第103話 出立前夜 【挿絵あり】
ついに迎えた、南都出征前夜。
南都へ赴けば、生きて帰れない可能性がある。今夜が家族と過ごす、最後の夜になるかもしれない。
ヨネシゲは、ソフィアとアトウッド兄妹、メアリーら姉家族と共に、カルム中央公園を訪れていた。南都出征者の激励会に参加するためだ。
夕方頃から始まった激励会は終盤を迎えており、大いな賑わいを見せていた。公園内には屋台も立ち並んでおり、激励会と言うよりも、激励祭と言ったほうが似合っているかもしれない。そして、多目的エリアでは市民による演し物が行われていた。
手品ショーから始まり、お笑い芸人による漫才、カルム東西南北の町内会による大合唱、音楽隊による演奏、そして今は、魚屋のオヤジによる鮪の解体ショーが行われていた。その様子を見ながらヨネシゲは笑い声を上げる。
「ガッハッハッ! 何であの美しいオーケストラの演奏の後に、鮪の解体ショー何だよ!? これが終盤でやる演し物か? しかも魚屋のオヤジ、一言くらい何か喋れよ! 無言で鮪を捌いてやがるぜ……」
ソフィアは両手で口元を隠しながら笑いを漏らす。
「フッフッフッ。あの人らしいですよね。でも、あなた。捌いた鮪は最後に振る舞われるらしいよ」
「え!? 本当か!? ヨッシャ! 魚屋のオヤジの粋な計らいってやつか。そいつは今日一番の楽しみだな!」
「あなた。今日一番の楽しみは、別にあるでしょ?」
「おお、そうだったな! この解体ショーが終われば、ルイスたちの空想劇の再公演だ。この目に焼き付けておかねばならん」
当初、ルイスたちカルム学院空想術部による空想劇の再公演は、昨日の夕方行われる予定だった。しかし、突然の召集令状により、街は混乱。その再公演の日程も見直されることになった。ところが、南都出征前夜に激励会が開催されることが決まり、そこで空想劇の再公演も行われることになったのだ。
再公演と言っても、内容は大幅に見直されているようで、出征者を勇気付けるものになっているらしい。
やがて、魚屋のオヤジによる鮪の解体ショーが終わり、本日の目玉となる、ルイスたちの空想劇が始まろうとしていた。会場の照明が消され、周囲が真っ暗になると、ヨネシゲたちのテンションも上がっていく。
「いよいよ始まるな! どんな内容に変わっているか見ものだな!」
「ええ! 楽しみだね!」
2人は開幕の時を今か今かと待ちわびていた。
その頃、バックステージでは、ルイスたち空想術部員と、演劇部、音楽部のメンバーが円陣を組んでいた。
空想術部長アランの掛け声がバックステージに響き渡る。
「さあ、皆! 俺たちの空想劇で、勇敢なるカルム男児たちを盛大に送り出してやろう! 与えるんだ、勇気と希望をっ!!」
「おおっ!」
「さあ、気合い入れていくぞっ!!」
「おおぉっ!!」
一同、雄叫びを上げると、各持ち場へと散っていった。
ルイスもスタンバイのため移動を始めると、アランが彼を呼び止める。
「ルイス!」
「アランさん?」
「今回は、お互い味方同士で出演だな!」
「ええ。皆で内容を見直しましたからね。いくら空想劇とはいえ、これから戦へ送り出す人たちの前で、人と人の争いを見せるべきじゃありませんから……」
「そうだな。正直、この状況下で空想劇を行っていいものなのか迷ったよ。だけど、少しでも皆に、勇気と希望を与えることができるなら、今日ここで俺たちが公演する意味がある」
「父さんが言っていました。送り出す時は、笑顔で見送ってくれと。だから今日は、皆を笑顔にしてみせます!」
「おう! 頑張ろうな!」
ルイスとアランは互いに意気込みを語ると、ステージに向かって歩みを進めるのだった。
(父さん、見ててくれよな。これが今の俺にできる、精一杯の励まし方だから……)
ついに、待ちに待った空想劇再公演の幕が開かれる。
ヨネシゲら観客は、ステージに視線を向ける。照明が灯されると、ステージには青々とした草原が現れ、姫役のカレンが馬車に乗って登場する。
主演の王子役はルイス、姫役には演劇副部長にして、ルイスの恋人カレンが起用されている。ここまで見る限り、学院祭で行われた空想劇と変更はないように見える。
大きく変更された点は、敵役を演じていた、アランたち3年生が、味方サイドで登場することだ。
姫役カレンが馬車から降り、花畑を眺めていると、突然魔物の群れが彼女を取り囲む。
「あぁっ!! カレンちゃんが……」
ヨネシゲは両手で頭を押さえる。
開始早々、カレンが魔物の群れに拐われてしまった。今回の敵役は、大魔王率いる魔物軍団。魔物となる想獣は、裏方の部員が召喚して操っている。
この空想劇のテーマは「強大な脅威に立ち向かう」であり、これから南都へ出征する者たちの現状を表現しているようだ。
やがて、姫カレンを救出するため王子ルイスが登場する。
「おっ! ソフィア! ルイスのお出ましだぞ!」
「あら本当ね。ルイスがどんな活躍するか楽しみだわ!」
ヨネシゲとソフィアは手に汗握りながら、空想劇の行方を見守る。
「あぁ〜! 何やってんだ!? 立て、立つんだ! ルイスっ!!」
空想劇が進行していくと、登場する魔物も次第に強さを増していき、王子ルイスが倒されそうになる。そこへ王子の助っ人として、アラン、ヴァル、アンナの空想術三人衆が登場する。彼らは今回、他国の王子と姫を演じている。
「希望の国の王子よ! 勇気の国の王子が助太刀に参ったぞ!」
「熱血の国の王子も加勢するぜ!」
「愛の国の姫も援護します!」
「助太刀感謝する! よしっ! これで形成逆転だ!」
仲間の加勢もあり、ルイスは勢いを取り戻すと、ラスボスとなる大魔王と対峙する。大魔王は鬼のような容姿をした灰色の魔物であり、その身長はルイスたちの倍はあった。大魔王は強力な火炎を口から噴射させ、ルイスたちを追い詰めていく。しかしルイスたちは、何度倒れようとも、立ち上がり、大魔王に立ち向かっていく。その決して諦めない姿が、ヨネシゲら観客たちの瞳に焼き付いていた。
次第と勢いを取り戻していくルイスたち。彼らは派手な空想術を繰り出し、大魔王を追い詰めていく。ヨネシゲら観客たちの興奮は最高潮に達していた。
そして空想劇もフィナーレを迎える。ルイスはアランたちと共に大魔王を包囲する。
「どんなに大きな障壁が現れようと! 俺たちは仲間と共にその壁を乗り越えていくっ!!」
ルイスたちが雄叫びを上げながら、魔王に渾身の一撃を食らわす。堪らず大魔王は悲痛な断末魔を上げると、強烈な閃光と共にその姿を消滅させた。拐われた姫カレンも無事に救出され、観客たちから割れんばかりの歓声が沸き起こる。
ルイスたち出演者を始め、裏方の生徒たちもステージに整列する。そして、彼らが一礼して空想劇が閉幕すると、カルム中央公園の上空に無数の花火が打ち上げられる。
「素敵ね……」
「そうだな……」
ヨネシゲはソフィアの手をそっと握り締める。
「こうしてずっと、ソフィアと花火を眺めていたい……」
「大丈夫、また見れるよ。あの子たちから勇気を貰ったから……ずっと待っていられるよ……」
「ああ……そうだな……必ず帰るから、待っててくれよな……」
満点の星と共に一瞬だけ咲き誇る、色鮮やかな無数の花を、ヨネシゲとソフィアは静かに見つめていた。その繋がれた2人の手は、名残惜しそうにして、いつまでも離そうとしなかった。
つづく……




