第99話 黄昏の指切り
黄昏のカルムタウン。夕食時を迎えると、街の人出も普段と同じくらいに戻っていた。また、待ち行く人々の表情も幾分明るくなったように感じられる。これも、領主カーティスの鼓舞のお陰だろうか?
同じ頃、ソフィアは自室のベッドの上で瞳を開く。
ソフィアは、突然の召集令状にショックを受け、朝から寝込んでいたが、この時間になってようやく目を覚ました。
彼女は頭痛がするのか、頭を押さえながら時計に視線を向ける。
「……もうこんな時間。夕食の準備をしないと……」
ソフィアはため息を漏らしながら、ベッドから下りようとする。すると彼女はある異変を感じ取る。
「あれ? この香りは……?」
食欲をそそる香ばしい匂いが、ソフィアの鼻を通り抜ける。と同時にソフィアにある焦りが生まれる。
「もしかして……お義姉さんが夕食を作っているのかしら……? いけないっ! 早く起きて手伝わないと!」
恐らく誰かが自分の代わりに夕食の準備をしているに違いない。そして、一番可能性が高い人物といえば、義姉のメアリーである。
メアリーはソフィアが体調不良の際、必ずと言っていい程、家事などを手伝ってくれる。今回もきっとそうであろう。
ソフィアは立ち上がる。
「お義姉さんの手を煩わせる訳にはいかないわ!」
彼女は頭痛で重たい頭を押さえながら、リビングへと急行した。
リビングに到着したソフィアは意外な光景を目にする。
「おお、ソフィア! もう、大丈夫なのか?」
「あなた……! ええ、もう、大丈夫だよ」
ソフィアが見た光景。それは、頭に白色の三角巾を被り、ソフィアお気に入りのピンクのエプロンを身に付け、鼻歌を唄いながら肉を焼く、夫ヨネシゲの姿だった。彼はソフィアに代わって夕食の準備をしていたのだ。
既に完成した他の料理が、ダイニングテーブルに並べられていた。
ソフィアは驚いた表情を見せながら、ヨネシゲに歩み寄っていく。
「これ、あなたが全部作ったの!?」
ソフィアに尋ねられると、ヨネシゲは自慢げな表情を見せながら返答する。
「おうよっ! 見てくれ! ヨネさん特製サラダと、芋の煮っころがし。こっちの鍋には野菜たっぷりのシチューが入ってるぜ! あっ、パンは姉さんから貰ったやつだがな。後は、このメインディッシュのステーキが焼き上がれば全て完成さ!」
ソフィアは感心した様子で、ヨネシゲの料理を眺める。ヨネシゲはドヤ顔で彼女に尋ねる。
「へへっ。俺、凄えだろ?」
「うん。凄いよ……」
「だろ! 料理もできる色男ヨネシゲ! 我ながら罪深いぜ。まあ、ソフィアには早く元気になってほしいからな。一肌脱いじまったぜ!」
ヨネシゲはそこまで言い終えると、フライパンの肉に視線を落とす。
「肉もそろそろ焼けそうだ。さあ、ソフィア。ルイスとゴリキッドたちを呼んできてくれるか? ヨネさん特製ディナー、みんなで食べようぜ!」
ヨネシゲがフライパンの肉をひっくり返そうとした時。彼は背中に温もりを感じる。
「あなた……行かないで……」
「ソフィア……?」
ソフィアは、ヨネシゲを後ろから抱き締めるようにして、その肩に顔をうずめていた。ヨネシゲの耳にはソフィアのすすり泣く声が聞こえてきた。そして彼女は掠れた声で言葉を漏らす。
「戦に行ってほしくない……ずっと……傍に居てほしい……」
「ソフィア……」
「これからも……ずっと……ずっと……こうして、あなたと一緒に……幸せな時を……過ごしていたい……」
ヨネシゲは焜炉の火を止めると、ソフィアに体を向ける。そしてヨネシゲは、彼女の両肩に手を添える。
「それは、俺も同じさ。俺だって、戦には行きたくない……」
「じゃあ……!」
ソフィアはヨネシゲの言葉を期待するようにして、彼の顔を見つめる。そんな彼女にヨネシゲは、諭すようにして語り掛ける。
「だけど、俺は戦に行くよ」
「え? で、でも、今……!?」
「行きたくないのは本当さ。俺も、ソフィアとルイスと一緒に、毎日笑い合って過ごしていたい。何だったらこのカルムを捨てて、家族と一緒に戦も何も無い平和な街へ避難したい……」
「あなた……そうしましょう! 私は皆と一緒に幸せな日々を過ごせるなら、このカルムを……!」
「ソフィア! 残念だが、それはできない」
「どうして? どうしてなの!? あなたは、家族と一緒に幸せに暮らしたくないの!?」
「暮らしたい……幸せに暮らしたいよ。だからこそ、逃げちゃダメなんだ。今、逃げたら……本当の幸せまで逃してしまう……」
ヨネシゲはソフィアの肩を強く握る。
「改革戦士団とエドガーが暴走を続ければ、いずれトロイメライ全土にまで魔の手が迫ることだろう。もしそうなったら、俺たちの幸せは、全て奴らに奪われてしまう。そうならないためにも、奴らは、南都で食い止めなければならないんだ! 奴らをこのカルムの敷居を跨がせてはならない」
ヨネシゲはソフィアの両手をそっと握りしめる。
「だから、俺に守らせてくれ! 大切な君たちを……このカルムの街を……!」
ヨネシゲの言葉を聞き終えたソフィアは顔を俯かせる。ヨネシゲは彼女を見つめながら返事を待っていた。
しばらくの間、沈黙が続いていたが、ソフィアが静かに口を開く。
「やっぱり、あなたは……カルムのヒーローね」
ソフィアはそう言葉を口にすると、ゆっくりと顔を上げる。
「あなた、約束してください」
「約束?」
「ええ。何が何でも……私達を……このカルムの街を……守り抜いてくださいな! 絶対に、絶対ですよ!」
ソフィアはそう言い終えると、小指を差し出す。それを見たヨネシゲは、自分の小指を彼女の小指と絡める。
「ああ! 絶対に守りきってやる! この命に替えてもっ!」
「あなた……それはダメだよ。必ず無事に帰ってきて! でなければ、お義姉さんにお説教してもらいますからね!」
「そいつは勘弁だ。わかったよ! 君たちを守り、カルムを守り、そして、無事に帰ってきてやる!」
「約束だよ?」
「ああ。約束するさ!」
指切りする2人。今ここに、固い約束が交わされた。
そしてヨネシゲがニッコリと笑みを浮かべる。
「ソフィア。どうか俺を笑顔で見送ってほしい。いつも仕事に行く俺を見送ってくれるように……」
ソフィアは人差し指で涙を拭うと、満面の笑みを浮かべる。
「ええ。わかったわ! いつもと同じように笑顔で見送ってあげる!」
「頼むぞ!」
夕日に照らされるソフィアの笑顔は、いつも以上に輝いて見えた。
つづく……
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