第119話 南都の守護者
ここは南都北側の入口「ウラナス関所」
ウラナス関所は南都防衛の最前線として、南都軍と、エドガー・改革戦士団連合軍との間で、激しい攻防線が繰り広げられていた。
エドガー・改革戦士団連合軍の勢いは凄まじく、南都軍は後退を余儀なくされていた。これ以上後退すれば市街戦となり、南都の街は戦火に飲み込まれてしまうことだろう。幸いにも市民たちは全員隣領に避難しているが、愛する南都の街を敵に奪わせないため、誇り高き南都の男たちは奮闘していた。
「ここを突破されたら、南都はお終いだ。この命に代えても、敵に南都の敷居を跨がせない! 南都守護役の名に懸けて!」
そう言葉を口にしながら敵兵に雷撃を放つ、金色長髪の中年男の名は「リッカルド」
リッカルドは、南都の防衛や治安維持を統括する、トロイメライ王国の重職「南都守護役」を任されている。
彼が放った雷撃は、敵兵を一瞬で戦闘不能にする。しかし、敵兵は次から次へと湧いて出てきており、リッカルドはその対応に苦慮していた。
迫りくる敵兵に気を取られていたリッカルドは、一瞬の隙を突かれてしまった。一人の敵将がリッカルドに襲い掛かる。
「ギャッハッハッ! 南都守護役リッカルド、討ち取ったぁ!」
「!!」
敵将の、炎を纏わせたサーベルが、リッカルドの首元に迫る。万事休すかと思われたその時、突然現れた旋風が敵将を引き裂く。リッカルドが背後に視線を向けると、そこには南都軍の軍服を着た、金色短髪の中年男の姿があった。リッカルドが彼の名を叫ぶ。
「オスカー!」
「リッカルド様、余所見はいけませんね」
「フフッ……すまない、助かったぞ」
彼の名は「オスカー」
若くして南都軍トップの大将を務めている。リッカルド直属の部下であり、彼からの信頼も厚い。
「リッカルド様! まだまだ勝機はあります! ここから一気に敵を押し返しましょう!」
「ああ。私の辞書に諦めるという文字はないからな!」
「流石、リッカルド様です!」
リッカルドが後方の兵士たちを鼓舞する。
「誇り高き南都の戦士たちよ! 南都の命運は我々の手に懸かっている! その正義の剣で、南都を脅かす不穏分子を切り裂くのだっ!!」
兵士たちの士気は最高潮に達した。彼らは雄叫びを上げながら前進していく。やがて敵兵と激突すると、辺りには剣戟の声や爆発音が響き渡っていた。
リッカルドとオスカーがその様子を見守っていると、彼らの元に伝令の兵士が駆け寄ってきた。
「伝令!」
「如何した?」
「五大臣マロウータン様からご命令です! 今夜、ウラナス関所から全軍撤退せよとのこと!」
「な、なんだと!? 理由はっ!?」
「理由については、申し付けられておりません」
予想外の命令に、リッカルドは言葉を失う。その隣でオスカーが声を荒げる。
「こんな命令、到底受け入れられません! 今兵を引けば、街にエドガー共の軍勢が一気に雪崩込む……さすれば、南都は瞬く間に制圧されてしまいます! すなわちそれは敗北を意味します。そうなれば我々の努力も水の泡。散っていった者たちも報われません!」
リッカルドは兵士に馬を準備させる。
「君の言う通りだ……私は今から城に向かう。マロウータン様と直接話さねばならん。オスカー、留守を頼むぞ」
「お任せください!」
「直ぐに戻る」
リッカルドは馬に跨ると、トロピカル城に急行した。
その頃、トロピカル城の会議室には、マロウータンと南都大公メテオ、そしてバンナイら五大臣の姿があった。
マロウータンは、メテオと協議した計画を打ち明けるため、バンナイたちを城に呼び寄せたのだ。そして、マロウータンからその計画の内容を知らされると、バンナイたちは驚いた様子で席から立ち上がる。
「な、何だと!? 南都をエドガー共に明け渡して、隣領ブルームに逃れるだと!?」
声を荒げるバンナイに、マロウータンが淡々と説明を続ける。
「被害を最小限に抑えるためじゃ。この南都の街が戦火に飲み込まれることは避けたい」
「何を言っている!? 敵に奪われたら意味がないだろ!? 徹底抗戦で守り抜くのだ!」
「残念だが、今の我々にエドガーたちを食い止める力はない。籠城したとしても、城が落とされるのは時間の問題。城が落ちれば、メテオ様も含めて我々の命は無いじゃろう……」
「南都を捨てるとは……お前には、南都貴族の誇りというものが無いのかっ!?」
「誇りだけでは南都は守れぬ。時には恥もかくことも必要。生き延びれば新たな選択肢も生まれることじゃろう。それに儂は、南都を捨てるなどと、一度も口にしていないぞ?」
「何? 捨てたも同然だろうがっ!」
「南都は、タイガー・リゲル殿に守ってもらう」
「タ、タイガー・リゲルだと!?」
「そうじゃ。まあ、守ってもらうと言うよりも、一時的に奪われた南都を取り返してもらう形になるがな」
「タイガーを頼るとは、クボウも堕ちたものだな!」
「無礼者っ! これはメテオ様と王妃様の意向であるぞ! 我らはお二人の意向に従うまで」
「くっ……!」
ここでメテオが口を挟む。
「南都は、タイガー殿に委ねることにした。バンナイ、どうか、理解してほしい……」
「ぐぬぅ……」
バンナイの額からは大量の汗が流れ落ちる。先程から南都を明け渡すことに猛反対しているバンナイであるが、彼の本心は違った。
(クソっ! マロウータンめっ! 儂ら抜きで勝手に話を進めおって! メテオ様には籠城してもらい、頃合いを見計らって、改革戦士団にメテオ様の身柄を引き渡す予定だった。メテオ様を籠城に追い込む為には、改革戦士団との徹底抗戦が必須である。だが、その手は使えなくなりそうだ。このままじゃワシらの命が危ない。何か良い策は……)
思考を巡らすバンナイに、マロウータンが可否を問う。
「バンナイ殿、宜しいかな?」
「ぬぅ……」
口を閉ざすバンナイ。すると、五大臣の一人、アーロンが彼の代わりに返答する。
「承知仕りました。今こそ、我ら南都五大臣が力を合わせて、メテオ様をお支えする時! マロウータン殿。私たちに出来ることがあれば、何なりと申し付けてくれ」
「アーロン殿……」
アーロンの言葉にマロウータンとメテオは感激した様子だ。一方のバンナイとダンカンは呆気にとられた様子で口を大きく開いていた。
(アーロンよ! 一体どういうつもりだ!? ここへ来て気が変わったか!?)
険しい表情を見せるバンナイに、アーロンが静かに頷く。それを見たバンナイは直ぐに察したようだ。
(アーロンよ。何か考えがあるというのか? わかった。お前の考えに賭けようではないか……!)
バンナイはメテオの前まで歩みを進めると、膝を折る。
「このバンナイ。メテオ様に生涯の全てを捧げ、お守りすることをここに誓います!」
「うむ。頼りにしておるぞ」
マロウータンがダンカンに視線を向ける。
「ダンカン殿は如何かな?」
「わ、私も彼らと同じく! メテオ様のお傍に!」
意見が纏まった。マロウータンとメテオが互いに顔を見合わせたその時、会議室の扉が突然開かれた。
つづく……




