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第108話 快速の街道



 男たちはスピードスケートの如く、南岸街道を駆け抜けていく。


「スゲーよ! これが早足草鞋か! どこまでも行けそうな気分だぜ!」


 ヨネシゲは早足草鞋の効果に興奮していた。

 路面を蹴り出す度に、グイグイと前へと進んでいく。その感覚はスケートに近いかもしれない。 


(いや……スケートよりも楽で簡単だ。俺も初めてスケートをやった時は転びまくりだったけど、この早足草鞋はそんなことは一切無い。歩く時と同じ感覚で、スケートのように前へと進んでいく。とても不思議な感覚だ……)


「ヨッシャ! 男ヨネシゲ! 快速モード!」


 ヨネシゲが調子に乗る。彼は加速するため、地面を蹴る足に力を入れた。しかし、早足草鞋は既にトップスピードのようで、これ以上速度が上がることは無かった。

 ドランカドが苦笑いを浮かべながら、ヨネシゲの隣に並ぶ。


「ヨネさん。早足草鞋の速度には頭打ちがありますからね。これ以上速くは移動できませんよ」


「そうだったのか……」


 ヨネシゲは、少々残念そうな表情を見せた後、ドランカドにあることを尋ねる。


「そういえば、南都へはどのくらいで到着できるんだ? この草鞋を履いていれば相当早く着くだろ?」


「ええ。普通に歩けば、約2ヶ月は掛かります」


「2ヶ月だって!? そんな掛かるのか!?」


「はい。ですが、この早足草鞋を使えば、たった1週間程で南都に辿り着くことができるでしょう」


「え!? それでも1週間は掛かるのか!? 明日には着くと思っていたんだが。遠過ぎるぜ、南都……」


(……現実世界の狭い母国とはスケールが違う。もしこの世界にも、新幹線や飛行機があれば、一日で到着できるのにな……)


 考えが甘かった。南都までの所要日数を聞いたヨネシゲは、落胆した様子で肩を落とす。


 その時である。

 ヨネシゲの側方を何者かが並走する。ヨネシゲが視線を向けると、そこには高価なタキシードに身を包んだ、恰幅の良い中年男の姿があった。中年男はヨネシゲと目が合うと、自慢げな表情を見せる。


「ホッホッホッ! お先に失礼するよ!」


 中年男は、そう言葉を放った後、物凄いスピードで加速していき、その後ろ姿はあっという間に見えなくなった。


「な、なんじゃありゃっ!?」


 突然のことに驚いた様子のヨネシゲ。そんな彼を横目にドランカドが羨ましそうにして言葉を漏らす。


「あのおっちゃん、良い()()()履いていましたね〜。俺も履きたいっすよ」


「快速靴? もしかして、その快速靴とやらを履いているから、あのオヤジは爆走できるのか?」


「ヨネさん、正解っす! あのおっちゃんが履いていた快速靴は、早足草鞋の超強化版と言ったところでしょうか。この草鞋の数倍の速さは出ますよ」


 街道を移動する者たちの必需品である早足草鞋は、安価で庶民向けである。その代わり、スピードはあまり出ず、耐久性も低い。

 その一方で、富裕層向けに開発された「快速靴」なる物が販売されている。値段は高価であるが、早足草鞋の数倍以上のスピード性能と、高い耐久性を持ち合わせている。早足草鞋を軽自動車に例えるなら、快速靴は高級スポーツカーみたいなものだ。

 この靴を履いて街道を移動している者は、貴族や富豪、また街道で交通違反等の取締りを行う街道保安隊くらいだろうか。中には快速靴の愛好家、快速靴で速さを競い合うスピード狂なども街道を行き交っており、庶民の間でも快速靴は流通している模様だ。

 そして、その快速靴を違法改造して暴走する輩も居るそうだ。ドランカドは嘆くようにして語る。


「早足草鞋も快速靴も、王国で定められた厳しい基準がありましてね。その基準を超える想素を仕込んでしまうと、違法改造靴として扱われます。俺も保安官時代は、違法改造靴を履いた輩をよく検挙してましたよ……」


(なるほど。現実世界で言うところの違法改造車ってわけか! この話、ちょっと面白いぞ!)


 実はヨネシゲ、車やバイクが大好き。若かりし頃は、車やバイクを自分色にカスタムしていた。勿論、違法改造など以ての外。法に触れるような改造は行っていない。


(それにしても、思い出すな。ソフィアと付き合って間もない頃、彼女を大型バイクの後ろに乗っけて、よくツーリングしてたっけ……)


 不意に甦るソフィアとの思い出。ヨネシゲの胸が締め付けられる。


(考えないようにしてたんだが。やっぱりダメだな。涙も込み上げてくる……)


 一人感傷に浸るヨネシゲ。しかし、それもすぐ終わりを迎えることになる。

 突然、後方からどこかで聞き覚えのある、下品なラッパの音色が聞こえてきた。


(なんだ!? このラッパの音色ってもしかして……!)


 ヨネシゲが顔を(しか)めながら、後ろを振り返ると、そこには、桃色の特攻服を身に纏った、ガラの悪い集団の姿があった。


(ゲッ! コイツら、暴走族か!?)


 そして、ヨネシゲの予想は大方的中していたようだ。ドランカドが呆れた様子で言葉を漏らす。


「はぁ〜。暴歩族(ぼうほぞく)のお出ましか……」


 そう。ヨネシゲたちの後方に迫る集団とは、違法改造靴を履いて街道を闊歩する、暴歩族だった。

 暴歩族は、街道をスピードスケートの如く滑走し、物凄い勢いでヨネシゲたちとの間合いを詰めてくる。そしてイワナリとオスギの背後にくっつき煽り歩行。ヨネシゲたちを挑発する。


「ヒャッハー! 俺らは、泣く子も黙る、カルム南岸連合だぜ〜!」


「オラオラ! ちんたら歩いてるんじゃねえぞ! ここは俺たちの専用道路だ! ジジイ共は草むらの中でも歩いてなっ!」


「おうおう! 道を開けねえと、その尻、この木刀で突いちゃうぞ!?」


 暴歩族は、ヨネシゲたちに罵声を浴びせながら、ラッパと地面を蹴る音と一緒に威嚇してくる。


 度重なる暴歩族の挑発に、イワナリの怒りが爆発する。


「てめぇら! これから戦場に向かう俺たちに随分なこと言ってくれるじゃねえか!? そっちがその気なら、お前らも逆賊エドガーの仲間と見なし、今ここで切り捨ててやる!」


 イワナリはそう怒鳴り声を上げると、空想術を使用して熊の姿に変身する。


「く、熊っ!?」


「全員! この牙と爪で八つ裂きにしてくれる! ガオーッ!!」


「や、やめろ〜!」


 突然目の前に現れた巨大熊に、暴歩族たちは慌てた様子で急停止する。すると、その後方を快歩していた他の暴歩族が次々と追突し、玉突き事故を起こしていた。


 折り重なるようにして倒れる暴歩族の姿を、ヨネシゲは呆れた表情で見つめていた。



つづく……

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