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第123話 終末のカルム(前編)



 今宵もラルスの街は、月明かりに照らされていた。

 ドランカドたちが(いびき)を立てる中、ヨネシゲは宿のベランダから、遠くに見えるトロイメライ南海を眺めていた。そして、昨晩怪物のトンカチによって殺害されてしまった仲間を思い、感傷に浸る。


(昨晩亡くなった仲間たちは、今頃家族の元に帰っている頃かな……)


 悔やみきれない彼らの死。残された家族のことを考えると、胸が引き裂かれる思いだ。

 

「ソフィアとルイス、姉さんたちに、同じ思いは絶対にさせない……! 必ず生きて帰ってやる……!」


 ヨネシゲは、満点の星を見上げながら、無事帰還する事を心に誓った。

 すると、オスギの声がヨネシゲの耳に届く。


「ならば……今は少しでも多く休息をとって、戦に備えておかねばな」


「オ、オスギさん……すみません、起こしてしまったみたいですね……」


「いいや……歳をとると小便が近くてな……」


「ははは……そりゃ大変ですね」


 オスギはベランダに出ると、ヨネシゲの隣で目の前のトロイメライ南海を眺める。


「ヨネさん。残念だが、昨晩のことは始まりに過ぎない。戦場に赴けば、これから多くの仲間が死んでいくところを目の当たりにすることだろう……」


「ええ。承知しております……」


 オスギはヨネシゲに体を向けると、真剣な表情で言葉を続ける。


「ヨネさん。いざとなったら、仲間を捨てて逃げろ」


 オスギの言葉に、ヨネシゲは驚いた表情を見せる。


「え? ドランカドやイワナリを見捨てろってことですか? 俺には……そんなことできませんよ……」


「逃げることは罪ではない。生き残るためには必要な選択肢だ。いずれ俺たちにも決断を迫られる時が来ることだろう。その時は、躊躇わず自分の命を優先しろ。例え、俺やイワナリが敵に殺されそうになっていてもな」


 ヨネシゲは考える。果たして義理人情を重んじる自分に、仲間を見捨てることなどできるのだろうか? 答えは否。例え自分の身に危険が迫ろうとも、仲間を助ける筈だ。見捨てることなどあり得ない……

 そんな彼にオスギが宣言する。


「少なくとも……俺はいざとなったら、ヨネさんたちを見捨てて逃げるぞ。俺は必ず生きて帰って、カミさんや孫の顔をまた見たい」


「オスギさん……」


 オスギは、言葉を失うヨネシゲの肩を叩く。


「まあ、もっとも、そのような状況にならないことを祈っている。ヨネさん、すまなかったな。寝る前にこんな話をしてしまって」


「いえ……寧ろ、早い段階でこの話が聞けて良かったです。まだまだ俺も覚悟が足りないことに気付かされましたから……」


「……さあ、明日は早い。もう寝ようぜ」


「ええ……」


 いざとなったら仲間を捨てて逃げる……

 戦場に赴くということは、そういった覚悟も必要である。ヨネシゲは現実の厳しさに気付かされた。

 しかし、ヨネシゲはオスギの考えには同感できなかった。


(仲間を見捨てて逃げるなんてできない! そんなことしたら、一生後悔に苛まれてしまう)


 ヨネシゲは疑問を抱きながら、眠りにつくのであった。




 ――寝静まったカルムの街を歩く3人の男。彼らが辿り着いた先は、カルム学院の正門前。彼らは目の前に聳え立つ校舎を眺める。

 その内の一人は、全身に黒尽くめ衣装、顔には銀色の仮面。そして音声を合成したような低い声で笑い声を上げる。

 そう。彼は改革戦士団の頂点に立つ男、総帥のマスターだった。

 マスターは、後ろで待機する2人の戦闘長に指示を出す。


「手始めに……街のシンボルを破壊する。ナイルよ、校舎を破壊せよ」


 紫色の髪の青年が返事する。


「御意」


 彼は、改革戦士団第6戦闘長を務める「ナイル」である。


「ロイドは、これから駆け付けてくる保安官や兵士たちを殲滅せよ」 


「承知」


 腕の入れ墨が特徴的な、ガラの悪い金色短髪の男が了解する。彼が改革戦士団第5戦闘長の「ロイド」だ。


 ナイルは天に向かって右手を翳す。


「出でよ! 全てを焼き尽くすドラゴンよ!」


 ナイルの右手から一筋の光が放たれる。やがて、その光の先には、一体の巨大な赤い想獣(ドラゴン)が姿を現した。

 真夜中のカルムタウンに、想獣の咆哮(ほうこう)が轟く。


「ドラゴンよっ! 目の前に聳え立つ校舎を木っ端微塵に破壊せよ!」


 ナイルの命令を受けた想獣が吠える。と同時に赤色の光線を校舎に向かって放った。

 赤色に染まるカルムの夜空。大きな爆発音と共に校舎は崩れる。


「オッホッホッ。見事だ……」


 突然の爆発音に、カルム学院の守衛たちが守衛所から飛び出してきた。


「俺は夢でも見ているのか……」


「そ、そんな……」


 守衛たちは炎を巻き上げながら崩れ去る校舎を呆然と見つめていた。その彼らの背後に、ロイドが忍び寄る。


「守衛さんたちよ。警戒心が足りねえな」


「!?」


 突然聞こえてきたロイドの声。守衛たちが咄嗟に背後を振り返る。そして彼らの視界に飛び込んできたのは、ナイフを構えこちらに突進してくるロイドの姿だった。


「ヒャッハッハッハッ! このナイフの餌食になりなっ!」


「や、やめろっ!」


 守衛たちは逃げようとするも、時すでに遅し。ロイドのナイフは彼らの胸を突き刺していた。

 倒れる守衛たちの姿を見て、ロイドが嘲笑う。


「喜べっ! お前らはこの作戦の最初に仕留めた獲物だ。このナイフであの世に行けたことを光栄に思ってくれっ! ギャッハッハッハッ!」


 ついに、改革戦士団総帥マスターが、カルムの街に牙を剥く。




 同じ頃、クラフト家の者たちも異変に気付いたようだ。突然聞こえてきた爆発音に、ソフィアが目を覚ます。


「何? 今の音?」


 ソフィアが部屋から出ると、既に廊下にはルイスとアトウッド兄妹の姿があった。


「母さん、今の音聞いた!?」


「ええ、一体何が起きているの!?」


 同様を隠しきれない2人。そしてメリッサが不安そうな表情で窓の外を指差す。


「外が赤く光ってるよ。兄ちゃん、怖いよ……」


 ゴリキッドが妹の手を握る。


「大丈夫だ。兄ちゃんが居るから」


「うん……」


 突然ルイスが玄関へ向かって走り出す。


「ルイス! どこへ行くの!?」


「俺、ちょっと様子見に行ってくるよ!」


「ま、待ちなさい! ルイス!」


 ルイスはソフィアの制止を無視して、玄関の外へ飛び出す。


「こ、これは……」


 ルイスは外に出るなり、東の方角を眺めながら、呆然と立ち尽くす。


「学院の方向だ……」


 街の中心部からは炎と黒煙が上がり、そこを起点にカルムの夜空は赤色に染まっていた。

 やがてルイスの後を追うように、家の中からソフィアたちが飛び出してきた。彼女たちはルイスの横に並ぶと、彼と同じ方向を見つめる。


「火事……かしら……?」


「可能性はあるよ。だとしたら、相当な大火事だ」


 ソフィアたちが立ち尽くしていると、カルムの街に警鈴が鳴り響いた。一同、顔が青ざめる。



つづく……

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