第10話 カルムの街(前編)
そこは、ヨネシゲが思い描いていたファンタジー世界そのものだった。
石畳で舗装された道路、所狭しと建ち並ぶ西洋風の建物。
行き交う人々の容姿や服装は現実世界と大差はないが、一部の者は派手なドレスを着ていたり、鎧と剣で武装していたりと、現実世界ではそうそう見かけない格好をしていた。
なにより街全体が活気で満ち溢れており、ヨネシゲが大好きな街の雰囲気だった。お祭り騒ぎと言ったら大袈裟かもしれないが、子供たちが市中を駆けずり回り、店屋の店主たちは気合いの入った声で客を呼び込み、家族連れやカップルが買い物を楽しんでいた。行き交う人々は皆にこやかで豊かな表情をしている。現実世界の忙しなく殺伐としたオフィス街とは大違いだ。
改めてここがソフィアの描いた物語の中、すなわちソフィアの空想世界であることを実感させられる。
「へぇ~、ここがカルムタウンか!」
ヨネシゲは嬉しそうな表情で言葉を漏らす。一方のソフィアはヨネシゲの反応を見て悲しそうな表情を見せる。
「やっぱり……このカルムの街のことも覚えてないみたいね」
ヨネシゲがこの世界の記憶を持っていないのは当たり前な話。何故ならヨネシゲは、ある日突然に現実世界からこの世界へと迷い込んでしまったのだから。
そんな事情を知らないソフィアたちからすれば、ヨネシゲは記憶を失った人物に変わりない。かと言って現実世界から来たことを説明しても信じてもらえないだろう。他の記憶と錯綜していると言われるのがオチである。
(とはいえ、ソフィアに悲しい表情をさせるのは心が痛む)
ヨネシゲはソフィアの励ますようにして言葉を掛ける。
「心配するな! 確かに街のことは記憶にない。でも俺は、この街のことが好きだってわかる。そのうちすぐに思い出すさ」
「そうね。そう信じましょう! 私も全力でサポートするから早く思い出してね!」
「ドンマイ! 気にするなってよ! 任せておけ!」
ヨネシゲの言葉を聞いたソフィアは笑みを浮かべる。
「フフフ……やっぱり、そういうところはアナタね!」
「え? そ、そうか?」
そういうところと言われても、ソフィアはどの部分のことを言っているのかヨネシゲにはわからない。だが理由などどうでもよい。ソフィアの笑顔が見れただけでヨネシゲは満足だった。
ヨネシゲは額に手を当てながら辺りを見回す。
「さて! 我が家はどっちかな? ソフィア、案内してくれ!」
「はいはい、わかりましたよ」
ヨネシゲはソフィアに自宅までの案内を頼む。
ソフィアの話によると、ヨネシゲが今居る場所はカルムタウンの中心部。ヨネシゲの家はここから西の方角へ20分程歩いた所に位置するらしい。するとソフィアからある提案がなされる。
「帰り道に市場があるんだけど、寄っても大丈夫? 買い物済ませたいんだ」
「おっ、市場か! もちろんだよ。俺も色々見て回りたい」
自宅までの道中、カルムタウン最大の市場があるそうだ。そこでソフィアは夕食の材料を調達するそうだ。
ヨネシゲは市場と聞き胸を躍らせる。ヨネシゲは市場や個人商店などが建ち並ぶ商店街が大好きである。故に大型スーパーやコンビニなどは滅多に行かない。
「今晩は魚がいいな! いや、やっぱり肉も捨てがたい!」
「フフッ。市場に行ってゆっくり考えましょう!」
「よし! そうと決まったら出発だ!」
まるで子供のようにはしゃぐヨネシゲを見て、ソフィアは優しく微笑んでいた。
ヨネシゲはソフィアとの談笑を楽しみながら5分程歩みを進める。すると目の前に、これまた中世の城のような大きな建物が姿を現した。ヨネシゲはソフィアにこの建物について尋ねる。
「ソフィア、あのお城のような建物はなんだ?」
「あれは学校よ」
「学校!? 随分立派な校舎だな!」
どうやらこの城のような建物は学校らしい。その佇まいは、ファンタジーに登場する魔法学校のようだった。
ヨネシゲはソフィアの説明を聞いていると、驚きの事実が判明する。
「栄光の学び舎、王立カルム学院よ。ルイスが通っている学校なのよ」
「ルイスが!? こんな凄いところに通っているのか!?」
王立カルム学院。文武両道。現実世界で言うところの高等学校に値する。王国の各機関へと多くの幹部候補生を輩出している、トロイメライ王国でも5本の指に入るエリート校なのだ。
そんなエリート校に、息子のルイスが通っていると聞いて、ヨネシゲは関心した様子だ。
(流石ルイスだ。運動も勉強もできる子だったからな。ここが現実とは異なる世界でも、ルイスは俺の自慢の息子に変わりない!)
ヨネシゲは、腕を組み、誇らしげな表情で校舎を眺めていると、ソフィアに腕を引かれる。
「さあ、市場に行きましょう! 学校のことは後でルイスから沢山教えてもらってね」
ルイスにも早く会いたい。ヨネシゲは今夜の家族団らんの時を思い描く。
「ルイスが帰って来るのが楽しみだ!」
「ルイスもあなたが帰ってくることを心待ちにしてるわ。まだ、あなたが退院したことを知らされていないから、帰ってきたらビックリするわよ」
「そうだよな。退院が正式に決まったのは昼頃だし」
現実世界なら電話一本で退院したことを伝えることができるが、ここは中世の時代をモチーフにした物語の世界。電話等の通信手段が発達していない。故にソフィアも病院を訪れた際、突然ヨネシゲの退院を知らされて慌てた様子だった。
突然退院してきたヨネシゲの姿に、ルイスはさぞ驚くことだろう。ヨネシゲはそんなルイスの顔を思い浮かべながら微笑む。
「ルイスの驚く顔が早く見たいよ。そうだ! ルイスは肉料理が好きだから今日は肉にしよう!」
「今日は特別な日。お肉とお魚両方にしましょう! 今日だけは贅沢しちゃおうね!」
「流石ソフィア! 太っ腹!」
「お腹が太いのはあなたの方よ」
「いや〜そういう意味じゃなくてな」
「フフッ、わかってるわよ」
ヨネシゲとソフィアは談笑しながら再び市場へ向けて歩みを進めるのであった。
つづく……