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第98話 更生者



 領主カーティスによる召集令状の説明会も無事に終了した。

 中には不満を抱いて途中退出する者の姿もあったが、目立った混乱は見られなかった。

 会場には、イワナリとオスギ、その他顔見知りの姿も多く見られた。例外なく彼らの元にも召集令状が届いていたのだ。

 その帰り道。途中でドランカドと別れたヨネシゲは、一人青空を見上げながら、思いに耽っていた。


(職場の同僚と上司、イワナリとオスギさんが俺の戦友になるということか。なんか複雑な心境だな……)


 つい先程まで、己を奮い立たせていたヨネシゲの心は、この青空のように澄み切っていた。しかし、その心も再び曇りつつあった。


(大切なものを守るとはいえ、俺はこれから、殺し合いをしなくてはならない。いくら相手が悪党とはいえ、俺に人を殺すことができるのか……?)


 ヨネシゲの脳裏にダミアンの顔が思い浮かぶ。


(いや……少なくともあの男は、俺がこの手で……!)


 そして、元軍人・姉メアリーの口癖を口ずさむ。


「敵に情をかけるな……」


 ヨネシゲは強く握った己の拳を見つめる。


(甘い考えじゃ、大切なものは守れない。例え、この拳が、血で汚れようと、俺はソフィアとルイスを守りきる……!)


 南都を防衛し、改革戦士団とエドガーの暴走を止めることは、家族とこのカルム領の平穏に直結する。ヨネシゲは再び己を奮い立たせた。


 やがて、ヨネシゲは道中のカルム市場内に足を踏み入れていた。今朝方閉まっていた店舗も、半数以上が営業を始めており、市場には多少なりとも活気が戻っていた。


(さて、夕食の材料でも買って帰るか……)


 ヨネシゲは夕食の献立を考えながら歩みを進めていると、とある肉屋の前で大男に呼び止められる。


「ヨネさん、一人かい?」


「ん? おお、ウオタミさん!」


 ヨネシゲを呼び止めた大男とは、カルム市場内で肉屋を営む、ウオタミである。他を圧倒する大きな体の持ち主だが、気が弱く、臆病者として有名だ。その一方でとても心優しく、皆からは愛されている存在だ。

 優しい笑みを浮かべるウオタミに、ヨネシゲが事情を説明する。


「ああ。先程までドランカドも居たんだがな。今は召集令状の説明会を終えて、夕食の材料買って帰るところだよ」


「そ、そうだったんだ……ヨネさんにも令状が……」


 ウオタミは今にも泣き出しそうな悲しい表情で俯く。ヨネシゲは彼を励ましながら、あることを問い掛ける。


「ウオタミさん、そんな顔をするなって。俺は大丈夫だからさ! ちなみにウオタミさんには届いたのか?」


「いや。幸いなことに俺のところに届かなかったよ」


 ウオタミが召集令状を貰っていないと知ったヨネシゲは、それを自分の事のように喜ぶ。


「そいつは良かった! 本当に良かったよ! 俺が言うのも何だけど、誰も戦に行くことは望んじゃいないからな」


「うん。ありがとう……でも、俺だけ召集を免れてもいいのかな……」


「気にするな! 他にも貰っていない者は多く居る。運が良かったんだ。いや、これはウオタミさんの日頃の行いが良いからかな? 神様も良く見てくれているんだ」


「へへっ。そ、そんなことはないよ」


 ヨネシゲの言葉にウオタミは照れた表情を見せる。その様子を見てヨネシゲは安堵の表情を見せる。


(本当に届かなくて良かったよ。だって彼は、虫一匹も殺せない心優しい男だ。人を傷付ける事なんて出来ないだろう……)


 ここでヨネシゲは、先程から気になっていたもう一つのことをウオタミに尋ねる。


「ウオタミさんよ」


「ん? なんだい?」


「先程から気になっていたんだが、店の中で動き回っているあの青年は、ウオタミさんの息子さんかい?」


 ヨネシゲが視線を向ける先。そこには、肉屋の店内で接客する、金髪丸刈りの青年の姿があった。彼はウオタミの息子なのか? 首を傾げるヨネシゲに、逆にウオタミが質問を行う。


「ヨネさん。彼のこと、見覚えないかい?」


「見覚え?」


「つい先日も顔を合わせているよ」 


「それって、俺が記憶を失う前の話か?」


「いや。その後だよ」


 ウオタミの話しぶりだと、ヨネシゲと青年は面識があるそうで、つい先日も顔を合わせているそうだ。

 ヨネシゲは少しずつ青年に近寄りながら、その顔を凝視する。


「ま、まさか!?」


 ヨネシゲは青年の顔を見て、その存在を思い出したようだ。と同時に青年もヨネシゲの姿に気付き、こちらに駆け寄ってきた。


「ヨネシゲさん! 先日は本当にありがとうございました! 今こうして生きてられるのも、ヨネシゲさんと皆のお陰です!」


「おお! やはり君だったか!」


 この金髪丸刈り青年の正体。

 以前、このウオタミ肉店から多額のみかじめ料を巻き上げて、ヨネシゲから鉄槌を下され、先日は改革戦士団と悪魔のカミソリ頭領に操られ学院を襲撃した、あのチンピラの一人だった。

 他の二人のチンピラは命を落とす結果となってしまったが、彼に関してはヨネシゲらの援護により命拾いしたのだ。

 伸び切った金髪は丸刈りにされ、奇抜だった服装も、今は地味な服に変わっていた。格好だけではない。以前見せていた、人を挑発するような表情も、今は凛々しい表情で、ヨネシゲに真っ直ぐな眼差しを向けていた。その姿はまるで別人だ。

 驚いた表情を見せるヨネシゲに、ウオタミが嬉しそうに声を掛ける。


「ウフフ。ヨネさん、驚いたでしょ?」


「おったまげたよ! まさか、ウオタミさんからみかじめ料を巻き上げていたチンピラ……いや、えっと、この彼を雇っているんだからさ」


「そうだよね。一応、2日前から働いてもらっているよ。あ、ちなみに彼の名前はコリン君だよ!」


 金髪丸刈り青年の名はコリンと言うそうで、彼は自己紹介をしながら事の経緯を説明する。


「俺はコリンと言います! ウオタミさんには、無理言って雇ってもらいました!」


 ウオタミが補足する。


「ちょうど人手が足りてなくてね。彼が来てくれて本当に助かっているよ。それによく働いてくれるし。でも、最初彼が来たときは驚いたよ。しかも、タダ働きで良いから働かせてほしいって言うんだからさ」


 コリンは神妙な面持ちで言葉を続ける。


「俺は、ウオタミさん達に散々酷いことをしてしまいました。罪滅ぼしじゃないですけど、何かお役に立ちたくて。今回の件では、多くの人に助けてもらって命拾いしました。おまけに領主様の温情で監獄行きも免れました。感謝しても、しきれねえ……」


 コリンは感極まり涙を流す。するとヨネシゲは、彼の肩を叩くと優しい笑みを浮かべる。


「その涙に偽りはなさそうだ……改心したな!」


 コリンはヨネシゲの顔を見つめる。


「はい! これからは、亡くなった仲間の分まで罪を償い、正しく生きていきます……!」


「おう! 頑張れよっ!」


 ヨネシゲがエールを送ると、コリンは笑顔で応えた。


「早速だが、コリン。オススメの肉があったら教えてくれ」


「あ、はい! ご案内します!」


 一人の青年が更生した。ヨネシゲとウオタミは、コリンの今後の活躍を期待するのであった。



つづく……

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