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第106話 出立の朝(後編)



 ヨネシゲら南都出征者は、カルム中央公園に到着し、出陣式に臨んでいた。

 昨晩、激励会が行われた多目的エリアには、カルム領各地から召集を受けた約5万人の男たちが、所狭しと隊列を組んでいた。今は領主カーティスから激励を受けている最中だ。


「――カルムの平和は、君たちの手に掛かっている! 君たちには、このカルムの剣となり、盾となり、立派に戦ってもらいたい! そして、必ず生きて帰ってきてくれ! 私の切なる願いだ。君たちの武運を祈る……!」


 カーティスの激励が終わると、辺りには男たちの割れんばかりの雄叫びが響き渡っていた。

 やがて、男たちの雄叫びが収まると、出入り口付近の者たちから順に公園を後にする。ヨネシゲはその時を静かに待ち続ける。

 ヨネシゲが周囲を見渡すと、ドランカドとイワナリ、オスギの姿が見えた。

 ドランカドは普段見せることのない、凛々しい表情で前方を見つめている。イワナリとオスギは緊張した面持ちで、移動を始める前方の男たちを眺めていた。


(やっぱドランカドは度胸が据わっているな。まあ彼は元保安官だし、こういう場は慣れているのだろう。だけど、イワナリとオスギさんは顔が強張っているな。流石の2人も緊張するか……)


 ヨネシゲは、緊張するイワナリとオスギを心配するが、どうやら他人ごとではないようだ。


(そういう俺も、めちゃくちゃ緊張してるぜ。体は震えるし、手足の先が冷えて、変な汗が出てくるぜ……)


 南都へ向けて、先頭の集団から順次移動を始めていたが、ついにヨネシゲもその時を迎える。ヨネシゲは前の者たちに続き、カルム中央公園を後にした。


 カルム中央公園は、南北へ伸びる大通りと面しており、ヨネシゲたちはその大通りを南下していく。その先は南都へ続く街道と接続されている。

 大通りを出征者たちが列をなして歩いていく。決して規律よく歩いているわけではなく、各々のペースで前へと歩みを進めている。

 大通りの両脇には、見送りする多くの人々でごった返していた。その大半は、出征者の親族や友人、恋人たちである。出征者たちは足を止めると、家族や恋人に別れを告げていた。

 無情な現実かもしれないが、これが出征者と言葉を交わし、触れ合えることができる、最期の一時かもしれない。出征する男たちは、大切な者たちとの別れを惜しんでいた。

 そんな中、角刈り老け顔の青年ドランカドは、歩みを進めながら、ある人物の姿を探していた。


(リサさんはどこだ? どこにいる!?)


 ドランカドがソワソワした様子で辺りを見渡していると、ある中年男に呼び止められる。


「ドラちゃん! ドラちゃん! こっちこっち!」


「あっ! ヒラリーさん!」


 ドランカドを呼び止めた中年男とは、カルム市場内で酒屋を営む、お調子者オヤジのヒラリーだった。ドランカドは彼の元まで駆け寄っていく。

 そしてヒラリーの背後には、ドランカドが探していた女性の姿があった。彼女は、ドランカドが働く果物屋店主「リサ」だった。

 ドランカドは、出陣式前にリサの元へ別れの挨拶へ行った訳だが、失言により彼女を怒らせてしまったのだ。

 結局ドランカドは、まともな挨拶どころか、彼女に謝ることもできないまま出陣式に臨むこととなった。だが、ヒラリーが気を利かせ、彼女をここまで連れ出してきたようだ。

 ドランカドがリサの顔を覗き込むと、彼女は仏頂面で彼と目を合わせないようにしていた。するとドランカドは彼女に深々と頭を下げる。


「リサさん! 本当にすんませんでした! 俺、リサさんの気持ちも知らずに、あんな冗談を……」


 必死になって頭を下げるドランカドを見て、リサが突然笑いを漏らす。


「フフッ。私もアンタの謝る姿が見たくてね。ここまで来てやったわよ! まあ、しばらくアンタのことを叱ることもできないから、叱り納めってやつね」


 リサはニッコリと微笑みながら、頭を下げるドランカドの肩を叩く。彼女は冗談を交えつつ、彼の事を許した。


「ほら、ドランカド。私はもう怒っちゃいないよ? 頭をお上げ」


 リサが促すも、ドランカドは頭を下げたままだ。リサが不思議に思い、もう一度声を掛けようとすると、彼の口がゆっくりと開かれる。


「俺は……リサさんには、返しきれない程の恩があります。リサさんは……現実に失望して、放浪していた俺に、働く場所、住む場所、生きる場所を与えてくれた……なのに……恩を仇で返すような真似をしてしまって……本当に申し訳ない……!」


 謝罪の言葉を口にするドランカドに、リサは優しく微笑み掛ける。


「謝ることはないさ、ドランカド。寧ろ、あれくらいの冗談を言えるまで持ち直してくれて、私は嬉しいよ」


「リ、リサさん……」


 ドランカドは顔を上げる。その細い瞳からは、止めどなく大粒の涙を流していた。リサは呆れた表情を見せると、ポケットからハンカチを取り出し、彼の瞳から流れ落ちる涙を拭う。


「まったく……本当に、世話が焼ける子だね……」


「すんません……」


 リサはハンカチをドランカドに手渡す。


「自分の涙くらい、自分で拭きなさい!」


「あ、はい……!」


 ドランカドは受け取ったハンカチで涙を拭うと、微笑んで見せる。


「リサさん。ありがとうございます! ご心配をお掛けしました。もう大丈夫っす!」


「なら良かったよ! じゃあ、そのハンカチを……」


 リサは貸したハンカチに手を伸ばす。するとドランカドは、そのハンカチが持たれた手を引っ込める。


「このハンカチ! 洗ってお返しします。必ず……必ず! お返しします! なので、しばらくの間、俺に預けてください……」


「そのハンカチは……私の大切なハンカチなんだ。無くしたら許さないよ? だから、必ず、返しておくれよ!」


「ええ! 必ず、お返しします!」


 一枚のハンカチは、必ず返すという約束の下、戦場へ赴く一人の男に託された。




 同じ頃、ヨネシゲ・クラフトも家族たちの姿を探しながら、大通りを進んでいた。キョロキョロと辺りを見渡し、傍から見れば挙動不審の人物に見えるが、幸いにもヨネシゲと同じ行動をとる人物は他にも複数いるため、あまり目立ってはいない。

 ヨネシゲが気付くと、そこはカルムタウンの外れ。もう少し進むとこの大通りも終点を迎え、街道との接続地点に到着してしまう。ソフィアたちとは大通りで見送りしてもらうよう約束した訳であるが、その姿は一向に確認できない。ヨネシゲに焦りが生まれる。


(あれ? ソフィアたちの姿が見えないぞ!? まさか、通り過ぎてしまったか!? いや、そんな筈はない! こうして見送りに来ている人たちの顔は隈なく確認している。見落とす筈などない……!)


「まだ時間はある……引き返すか?」


 ヨネシゲが進路を変えようとしたその時、聞き慣れた声が彼のことを呼ぶ。


「あなた〜! こっちだよっ!」


「父さん! こっちだ! こっちこっち!」


「ソフィア! ルイス!」


 ヨネシゲが振り向いたその先には、ソフィアとルイス、姉家族とアトウッド兄妹の姿が見えた。ヨネシゲは安堵の表情を見せると、彼女らの元へ駆け寄っていく。


「ソフィア、みんな! ここに居たのか! 通り過ぎてしまったかとヒヤヒヤしてたよ」


「ごめんごめん。街の中心部は人が多すぎて、大通りの方まで進めなくてね。急遽、こっちの方に移動したのよ」


「そうだったのか。でも、ありがとう! わざわざこんな遠くまで見送りに来てくれて!」


「当たり前さ。俺たちが見送らないと、父さん寂しくて泣いちゃうだろう?」


「ガッハッハッ! 違いねえ!」


 ヨネシゲは、しばらくの間その場に留まり、家族たちと談笑を交わしていた。気付くと周りには数人の出征者しか残っておらず、他の者は既に街道入りしているようだ。案の定、警戒中の保安官から移動するよう促される。


「ヨネさん。こんなことは、できれば言いたくないが……そろそろ移動を頼む……」


「ああ。わかったよ! 気苦労掛けて済まなかった」


 ヨネシゲは別れの言葉を口にする。


「もう時間のようだ……俺、行くよ。みんな、達者でな!」


 真っ先に息子ルイスが言葉を返す。


「父さん! 必ず帰ってこいよ! ずっと待ってるからな!」


「ああ、もちろんだ! ルイスも留守を頼むぞ!」


「任せてくれ!」


 続けてメアリーがエールを送る。


「シゲちゃん。カルム男児の意地、見せてあげなさい!」


「おう! カルムのヒーローヨネシゲの名、南都に轟かせてやるよ!」


「それと……」


「わかってるよ、姉さん。ジョナス義兄さんも必ず連れて帰ってくる!」


「ウフフ。よろしい……」

 

 メアリーとの会話を終えたヨネシゲは、甥のトム、姪のリタ、ゴリキッドとメリッサの一人一人に別れの言葉を掛けていく。その彼に皆、笑顔でエールを送るのであった。


 そして、ヨネシゲはソフィアにも別れの言葉を告げる。


「ソフィア! 達者でな! 無理だけはするなよ……」


「それは……こっちのセリフだよ……」


 先程まで笑顔を浮かべていたソフィアだったが、ヨネシゲの言葉を聞いた途端、暗い表情で顔を俯かせる。ヨネシゲはそんな彼女の肩に手を添えると、声を掛ける。


「ソフィア、笑顔で見送ってくれって約束しただろ!? ほら、笑顔、笑顔! 笑ってくれ!」


 すると突然、ソフィアが声を荒げる。


「無理するなって言ったのは、一体どこの誰なのよ!?」


「!!」


 滅多に声を荒げることがないソフィアに、ヨネシゲは驚いた様子だ。その彼女は声を漏らしながら号泣すると、ヨネシゲの肩に顔を(うず)める。


「無理だよ……無理だよっ! 笑顔で見送るなんて……私にはできない……もう我慢の限界だよ……泣くことくらい……許してよ……」


「ソフィア……」


 ヨネシゲはソフィアをそっと抱き締めると、近くに居た保安官にある願いを申し出る。


「保安官さん。3分……いや、1分でいい。少しだけ、時間をくれ……」


「わかった……」


 保安官はヨネシゲの願いを了承すると、その場から立ち去った。


「ソフィア、すまない……無理するなって言っておきながら、相当な無理をさせてしまったようだな……」


「本当だよ……」


「我慢していた分、今ここで吐き出してくれ……」


 たった数分の時間であったが、ソフィアは溜め込んでいたものをヨネシゲの腕の中で解放させるのであった。



つづく……

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