第111話 猛進! 最強軍団
『晴天照々法師』
それは、トロイメライ東部に古くから伝わる仏様。快晴を呼び寄せる存在であり、水害が多かったアルプ地方で崇拝されている。そして、あらゆる憂いも晴らし、人々の心にも晴天を齎してくれるそうだ。それは、戦を行う者にとって、曇りなき、勝利への道しるべになるのかもしれない。
土砂降りの雨の中、晴天照々法師の旗を掲げ、黄色い甲冑を身に纏い、破竹の勢いで猛進する25万の大軍勢。その正体は、アルプ地方領主「タイガー・リゲル」率いる、リゲル家の兵士たちだった。
軍事用快速靴を装着したリゲル軍は、アルプ・サンライトを出陣してから、僅か2日でグローリ領に侵入。エドガー・改革戦士団連合軍の将兵や戦闘長を次々と討ち取り、10箇所以上の砦を制圧した。
4日目の今日は、グローリ最大の街ヴィンチェロを制圧、エドガーの居城ヴィンチェロ城を包囲した。
そして、夕刻前。難攻不落を謳われたヴィンチェロ城は、たった数時間で落城。籠城していたエドガーの家臣団は尽く討ち取られた。
城攻めが終わった頃、朝から降り続いていた雨は止み、ヴィンチェロの街に日差しが降り注いでいた。
その様子を町外れの砦から眺める、一人の老年男の姿があった。
「難攻不落のヴィンチェロ城か。呆気なかったのう……」
そう。この老年男こそ「東国の猛虎」の異名を持ち、最強の領主と謳われている、アルプ地方領主「タイガー・リゲル」である。
かつては、前国王ギャラクシーの片腕として、オジャウータンと共に手腕を振るっていた。ところが、ギャラクシーが死去すると、タイガーは新国王ネビュラを見限り、王都を去った。
タイガーは故郷のアルプ地方に戻ると、田舎町の領主に就任する。その後は、ネビュラの施策によって暴走する領主たちを、持ち前の才知と武勇で纏め上げ、アルプ地方領主の座まで上り詰めた。
アルプ領平定後、タイガーは王国全土の平定に乗り出す。そして、ライス領に侵攻を開始したタイガーは、ライス領救援のため姿を現した宿敵「ウィンター・サンディ」との戦いで、長い時間を費やす結果となる。
タイガーは愚痴をこぼす。
「小僧相手に8年は長すぎた……こんなことなら、ライスではなく、最初からグローリを攻めておけばよかったのう……」
そこへ、城攻めから戻った一人の男が姿を現す。
黄金色の瞳と金色の長髪、整えられた顎髭。彼の正体は、タイガーの長男「レオ・リゲル」である。レオもまた「アルプの眠れる獅子」と呼ばれる若き英雄だ。
「父上、只今戻りました!」
「ご苦労であった。見事な城攻めであった」
「勿体無いお言葉です」
「して、エドガーの首は?」
「いえ。エドガーの姿はありませんでした。敵将に口を割らせましたら、エドガーは南都攻めの本軍に同行している模様です」
「そうじゃろうな……」
ここでレオが、タイガーにある疑問を尋ねる。
「それにしても、父上。何故、エドガーはこれ程多くの家臣をヴィンチェロに残して、南都に向かったのでしょうか?」
「恐らくは、この南都攻め……主導しているのはエドガーではなく、改革戦士団の方なのじゃろう……」
「そもそも、エドガーと改革戦士団が手を組む理由とは?」
タイガーはニヤッと笑みを浮かべる。
「エドガーは、改革戦士団に利用されているのじゃろう。考えてみろ。あのエドガーに、王国に楯突くだけの度胸と信念があると思うか? きっと、うまい言葉に乗せられて、目先の欲に走ってしまったんじゃ。奴のアホ面が想像できるわい」
「フフッ。別名、強欲の覇者ですからな……」
「まあ、真相はわからんが、奴らが手を組むことは、この国にとって不利益なことに違いない。早いところ叩き潰しておかねば、取り返しのつかない結果になることじゃろう……」
「はい……」
そこへ、リゲル家重臣のバーナードが姿を現す。
「タイガー様。お知らせしたいことがございます」
「バーナードか。申してみよ?」
「はい。ヴィンチェロの市中に、クボウ親子の首が晒されているのを発見しました」
「何じゃと?」
それは、アライバ渓谷でダミアンによって討ち取られたオジャウータンとヨノウータンの首級が、市中の広場で晒されているという情報だった。タイガーは早速ヴィンチェロの広場に向かった。
馬に跨り、ヴィンチェロの市中を移動する、タイガーとレオ。民たちは怯えた様子で馬上のリゲル親子を見上げていた。
「父上。グローリの民から大分恐れられているみたいですな……」
「ハッハッハッ! それはいかんのう!」
タイガーは馬を止めると、自分を見上げる民たちに言葉を放つ。
「皆の衆、怯える必要はない。儂らの敵はエドガーと改革戦士団じゃ。そなたらグローリの民に危害を加えるつもりはない……」
強張っていた民たちの表情が少し緩む。そんな彼らを見つめながら、タイガーが言葉を続ける。
「辛かったであろう、エドガーからの締め付け。そなたら、奴から多額の税を巻き上げられていたと聞く。じゃが安心致せ。今日から儂がこのグローリを治める。多額の税とも今日でおさらばじゃ。当面の間は税を全額免除としよう。好きなことに金を使うがよい……」
タイガーの言葉に民たちからどよめきが起こる。タイガーはその様子を横目にしながら、再び馬を歩かせる。
「父上。税の免除など、よろしいのですか?」
「レオよ。民を制すものは、国を制す。先ずは、民の心を掴むことが肝心じゃ。民を権力や恐怖で縛り付けても、その心だけは縛りきれぬ……」
レオは納得した様子で頷いた。
やがて、タイガーはヴィンチェロの市街地にある広場に到着。そこには、オジャウータンとヨノウータンの首級が、台の上に置かれた状態で晒されていた。2人の首級は腐敗が進んでおり、辺りには異臭が漂い、蝿が飛び交っていた。
タイガーは馬から降り、首が置かれている台まで歩み寄ると、笑みを浮かべながら言葉を漏らす。
「まったく、爺さんが……無理し過ぎなんだよ……」
タイガーは、変わり果てたオジャウータンの顔を見つめながら、語り掛けるようにして口を開く。
「儂とあなたは、道を違えた……じゃが、見ている夢は今も同じじゃ。後のことは儂に任せて、ゆっくりと休むがよい……」
タイガーは、同じ夢を見た嘗ての同僚に、黙祷を捧げた。
その後、クボウ親子の首は、タイガーらの手によって手厚く葬られた。
グローリ領を制圧したタイガーは、南都へ向けて南下。オジャウータンが治めていたホープ領の大半をエドガー・改革戦士団連合軍から奪還。捕虜になっていたクボウ軍の将兵を解放した。これを味方につけ、リゲル軍の勢いは更に増していく。
タイガーは、エドガー・改革戦士団連合軍の背中を捉えようとしていた。
「さあ、狩りの時間じゃ。もう逃げも隠れもできんぞ……!」
同じ頃、とある親子が馬に跨り、アルプとホープの領境の山中を移動していた。
父親は、身長2メートルは優に超える老年の大男。黄金色の瞳の持ち主であり、ボディビルダーのような屈強な肉体が一際目を引く。伸び切った白髪と、口と顎に生やされた立派な白い髭も彼のトレードマークと言えよう。
この老年男の名は「カルロス・ブラント」リゲル家の重臣である。
「ワッハッハッ! あれが改革戦士団の精鋭部隊なのか? 口程にもない連中だったのう!」
「はい! 弱い犬ほどよく吠えるとは、正しく奴らのことですね!」
カルロスに言葉を返すのは、彼と同色の瞳を持つ黒髪オールバックの青年。
彼の名は「ケンザン・ブラント」
カルロスの息子にして、リゲル家の家臣である。
父親に比べると小柄な体型であるケンザンは、お気に入りの赤色の戦装束に身を包み、右手には敵の血で赤く染まった槍が持たれていた。
ケンザンは槍を強く握ると、勇ましい声を上げる。
「暴れ足りねえ! 右手が唸ってやがる!」
「ワッハッハッ! 息子よ! もう少し我慢しておれ! 南都に到着したら、エドガーと改革の連中相手に好きなだけ暴れるがよい!」
「はい! この槍で、不穏分子を一人残らず討ち取ってやりますよ!」
「頼もしいぞ! ヨッシャ! とっととこの山を越えて、明日にはタイガー様の本隊と合流せねばな!」
2人のパワフル親子は、本隊との合流を目指し、黄昏の山中を疾走していくのであった。
つづく……




