表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
120/401

第115話 満月 【挿絵あり】

 冷たい夜風が吹き抜ける中、ヨネシゲは長ズボンに肌着という薄着姿で、テントから出ていく。彼はテントから少し離れた場所まで歩みを進めると、足を止める。

 村外れにあるこの場所は、少し高台になっており、南側に広がるトロイメライ南海を一望できる。ヨネシゲはその海と、夜空に浮かぶ大きな満月を一人眺めていた。


(綺麗な満月だ。ソフィアとルイスも……この満月を見ているかな?)


 ヨネシゲが見上げる満月に映し出されるのは、愛する妻子の顔。その二人の表情は、この満月のように優しく穏やかなものだった。


「帰りたい……」


 ヨネシゲは弱音を漏らす。

 夜になると気が沈み、弱気になってしまう。そして、妻子の顔を思い浮かべる度に胸が締め付けられ、切ない気持ちになる。


(帰りたいのに帰れない……見ている月は同じだというのに、君たちからどんどんと離れてしまう……)


 ヨネシゲは満月に向かって手を伸ばす。


(この満月のように……届きそうで……遠い存在だ……)






    挿絵(By みてみん)






 ヨネシゲは、伸ばしていた手をゆっくりと下ろす。

 冷たい夜風が吹き抜ける中、彼は満月を眺め続けていた。すると突然、自分の名を呼ぶ声が耳に届く。


「ヨネさん。そんな格好で、風引くぞ……」


「オ、オスギさん!?」


 ヨネシゲが背後に視線を向けると、微笑みを浮かべるオスギの姿があった。オスギはヨネシゲの元まで歩み寄ると、持っていた上着を手渡す。


「この冷たい夜風は体に悪い。初日から風邪を引いたら洒落にならんぞ? 上着くらい羽織っておけ」


「へへっ、すみません。ありがとうございます」


 ヨネシゲは、オスギから受け取った上着に早速袖を通す。ヨネシゲは上着を羽織り終えると、オスギに声を掛ける。


「オスギさん。なんか起こしてしまったみたいで、すみませんでした」


「いいや。俺も寝付けなくてな……」


「オスギさんもですか?」


「ああ。色々と考えていたら目が冴えちまって……」


 オスギから発せられた意外な言葉に、ヨネシゲは少々驚いた様子だ。と同時に、同じ心境の者が隣に居ると思うと、ヨネシゲの気持ちが幾分楽になる。そしてヨネシゲは胸の内をオスギに明かす。


「いや〜情けないですよね。覚悟を決めた筈なのに、夜になると不安で押し潰されそうになる……」


「それは皆同じさ。これから戦場に赴くっていうのに、不安を抱かない者のほうが少数だろう。軍人でもない俺たちみたいな素人なら尚更だ……」


 ヨネシゲは満月を見上げる。


「この同じ月を妻と子供も見ていると思うと、切なくて胸が締め付けられます。頭に思い浮かぶのは、妻と子供との思い出ばかり。もしこれが、俺にとって最後の思い出だったとしたら……? そんなことを考えちゃうと眠れなくて……」


 ヨネシゲは悲しそうな表情を見せる。するとオスギが彼の肩を叩く。


「ヨネさん。それはいかんな。その考え方は改めたほうがいいぞ」


「え? でも、そう言うオスギさんも、俺と同じこと考えてて眠れないんじゃ……?」


 するとオスギはニヤッと笑みを見せる。


「フフッ。俺は違うぞ?」


「え? でも、さっき……」


「ああ。確かに、考え事をして眠れないのは本当さ。だけど、俺が考えていることはヨネさんと違っててな、楽しいことを考えているんだ」


「楽しいこと?」


 オスギが口にした予想外の言葉に、ヨネシゲは不思議そうに首を傾げる。楽しいこととは一体何か? オスギは満月を見上げると、その楽しいことについて語り始める。


「実はな、帰ったらカミさんと旅行に行く約束をしているんだ。今からどこをどう巡ろうか考えているだけで、ワクワクして眠れんのだ。色々と候補はあるが、やはり、カルム各地の名湯を巡る旅が第一候補かな……」


 オスギは子供のように目を輝かせながら、旅行の計画について語る。彼は不安ではなく、興奮して眠れなかったようだ。

 オスギが語り終えると、ヨネシゲは羨ましそうに言葉を漏らす。


「流石ですね、オスギさん。帰ってからのことなんて何も考えて無かったですよ。今の俺には、妻や息子との思いでを振り返ることしか……」


 オスギは、ヨネシゲの言葉を遮るようにして口を開く。


「思い出は、振り返るものではなく、振り返ってもらうもの。大切な人たちの心に残すものだ」


「大切な人たちの心に……?」


「そうだ。思い出は、自分一人のために残すものではない。時間を共有した大切な人たちのために残すものなのだ。それは自分が生きてきた証でもある。ヨネさんは大切な人たちに、自分の生きた証を余すことなく残せてきたか?」


「いえ、全然……」


「ハハッ。そうだろうな。ヨネさんより20年以上長く生きている俺ですら、大切な人たちに自分の生きた証を残しきれていない。だから今は、思い出を振り返るよりも、新しい思い出を作ることだけを考えている。それが生きて帰るという目標に繋がるからな。こんな所では終われん!」


「オスギさん……」


「だからヨネさん。今は前だけ向いていろ。きっとその先に、ヨネさんが望む未来が待っているさ。生きて帰って、奥さんや息子さんと新たな思い出を作るんだ! こんなところで死んだら俺が許さんからな!」


「ええ! こんなところでは終われませんよ! 必ず生きて帰ってみせます!」


「その言葉、忘れるなよ!」


 オスギからの熱い言葉に、ヨネシゲは元気付けられたようだ。気付くとヨネシゲからは、いつもの明るい笑みが零れていた。


「ちなみにオスギさん。また弱音吐いても聞いてくれますか?」


「ハッハッハッ! それで気分が晴れるなら、いつでも聞いてやる!」


「ありがとうございます。それを聞いて安心しました!」


「そうか。さて、夜更かしは明日に響く。そろそろ寝ようぜ」


「はい! 気分もスッキリしたんで、ぐっすり寝れそうです」


 会話を終え、2人がテントに戻ろうとした時である。突然、男たちの悲鳴が辺りに響き渡る。


「うわぁぁぁっ!! 助けてくれ〜!!」


「こ、殺されるっ!!」


「や、止めてくれ〜!!」


 ヨネシゲとオスギの表情が青ざめる。



つづく……

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ