第100話 亀裂
トロイメライ王国・王都メルヘンにある、王族の居城ドリム城。その城の図書室に入り浸る、一人の少年の姿があった。
彼の名は「ヒュバート・ジェフ・ロバーツ」この国の第3王子である。
サラサラとした金髪に青い瞳の持ち主。華奢な体型ではあるが、色白で整った顔は王子様そのものである。
性格は寡黙であり、口数が少ない。感情を表に出すことがあまりなく、表情が乏しいのが玉に瑕だ。
ヒュバートの趣味は読書であり、丸一日図書室に籠もっていることも珍しくない。今も大好きな冒険小説を読むことに没頭していた。
冒険小説の内容が面白かったのか、ヒュバートは時折鼻で笑いながら独り言を漏らす。
「フッ……何が悲劇のヒロインだよ? そりゃ真冬の池で泳いで遊んでいれば、風邪引くのは当たり前でしょ。何を考えているんだ? このヒロインは……」
ヒュバートは口角を上げながら、次のページを捲ろうとする。
その時だった。図書室の外から青年の怒鳴り声と、中年男の落ち着いた声が、ヒュバートの耳に届いてきた。
「父上っ!! 母上を拘束したとは誠でございますかっ!?」
「フフッ。拘束とは聞き捨てならんな。レナには部屋で大人しくしてもらっているだけだ」
「父上っ! それは軟禁と言うのですよ!?」
(ロルフ兄さんの声!? それに父上も? 母上を拘束? 軟禁? 一体どういう事なんだ!?)
図書室の外から聞こえてきた声とは、この国の第2王子にしてヒュバートの兄「ロルフ」と、国王にしてヒュバートの父「ネビュラ」のものだった。ロルフは、彼の母にして王妃である「レナ」を巡って、ネビュラと言い争っているようだ。
ヒュバートは、図書室と外の廊下を繋ぐ、両開き扉の前まで駆け寄ると、その扉を僅かに開いて外の様子を伺う。
ヒュバートの視界に飛び込んできたのは、扉の前で退治するロルフとネビュラの姿だった。そしてネビュラの後ろには、第1王子にしてヒュバートの兄である「エリック」の姿もあった。
睨み合うロルフとネビュラ。その光景をヒュバートは固唾を呑んで見守る。
再びロルフの怒鳴り声が辺りに響き渡る。
「なぜ母上を拘束なさった!? 母上が何をしたと言うのですか!?」
ネビュラが呆れた表情を見せると、ロルフに言葉を返す。
「白々しいぞ、ロルフ。毎晩レナと何をこそこそ話している? タイガーと密書のやり取りを行っていることも、とっくに調べは付いているぞ?」
「くっ……」
「聞くところによると、タイガーとウィンターとの和睦をあの女が裏で糸を引いていたそうではないか? お前ら、虎を自由にして何を企んでいる?」
行動を読まれていたことに、ロルフは悔しそうな表情を見せる。そんな彼にネビュラは問い詰める。
「大方検討は付いている。タイガーに南都防衛という大義名分を与え、エドガーと改革戦士団を討つつもりなのだろう? エドガー共を討ち果たした暁には、南都をタイガーの支配下に置く。そしてゆくゆくは、王都にまで魔の手を伸ばし、俺の首を取ろうとしているのだろう?」
仮定を立てるネビュラ。ロルフは彼の仮定に反論しつつも、訴え掛けるようにして言葉を口にする。
「父上! 深読みのしすぎです! 確かに……お祖父様に野望が無いと言ったら嘘になります。父上がお祖父様を嫌っていることも重々承知しております。ですが、お祖父様が動けば、南都と叔父上、それに多くの民の命が救われます! 被害を最小限に抑えるためにも、どうかご理解ください!」
ロルフは深々と頭を下げる。しかし、ネビュラからは期待外れの言葉が返ってくる。
「どんなに御託を並べようが、俺は認めんぞ」
「父上……」
落胆した表情のロルフに、ネビュラは続けて言葉を放つ。
「一度だけ、チャンスをくれてやろう」
「チャンス?」
「そうだ。タイガーに文を送れ。ネビュラは激怒している、レナの命が惜しかったら、直ちに兵を引けとな!」
「父上……御冗談を……!」
ロルフの額からは冷や汗が流れ出る。ネビュラはその彼を睨み付けると、声を震わせながら言葉を漏らす。
「冗談など言わん。今回は本気だ。この俺を馬鹿にしたことを後悔させてやる……!」
「決して、馬鹿になどは……!」
ここでエリックがロルフに向かって声を荒げる。
「父上の言葉が聞こえなかったか!? 父上は、お前と母上に情けを掛けておられるのだ! そのお気持ちを無駄にするつもりかっ! つべこべ言ってねえで、とっととタイガーの祖父さんに文を送れっ!!」
ロルフは悔しそうに歯を食いしばると、頭を下げる。
「御免……」
ロルフはネビュラたちに背を向けると、足早にその場から立ち去っていく。その様子を見つめながら、ネビュラはため息を漏らしていた。
(まさか……こんなことになっていたなんて……)
扉の向こう側では、ヒュバートが顔を青ざめさせていた。次の瞬間、彼の背筋が凍り付く。
「ヒュバート。そこに居るのはわかっているぞ?」
「!!」
ネビュラは扉の向こう側に居る息子に声を掛ける。
盗み聞きしていたことを咎められるに違いない……ヒュバートは顔を青くさせながら、扉を開く。そして彼は、ネビュラたちの前に姿を現すと、視線を下に向けながら震えた声で謝罪する。
「父上……申し訳ありません……」
「ヒュバートよ。何故、謝るのだ?」
「え?」
ネビュラの意外な返事に、ヒュバートは驚いた表情を見せる。更にネビュラは予想外の言葉を口にする。
「読みたい本があるなら遠慮なく申せ。いくらでも買ってやるぞ」
「え、ええ………」
「ヒュバートよ。俺は、お前の事が可愛くて仕方ないんだ。だから、好きなだけ、この部屋で本を読んでいるがよい……」
ネビュラはヒュバートに微笑み掛けると、その場を後にした。そしてエリックが不敵な笑みを浮かべながら、呆気にとられている弟の肩を叩く。
「父上は、余計なことに首を突っ込むなと言っておられるのだ。お前は今まで通り、読書に明け暮れていればそれでいい。良かったな、ヒュバート。父上公認で本の読み放題だぜ!」
エリックは高笑いを上げながら、ヒュバートの前から姿を消した。
「僕は……」
一人取り残されたヒュバートは、その場に立ち尽くすのだった。
――場面変わり、ここはゲネシス帝国皇帝の居城。
その城の食堂では、3人の男女が夕食を味わっていた。
銀色の髪と紫色の瞳、そして女性顔負けの美貌を持つこちらの青年が、ゲネシス帝国皇帝「オズウェル・グレート・ゲネシス」である。
オズウェルは赤ワインが入ったグラスを手に取ると、その香りを楽しみながら言葉を漏らす。
「トロイメライも面白くなってきたな。あのウィンターとタイガーが和睦するとは驚いた……」
彼の言葉に、緑髪おかっぱ頭の少年が反応する。彼はオズウェルの弟「ケニー」である。
「ええ。俺も驚きましたよ。犬猿の仲だったというのにどういう風の吹き回しでしょうかね?」
すると、銀髪三つ編みおさげの女が予測を口にする。彼女はオズウェルの妹にしてケニーの姉である「エスタ」だ。
「当然裏があるでしょうね。この和睦を持ち掛けたのはタイガーの方からと聞きます。恐らく彼は、この動乱に乗じて、南都を手に入れるおつもりなのでしょう……」
オズウェルはワインを一口味わった後、エスタの考えに同感する。
「エスタの言う通りだろう。オジャウータン亡き今、南都を手に入れるには絶好の機会だからな。おまけに、エドガーと改革戦士団討伐という大義名分も手に入れた。もうあの男は誰にも止められないだろう……」
ケニーが不敵な笑みを浮かべる。
「ネビュラは顔を真っ赤にしていることでしょうね!」
エスタが彼の後に続く。
「いえ。真っ青にしているかもしれませんよ?」
オズウェルが高笑いを上げる。
「ハッハッハッ! いずれにせよ、あの男は焦っているだろうな」
オズウェルはそう言い終えると、席から立ち上がる。エスタが不思議そうにして兄に尋ねる。
「お兄様、もうよろしいのですか?」
オズウェルは口角を上げながら返答する。
「ああ。酔が回らないうちに文を書く」
「文ですか?」
「毎月恒例の晩餐会に、イタプレスのケンジー殿を招待しようと思ってな」
ケニーが首を傾げる。
「兄様。何故、イタプレス王国と?」
オズウェルは不敵な笑みを浮かべる。
「フフッ。俺もネビュラを揺さぶりたくなってな……」
魔王オズウェルも、壮大な野望を抱き、動き始めようとしていた。
つづく……
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