第121話 カルムの翳り
夕暮れ時を迎えたころ、カルムの街がざわつき始める。
「何!? 野盗に襲われただって!?」
「ああ。街道沿いの村で怪物のトンカチに殺されてしまったらしい」
「なんてことだっ! まさか俺の息子じゃねえだろうな!?」
「遺体は東部の教会に安置されているみたいだ。村の長が若い衆と一緒に送り届けてくれたらしい」
「東部の教会か!? 確認しに行かねえっと!」
昨晩、南岸街道沿いの村で「怪物のトンカチ」に襲撃された十数名の出征者が無言の帰領を遂げた。彼らの遺体はカルムタウン東部にある教会に安置されており、出生者の家族や知人が挙って遺体の確認へと急行する。その中にソフィアとルイスの姿もあった。
家を出てから30分程小走りで移動していたが、普段走る機会が少ないソフィアは息を切らし、苦しそうな表情を見せていた。その彼女をルイスが気遣う。
「母さん。少しペースを落とそう。急いでも、結果は同じだから………」
「それは、わかってるけど……もしかしたら……ヨネシゲが待ってるかもしれないから……」
「父さんは居ないよ! 絶対生きて帰るって約束したんだからさ……もし居たら……俺は父さんを許さない……」
「……教会はあともう少しよ。急ぎましょう!」
苦悶の表情を浮かべるソフィアは、脇腹を押さえながら、そのままのペースで走り続けた。
やがて、2人は教会の前に到着する。しかし、その周りは出征者の家族でごった返していた。とても教会内部に入れる状況ではなかった。
ソフィアとルイスが途方に暮れていると、2人の元に黒髪ロングヘアの真面目そうな少女が近寄ってきた。
「ソフィアさんとルイスさん、ご無沙汰しております」
「ア、アリアちゃん!」
2人の前に姿を現したのは、イワナリの娘「アリア」だった。彼女の父イワナリも、ヨネシゲと共に南都へ出征している。彼女もまた、運ばれてきた遺体の中に、父親が紛れ込んでいないか確認しにきたのだ。
ソフィアは困り果てた様子でアリアに言葉を漏らす。
「困ったわ。この分だと中に入れるのは何時になることかしら……早く夫の無事を確認したいというのにね……」
そんな彼女にアリアが意外な返事を返す。
「実は、私……もう中に入ってご遺体の確認をさせていただきました」
「え? アリアさん、本当に!?」
アリアの返事にルイスが飛び付く。
「そ、それで、アリアさん! お父さんは無事だったの!?」
「はい、お陰様で……」
ここでソフィアがある質問を切り出す。
「アリアちゃん、ご遺体の顔、全員見てきたんだよね……?」
「はい……」
「その中に、私の夫は……居ましたか?」
ソフィアとルイスは固唾を飲んでアリアの返事を待つ。そして、彼女はゆっくりと口を開いた。
「安心してください。ヨネシゲさんの姿はありませんでした」
「ほ、本当に……?」
「ええ。間違いありません」
アリアの返事を聞いた途端、ソフィアは安心したのか、脱力してその場に座り込む。ルイスも大きく息を吐きながら、胸を撫で下ろしていた。
ところがそんな2人を横目にアリアが言葉を続ける。
「だ、だけど……小さい頃から、お世話になっていた……近所のおじさんが……亡くなっちゃった……」
アリアはそう言い終えると、両手で顔を覆い泣き崩れる。透かさずソフィアは、アリアを抱きしめ慰める。その隣でルイスが険しい表情で俯いていた。
その様子を少し離れた場所で眺める、一人の中年男の姿があった。
「ホッホッホッ。いよいよカルムにも翳りが見えてきたようだな……」
その男は全身に黒尽くめの衣装を身に纏っていた。口元は黒い布で覆われ、太い眉毛と青い瞳だけを覗かせていた。
「さて……今晩辺り、決行するかね」
この男は先日、海鮮居酒屋カルム屋に姿を現し、ヨネシゲたちと酒を酌み交わした、あの占い師だ。そしてヨネシゲたちの運命を占い、不吉な結果を言い残して姿を消した。その彼の真の正体は、改革戦士団総帥「マスター」である。
「我が故郷……このカルムの街を、お前たちの血で赤く染め上げて見せようぞ。ホッホッホッ……オッホッホッホッ!」
マスターは今夜、このカルムタウンで、恐ろしい蛮行に及ぼうとしていた。
――その頃ヨネシゲたちは、カルム領境の街「ラルスタウン」に到着していた。
南岸街道を移動して2日目の今日。まだ周囲は明るく、あと2時間程移動すれば隣領のブルームに入ることができる。しかし、昨晩は怪物のトンカチの襲撃を受け、殆ど睡眠をとることができなかった。
初日から大きな疲労を溜め込んでしまったヨネシゲ一同は、大事を取って、今宵この領境の街に宿泊することを決めたのだ。
ヨネシゲとオスギは食料の調達、ドランカドとイワナリは宿屋探しに向かっていた。
市場での買い物を終えたヨネシゲとオスギは、ドランカドたちとの集合場所となる噴水広場までやって来た。
「それにしても、大きな街ですね」
「ああ。ラルスはカルム領でも3本の指に入る規模の街だからな。領境ということもあり、古くから交通の要衝として栄えてきたんだ」
「詳しいんですね、オスギさん」
「そりゃそうさ。だって俺は、このラルス出身だからな」
「へえ〜、そうだったんですね」
「とは言っても幼少期に過ごしただけだがな。50年ぶりくらいに戻ってきたが、あの頃と景色が全然変わっていないな。少年時代を思い出すよ……」
オスギが懐かしそうに辺りの景色を眺めていると、宿を探しに行っていたドランカドがヨネシゲの元に駆け寄ってきた。
「お〜い! ヨネさん!」
「おう、ドランカド! どうだった!」
「ヨネさん! オスギさん! 喜んでください! 今日はふかふか布団で寝れますよ!」
「と、いうことは……!」
「はい! 宿を確保できました!」
「ヨッシャー! でかしたぞ、ドランカド!」
「へへっ。どういたしまして」
オスギはイワナリの姿が無いことに気付く。
「ドランカド君、イワナリの野郎は?」
「はい。イワナリさんなら宿の風呂に入ってますよ」
「イワナリの野郎! 一人でずるいぞ! ドランカド、オスギさん、俺たちも行きましょう!」
今夜はゆっくり寝れる。ヨネシゲたちは安堵の表情を見せながら、ラルスの街中へと姿を消した。
つづく……




