第102話 死相
カルム屋に訪れた黒尽くめ男。ヨネシゲたちはクレアからの依頼で、この黒尽くめ男との相席を受け入れた。
早速、クレアが黒尽くめ男をヨネシゲたちが座るテーブル席へ案内する。
「お客さん、お待たせ! あちらの席でお願いします!」
「お姉さん、ありがとう」
黒尽くめ男はクレアに一礼すると、ヨネシゲたちが座るテーブル席まで移動する。
「こちらで宜しいかな?」
「どうぞどうぞ!」
ヨネシゲたちは手招きしながら、黒尽くめ男に座るよう促す。
落ち着きのある低い声。声質を聞く限り、この黒尽くめ男はヨネシゲと同年代だと思われる。
「旦那さん、ビールでいいですか?」
「ええ、ありがとうございます」
「クレアちゃん! 瓶ビール、一本!」
「あいよっ!」
ヨネシゲが注文を終えると、黒尽くめ男が頭を下げる。
「お二人で楽しんでいるところを申し訳ない。他の店はどこも満席でして……ようやく、こちらのお店で受け入れてもらえました……」
そんな彼をヨネシゲとドランカドが気遣う。
「旅のお方、そんなに畏まらなくても大丈夫ですよ! 楽にしてください!」
「そうっすよ! ここでお会いしたのも何かの縁です。楽しくやりましょう!」
「かたじけない……」
そこへ注文した瓶ビールが届けられる。
「はい、お待ち遠様! 瓶ビールと……こっちは店長のサービスです! 皆さんで召し上がってちょうだい!」
テーブルに置かれたサービスの品。それは海老やイカ、貝などをふんだんに使用した、カルム屋名物の海鮮バター焼きだった。やや塩味が強いが、酒の肴には持ってこいの一品である。
「おお、美味そう! こいつはありがてえ! 店長! ありがとな!」
ヨネシゲが厨房へ向かって礼を言うと、店長は満面の笑みを返した。
ドランカドは届けられた瓶ビールを手に取ると、それを黒尽くめ男に差し向ける。
「そんじゃ旦那。俺がお注ぎしましょう!」
「これは申し訳ない……」
黒尽くめ男がグラスを持つと、ドランカドはそれにビールを注ぎ込む。
「とりあえず、乾杯といきましょうか! それじゃ、お二人共、準備はいいですね?」
「おう! いつでもいいぞ!」
「そんじゃ、新たな出会いに乾杯っ!」
「乾杯っ!」
ドランカドの号令を合図に、一同グラスを合わした。
黒尽くめ男は、顔を覆う布の下から、グラスのビールを口に運ぶ。そして目尻を緩ませる。
「こうして人の温かさに触れられる……これが旅の醍醐味かもしれませんな」
ヨネシゲは自慢気な表情で言葉を返す。
「カルムの男たちは皆温かい人ばかりです。同じカルム人として誇りに思いますよ!」
「オッホッホッ! 私もこんな良い街と巡り会えて、感激しておりますよ」
それからしばらくの間、3人は談笑を交わす。
聞くところによると、この黒尽くめ男は占い師であり、世界各地の街を巡り、人々の運勢を占っているそうだ。そしてこの黒尽くめ男、占術にはかなりの自信があるそうで、今日まで多くの人々の運勢をピタリと当ててきたそうだ。
ここで黒尽くめ男は、ヨネシゲにある提案を持ち掛ける。
「どうですかな? もし宜しければ、あなたの運勢を占って差し上げましょう」
ヨネシゲは嬉しそうな笑みを見せる。
「え? いいんですか!? あ、でも、有料ですよね? 今俺、持ち合わせがなくて……」
「オッホッホッ! お金は要りませんよ。これは親切にしてもらったお礼です。無料で占わさせてください」
「へへっ。そんじゃ、お言葉に甘えて!」
「お任せください」
黒尽くめ男は鞄から、林檎サイズの、透き通った水晶玉を取り出した。彼はそれをテーブルの上に置くと、両手を翳す。
黒尽くめ男からは、時折唸り声が漏れ出していた。その様子をヨネシゲとドランカドは固唾を呑んで見守っていた。クレアや店長、周りの客たちも興味津々の様子で、ヨネシゲたちのテーブル席を囲み始めた。
やがて黒尽くめ男が目を大きく見開く。どうやら結果が出たそうだ。
「こ、これは……!」
「旦那さん、結果はどうでしたか!?」
ヨネシゲが黒尽くめ男に占いの結果を尋ねる。しかし、彼は躊躇った様子で結果を口にしようとしなかった。
「あ、いえ……これは、口にして良いものなのか……」
そのような事を口にされると余計に結果が気になる。ヨネシゲは黒尽くめ男に結果を教えるよう催促する。
「そんな、旦那さん。勿体振らずに教えてくださいよ!」
ヨネシゲに同調して、ドランカドや周りの客たちも占いの結果を催促する。結果を伝えることを渋っていた黒尽くめ男だったが、最後は折れて結果を口にしようとする。
「皆さん、落ち着かれよ。結果はお伝え致します。但し……心の準備をお願い致します」
黒尽くめ男の一言に、一同静まり返る。心の準備とは一体何か? 恐らく良い結果ではないのだろう。
そして黒尽くめ男は、衝撃的な結果をヨネシゲに通告する。
「死相が見える……」
「え? 今なんて?」
ヨネシゲの顔が一気に青ざめる。
「あなたは、近いうちに命を落とすでしょう……」
ヨネシゲは笑い声を上げる。
「ハハッ……ハッハッハッ! またまた旦那、御冗談を!」
ドランカドも笑い声を上げる。
「ガッハッハッ! ヨネさん、所詮占いですから気にしない方がいいですよ!」
ドランカドの言葉に、黒尽くめ男が反論する。
「所詮占いとは聞き捨てなりませんな。先程も申し上げましたが、私の占いはそうそう外れることは御座いません」
黒尽くめ男の言葉にドランカドは苦笑いを浮かべる。そして、男が言葉を続ける。その内容は恐ろしいものだった。
「それに、あなただけではない……」
「え?」
黒尽くめ男は、ドランカドやクレア、他の客を指差しながら声を荒げる。
「あなたも……あなたも、あなたも。あなたも! ここに居る者たち全員に死相が見られる! 数日以内に、あなた方は命を落とすことでしょう!」
黒ずくめの言葉にヨネシゲは言葉を失う。ドランカドも顔を青くさせながら立ち尽くしていた。すると他の客たちが黒尽くめ男に猛反論する。
「あんた! 黙って聞いていれば、さっきから好き勝手なこと言いやがって! 俺たちがこれから戦に駆り出されると知ってて言ってやがるのかっ!?」
「それは知らなんだ……」
「この野郎! 惚けてるんじゃねえぞ!」
「そもそも、これから戦が始まろうとしてるのに、呑気に旅行なんかしやがって!」
黒尽くめ男は慌てた様子で頭を下げる。
「申し訳ない! この国がこんな状況に陥っているとは知らなかったのだ」
「それにしたって、いきなり余命宣告とは、失礼な占い師だぜ!」
ここでヨネシゲが客たちを制止する。
「おい、みんな! 落ち着け! もうやめるんだ! この人は占いの結果を包み隠さず教えてくれただけだ!」
「ヨネさん、けどよ……」
「それに無理言って結果を聞き出そうとしたのは俺たちなんだ。これ以上責めるのはもう止せ!」
客たちは、ヨネシゲの制止でようやく大人しくなった。
「旅の方、すみませんでした。皆、戦を前にして神経を尖らせているだけなんです。決して悪気はないんですよ。あなたが異国の方だと知っていたなら、この国の現状を最初に説明しておくべきだった……」
ヨネシゲは反省した様子で頭を下げる。その彼を黒尽くめ男が気遣う。
「頭を上げてくだされ。結果に対して批判を受けるのは占い師の定め。このようなことは慣れているので、お気になさらずに……」
黒尽くめ男は水晶玉を鞄に仕舞うと、席から立ち上がる。
「皆さん、気を悪くさせて、本当にすまなかった。私はそろそろお暇させてもらいます……」
黒尽くめ男は金貨を1枚テーブルの上に置く。ヨネシゲが不思議に思い彼に尋ねる。
「旦那、これは?」
「今回は私に持たせてください」
「いやいや! そりゃいけませんよ!」
「良いのです。占いの結果は別として、今回は私の失言でした。もう少し言葉を選べたはず。プロとして恥ずかしい限りです。これは私のお詫びの気持ちです」
「それにしたって多すぎですよ! これじゃお釣りが来ちゃいます」
「お釣りは、明日のランチの足しにでもしてください」
「本当にいいのですか?」
「ええ。遠慮なさらずに。色々とお気遣いありがとうございました」
黒尽くめ男はそう言葉を残すと、店を出ようとする。するとヨネシゲが黒尽くめ男を呼び止める。
「お待ちください」
「まだ何か?」
「いえ。今更ですが……俺はヨネシゲ・クラフトと申します! ここで会ったのも何かのご縁。せめて名前をお教えください」
「いや、名乗るほどの者では……」
「まあ、そう言わずに」
黒尽くめ男は少し間を置いた後、その名を口にする。
「私は……マスターと申します。それでは……」
「ちょ、ちょっと……!」
黒尽くめ男は「マスター」と名乗ると、そのまま店を後にした。
黒尽くめ男が立ち去った後も、客たちは占いの結果に対して不満を漏らしていた。ヨネシゲは愛想笑いを見せながら彼らを宥める。
「まあまあ、みんな! もう終わりにしようぜ! 例え占いの結果が悪かったとしても、俺たちはそう簡単に死なないぜ! なんたって俺たちは泣く子も黙るカルム男児たちだからな!」
ヨネシゲの言葉を聞いて、客たちは怒りを鎮めるのであった。
(そうさ。そう簡単に死んでたまるか! 誰も死なない……誰も死なせないぞ!)
ヨネシゲは拳を強く握りながら、占いの結果に抗う決意をするのであった。
カルム屋から出てきた黒尽くめ男は、独り言を漏らす。
「我ながら名演技であった……」
その彼を2人の青年が出迎える。
「総帥。お疲れ様でした……」
「ロイド、ナイル。ご苦労であった」
ロイドとナイル。この2人の正体は、改革戦士団の戦闘長である。そして、この黒尽くめ男こそ、改革戦士団の頂点に立つ、総帥「マスター」だった。
ロイドがマスターに尋ねる。
「総帥。ヨネシゲとかいうオヤジには接触できたんですか?」
「オッホッホッ。じっくりと顔を拝ませてもらった」
続けてナイルが質問する。
「しかし、総帥。そのヨネシゲにどんな恨みがあるというのですか?」
マスターは、夕日の余韻が残る星空を見上げると、2人にあること問い掛ける。
「お前たちは、神の存在を信じるか?」
マスターからの思い掛けない質問に、ロイドとナイルは戸惑った様子だ。そんな彼らにマスターが言葉を続ける。
「もし……神のイタズラで誕生した男に、自分の人生を乗っ取られたら……大切なものを奪い去られたら……お前たちなら、どうする?」
どう返答するべきなのか? 互いに顔を見合わすロイドとナイル。すると2人の返答を待たず、マスターがその答えを口にする。
「私だったら……神とその男を……この世から消し去る……!」
つづく……




