を構える。
「そんな警棒も空想術も、俺のナイフの前では無力だぜっ!」
ロイドはそう言い放つと、保安官たちから離れた位置でナイフを一振りする。その瞬間、保安官の一人が悲鳴を上げながらその場に倒れる。
「な、何が起きた……?」
呆気に取られる保安官たちに、ロイドが笑い声を上げる。
「ヒャッハッハッハッ! 俺の遠隔ナイフ乱舞、とくとご覧あれ!」
「くっ! 遠隔攻撃か……!」
ロイドが得意とする空想術。それは相手に直接触れなくても、ナイフを振り回すだけで対象を刺したり斬り付けることが可能な、謂わば遠隔攻撃だ。また、その遠隔攻撃は目に見えないため、防ぐのは至難の技である。
そして、ロイドがナイフを振り回す。
「く、来るぞっ!」
保安官たちが咄嗟に空想術で発生させたバリアに、ロイドの遠隔攻撃が襲い掛かる。バリアは瞬く間にヒビが入り、破壊される寸前だ。
「だ、だめだ! 持ち堪えられねえ!」
「く、くそっ!」
次の瞬間、保安官たちのバリアはロイドの遠隔ナイフ攻撃によって破壊され、彼らは斬り刻まれてしまった。
気付くと十数名いた保安官たちは、変わり果てた姿でその場に倒れていた。
「ギャッハッハッハッ! 手応えのねえ連中だぜ!」
高笑いを上げるロイドに、マスターが指示を出す。
「ロイドよ。これよりお前は西の方角を攻めろ」
「西ですか?」
「そうだ。西の住民を重点的に始末するのだ」
ロイドがニヤッと笑みを浮かべながらマスターに尋ねる。
「総帥。余程西側の住民に恨みがあるようですね」
「恨みは無い。ただ、悪の根源を絶やさねば、この世界は何も変わらん。同じことが、また繰り返されるだけだ……」
「まあ、よくわかりませんが、俺は総帥が作る新たな世界を見てみたい。その為なら協力は惜しみませんぜ」
「宜しい。その言葉に偽りが無いのであれば、思う存分暴れてこい」
「ヒャッハッ! 殺し屋の血が騒いできたぜ!」
ロイドは不気味な笑い声を上げながら、西の方向へ疾走していった。
真夜中の夜空を染める赤炎、断続的に轟く爆発音、鳴り響く警鈴。
突然の出来事に、街の人々はその様子を不安そうな表情で眺めていた。その中に、ソフィアやルイスたちの姿もあった。
次々と上がる火の手にソフィアは危機感を覚える。
「ルイス! みんなを連れてここから離れましょう!」
「確かに……何が起きているかわからないけど、このままじゃ、こっちの方まで被害が及びそうだ……」
そこへ、メアリーらエイドファミリーがソフィアたちの元にやって来た。
「ソフィアちゃん! みんな!」
「お義姉さん!」
「ソフィアちゃん、ここは危ないから、皆を連れて逃げなさい!」
案の定、メアリーはソフィアたちに避難するよう伝える。ソフィアは彼女の言う事を素直に受け入れるも、その言葉に引っ掛かりを覚える。
「お、お義姉さん。『逃げなさい』って、お義姉さんは逃げないおつもりですか!?」
ソフィアが尋ねると、メアリーは静かに頷く。
「私は、リタと一緒に街の様子を確認してくるわ!」
「あ、危ないですよ! お義姉さんたちも一緒に逃げましょうよ!」
メアリーは首を横に振る。
「恐らくこれは、何者かがこのカルムタウンを襲撃しているんだわ。だとしたら敵襲を食い止めないといけない!」
「しゅ、襲撃……ですか……?」
メアリーの「襲撃」という言葉に、ソフィアの顔が一気に青ざめる。そんな彼女をメアリーが安心させようとする。
「大丈夫。私たちが必ず敵を食い止めてあげるわ。なんたって私は、シゲちゃんと一緒にカルムに迫った危機を何度も食い止めた女だからね! 戦鬼の異名は伊達じゃないわよ」
「ええ……」
ソフィアは浮かない表情で頷いた。
「ソフィアちゃん。申し訳ないけど、トムの面倒を見ててちょうだい」
「わかりました。お気を付けて……」
「ええ、任せて! さあ、リタ! 行くわよ!」
「ヨッシャ! 気合い入れていくよ!」
メアリーとリタが街の中心部へ向けて急行しようとすると、ルイスが彼女たちを引き止める。
「伯母さん、待ってよ!」
「何、ルイス?」
「俺も一緒に連れてってくれ!」
ルイスの申し出に、メアリーはやれやれといった感じで苦笑いを見せる。
「私は構わないけど、あんたのお母さんがなんて言うかしらね?」
ルイスはソフィアに視線を向ける。
「母さん! 俺も父さんの息子だ! 伯母さんたちと一緒に……!」
「いけません」
「ど、どうしてだよっ!?」
ソフィアは、ルイスのメアリー同行を認めなかった。ルイスが声を荒げながら母親に許可を求める。
「俺はカルム学院空想術部の部員だよ!? こういう有事も想定して、毎日厳しい訓練を受けてきたんだ! 今こそ、その力を発揮……!」
「私はあなたの母親です! 危険な場所に向かおうとしている息子に『はい、いってらっしゃい』なんてそう簡単に言えますか! これ以上、大切な家族を……危険な場所に送りたくない……」
「母さん……」
今にも泣き出しそうな表情で俯く母親の姿を見て、ルイスは反論する事ができなかった。
「ルイス。あんたはお母さんたちと、近所の皆を連れて避難しなさい。皆を守るのも立派な仕事よ!」
「うん。わかったよ」
ルイスはメアリーの提案を受け入れると、直ぐに周辺にいる人々に大声で呼び掛ける。
「みんなっ! ここは危ない! 急いで街の外れまで避難しましょう! さあ、落ち着いて西の方角に向かって移動を開始してください!」
「おう! わかったよ!」
落ち着いた様子で人々を誘導するルイス。その光景を感心した様子で見つめるソフィアに、メアリーが声を掛ける。
「ソフィアちゃん、いい息子を持ったわね。ここはルイスに任せておきな」
「はい」
ソフィアが微笑みながら返事を返したその時である。
トムが震えた手で上空を指差す。
「お、お母さん……あれ……何……?」
メアリーは上空を見上げる。そして彼女の顔が青ざめる。
「想獣……!」
彼女たちの上空には、こちらに向かって急降下してくる想獣の姿があった。そして、想獣は口を大きく開くと、地上に向かって強烈な光線を放った。
つづく……




