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第107話 早足草鞋



 ソフィアたちと別れたヨネシゲは、一人街道の入口へ向かって歩みを進めていた。

 その道中、ヨネシゲは自責の念に駆られていた。


(ソフィアに要らぬ負担を掛けてしまった。笑顔で見送ってほしいなんて、結局、俺の単なる我が儘じゃねえか。なんでもっと、彼女の気持ちを考えてあげれなかったんだ!? 俺は大馬鹿者だ……)


 これから戦場に赴く自分を笑顔で見送ってほしい。ヨネシゲはソフィアたちにそう要求したが、それは彼女にとって大きな負担になっていたようだ。結果、ヨネシゲとの別れ際でソフィアは大号泣。笑顔という名のダムは瞬く間に決壊し、溜まっていた感情が一気に流れ出したのだ。


(やはり人間、笑いたい時には笑って、泣きたい時には泣かなくちゃならん。そのお陰で、最後はソフィアらしい自然な笑顔が見れたよ)


 溜まっていた感情を解き放ったソフィア。気持ちが晴れたのだろう。最後は彼女らしい優しい笑みを浮かべながら、ヨネシゲを送り出した。



 やがてヨネシゲは南都へ延びる「南岸街道」の入口に到着する。そこは公園のような広場になっており、これから南都へ向かう出征者たちが準備運動をしていた。

 ヨネシゲは広場に入るなり、領主軍の兵士からある物を支給される。


「はいよ、ヨネさん。支給品の早足草鞋(はやあしわらじ)だよ」


「早足草鞋? 草鞋なんか何に使うんだ?」


 ヨネシゲが首を傾げていると、聞き慣れた男たちの声が耳に届く。


「お〜い! ヨネさん!」


「ん? おお! ドランカド! それにイワナリとオスギさん!」


 ヨネシゲの前に姿を現したのは、自称飲み仲間のドランカドと、職場の同僚イワナリと上司のオスギだった。ヨネシゲは彼らに手を振りながら駆け寄っていく。


「ヨネさん、待ってましたよ!」


「ありがとう。待っててくれたのか。イワナリとオスギさんもありがとうございます」


「ナッハッハッ! 礼には及ばねえよ。大切な友を置いて行けねえからな」


「ガッハッハッ! イワナリ、お前もよく言うぜ!」


「ヨネさん。奥さん、号泣してたみたいだけど、ちゃんと挨拶はできたのかい?」


「はははっ……見られちゃいましたか。ソフィアには少し無理をさせてしまいましたが、最後は彼女らしい自然な笑顔が見れて安心しました」


「そいつは良かったな」


 会話が途切れたところで、ヨネシゲは先程から疑問に思っていたあることを、ドランカドたちに尋ねる。


「ちょっと聞きたいんだが。この、早足の……草鞋だっけ? 一体何に使うんだ?」


 ヨネシゲが尋ねると、ドランカドは自分やイワナリたちの足元を見るように伝える。ヨネシゲが彼らの足元に視線を落とすと、視界に飛び込んできたのは、靴の上から装着された早足草鞋だった。


「な、何だ? この草鞋、靴の上から履かせるのか!? 一体何のために!?」


 一体、この草鞋の用途とは何なのか? ヨネシゲの頭に疑問符が飛び交っていると、イワナリが早足草鞋の効果を実演してみせる。


「おう、ヨネシゲ! 早足草鞋はこうやって使うんだ! 見てろよ!」


「!!」


 その姿は、まるでスケートリンクの上を自在に滑り回る、熊のようだった。イワナリは氷の上を滑るが如く、スイスイと広場内を動き回る。その速度は自転車程だろうか。足を一歩前へ踏み出す度に、惰性で結構な距離を進んでいく。

 これが早足草鞋の効果なのか!? ヨネシゲは興奮した様子でドランカドに尋ねる。


「ドランカド! これが早足草鞋の効果だというのか!?」


「はい! これぞ、街道を移動する者の必需品。いや、秘密兵器と言っても過言じゃないっすよ!」


「秘密兵器!?」


「ええ! これさえあれば、大人から子供まで、空想術を使わずしても、スイスイと高速で移動できるんですよ!」


 ドランカドは熱弁する。

 早足草鞋……何の変哲もない唯の草鞋に見えるが、実はかなりの優れものだった。

 この草鞋には、特殊な想素が仕込まれている。その想素が空気中の具現体と結合することで、歩行のアシストが行われる仕組みだ。現実世界で例えるならば、電動自転車に近い存在だろう。

 アシストと言ってもその力は強力であり、一歩足を踏み出すと、自転車並みの速度まで歩行することができる。これにより移動時間の大幅短縮が可能となった。

 しかし、速度が出ている分、人や物と接触してしまった際の被害は大きい。その為、市中での早足草鞋の使用は禁止されている。使用してしまった場合は罰則の対象となり、高額な罰金を納める結果になるだろう。

 早足草鞋を使用できるのは指定された箇所のみ。主に街道や農村などの人口密度が少ない地域、私有地などで使用できる。

 ちなみに早足草鞋は、使用者の意思と連動しており、草鞋を装着した状態でも、「止まりたい」や「普通に歩行したい」という意思を草鞋に伝えれば、アシストが止まる仕組みなのだ。

 尚、早足草鞋は消耗品であり、草鞋に仕込まれた想素を使い果たしてしまうと、効果が発揮されなくなる。その場合は「早足草鞋」ではなく「唯の草鞋」として扱われるため、市中でも履くことが可能だ。


 旅のお供「早足草鞋」

 効果を使い果たしたとしても、旅の記念に持ち帰る人も決して少なくはないそうだ。




「さあ! 南都に向けて出発だ!」


「おう!」


 男たちは南都へ向けて、澄み切った青空の下、海岸沿いの街道を快歩していくのであった。



つづく……

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