第101話 憩いの酒場 【挿絵あり】
南都出征まで、あと3日。
家族と過ごせる時間も残り僅かとなっていた。召集令状を貰った者たちは、家族と共に思い思いの時間を過ごしているようだ。
その頃ヨネシゲは、ドランカドと共に、海鮮居酒屋カルム屋で酒を酌み交わしていた。
本当は、家族団らんの時間を大切にしたかったヨネシゲだったが、ドランカド達ての願いにより、彼とのサシ飲みに付き合うことになった。時間は夕刻前の一時間だけ。夕食は帰宅後、家族と一緒に楽しむつもりだ。
ドランカドは上機嫌でグラスに入ったビールを飲み干す。
「いや〜! ヨネさんと酒が飲めて本当に良かったすよ! もしかしたら、もう一緒に酒を飲めないかもしれませんからね!」
「こらっ! 縁起でもないこと言うんじゃねえ!」
「へへっ。すんません。でも、戦場に行ったら、ゆっくり酒を飲んでる余裕は無いっすからね。ヨネさんも今のうちに酒をチャージしたほうがいいですよ!」
「うむ。確かにな……」
これから自分は戦場に赴く。ヨネシゲはその実感を日に日に感じていた。
ヨネシゲはグラスに入ったビールを一気に飲み干す。
(やはり……不安を抱えて飲み酒は美味しく感じられんな。おまけに酔うこともできんよ……)
ヨネシゲが辺りを見渡すと、店内は満席状態、大繁盛していた。訪れている客たちの表情は様々。楽しそうに笑顔を浮かべている者が居れば、馬鹿騒ぎしている者、静かに酒を味わう者、中には大泣きして仲間との別れを惜しんでいる者の姿も見えた。
ヨネシゲが空のグラスを握りながら、険しい表情を見せていると、ドランカドがビールの瓶を差し出す。
「はい、ヨネさん。お注ぎしますよ」
「おお、すまんな……」
ドランカドは何故か満足気な表情を見せる。
「ヨネさん。俺はヨネさんと酒が飲めて嬉しいですよ」
「フフッ。そうか?」
「ええ。覚えていないと思いますけど、俺がまだカルムタウンに来て間もない頃……俺がこの店で一人酒を飲んでいるところを、ヨネさんが声を掛けてくれたんですよ?」
「え? そんな事があったんだな……」
「あの頃は俺は、気分が落ち込んでましてね。現実に失望してました。そんな俺にヨネさんは声を掛けてくれて、励ましてくれて、ビールを注いでくれた……俺、本当に嬉しかったんですよ……」
「ドランカド……」
「だからヨネさん! 今度は俺が励ます番です!」
ドランカドはそう言い終えると、ヨネシゲのグラスにビールを注ぐ。
「ドランカド……お前がそんな思いで俺を飲みに誘ってくれたとは知らなかったよ。すまなかったな……」
「いやいや! やめてくださいよ、水臭い。俺とヨネさんはそんな仲じゃないでしょ? ヨネさん公認の飲み仲間として当然の行いです!」
「ハハッ。認めた覚えはないぞ?」
「えぇっ!? まだそんな事を言う! いい加減認めてくださいよ!」
「ハッハッハッ! すまんすまん。ドランカドは、俺の最高の飲み仲間だ!」
「ヨネさ〜ん! 俺、泣いちゃいますよ?」
「ガッハッハッハッ! 泣け泣け!」
気付くとヨネシゲからは、自然と笑顔が漏れ出していた。
ヨネシゲとドランカドが、冗談を言い合いながら酒を酌み交わしていると、カルム屋看板娘のクレアが2人の元に姿を現す。
「ヨネさん、ドランカドさん、盛り上がっているね!」
「おうよっ! 盛大にやらせてもらってるぜ。そう言うクレアちゃんは忙しそうだね」
「そうかしら? 満員御礼だけど、全然忙しいと思わないよ。寧ろ楽しんでるの」
「流石クレアちゃん! そいつは大したもんだ!」
「みんなが……ウチの料理とお酒で、少しでも癒やされて元気になってもらえるなら、私はいくらでも働くよ! 店長も召集は免れたし、これからもカルム屋は皆の憩いの場であり続けるよ。こんな辛い時期だからこそ、私たち飲食店が頑張る意義があると思うの!」
「おう! その意気だ! 頑張ってな、クレアちゃん!」
「流石クレアちゃん! 応援してるっすよ!」
「ありがとう!」
クレアは意気込みを熱弁していたが、突然何かを思い出したかのようにハッとした表情を見せると、慌てた様子でヨネシゲたちに尋ねる。
「あっ! そうだったわ! そんな事より2人共。あちらお客さんなんだけど、相席してもいいかしら? 他に席が空いてなくてね……」
「相席……?」
ヨネシゲが店の出入口に視線を向ける。そこには黒い衣装を身に纏った一人の男の姿があった。
顔の下半分は布で隠されているが、青い瞳と太い眉毛だけは、はっきりと確認できる。
(なんだ? 占い師か?)
ヨネシゲがそんな事を思っていると、クレアが両手を合わせて頼み込む。
「お願い! あの人、異国から来た旅人らしいの。他の店は満員で断れ続けているらしくて……可哀想だから仲間に入れてあげて」
夕刻前にも関わらず、どうやらこの近辺の飲食店は既に満席のようだ。恐らく召集令状を貰って休暇に入った男たちとその家族が、挙って外食に訪れているのだろう。
「おお……俺は構わないぞ。なあ? ドランカド」
「ええ! 寧ろウェルカムっすよ! 酒は大勢で飲んだ方が楽しいですからね!」
「流石2人共、心が広い! じゃあ、早速案内するね!」
クレアはヨネシゲたちに礼を言うと、黒尽くめ男の元まで駆け寄っていく。
つづく……
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