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第97話 民の恩返し



 カーティスは己の不甲斐なさを悔やんでいた。


「民の幸せを守ることが領主の役目……私は幼い頃から、父にそう教えられ育ってきた。幸いなことに、私が領主を務めてから、民たちを戦に送り込むようなことは一度も無かった……」


「民たちの幸せを守ることが領主の役目」それがカーティスの信念。彼は幼い頃からその言葉を信じ、その言葉を公言してきた。公約通り、カルムの領民は長年平和な日々を過ごしていた。しかし、それは運が良かっただけだとカーティスは話す。


「故に私は、民たちの幸せを守り抜いていると自負していた。だがそれは、自分に驕っていただけだ。たまたま運が良い日が続いただけに過ぎない。私の考えは浅はかだったよ。どんなに偉そうな事を公言しようが、時勢というものには逆らえない。それは、昨日思い知った次第だ……」


 責任感が強い故か、カーティスは己を攻めたてる。そして彼はゆっくりと青空を見上げると、掠れた声で言葉を漏らす。


「自分が民の平和を守っている……私は、その言葉を自分に言い聞かせ、自己満足しているだけだったのだ……こんな自分が……情けない……!」


 カーティスは悔しそうな表情を浮かべながら瞳を閉じる。そんな領主の姿に、群衆たちは遣る瀬無い表情を見せるのだった。そんな中、ヨネシゲは聞き取れない程の小声で何やら口ずさむ。


「りょ……しゅ……さま……れは……ちが……ます……」


「ん? ヨネさん?」


 ヨネシゲは、俯いた状態で拳を強く握りしめ、体を震わせながら何かを呟く。ドランカドは不思議そうにしながら首を傾げていると、ヨネシゲが突然大声を上げる。


「領主様! それは、違いますっ!!」


「ヨ、ヨネシゲさん……?」


 ヨネシゲの大声にお立ち台のカーティスとアランは驚いた表情を見せる。カーティスたちだけではない。ドランカドや群衆も驚いた様子でヨネシゲを見つめていた。ヨネシゲは周りの反応には気にも留めず、カーティスに語り掛けるように言葉を続ける。


「俺……いえ、私は……ご存知の通り、例の記憶喪失で以前の記憶は殆ど持ち合わせていません。当然、領主様がどんな方だったかも覚えておりません……」


 現実世界から転移してきたヨネシゲに、この世界の記憶は持ち合わせておらず、記憶を失った人間として生活している。当然、カーティスがどのような人物かも知らない。ヨネシゲはその事を前置きした上で、カーティスに訴える。


「ですが……領主様がどんな方か私は存じております。妻や息子、姉や知人たちからよく聞かされています。領主様は、とても民思いで、心優しいお方だと……」


 カーティスは目を見開いた後、ヨネシゲに言葉を返す。


「それは……きっとお世辞だ。民思いで心優しい領主が、民を戦なんかに送り込まない……」


 カーティスの言葉を聞いたヨネシゲが声を荒げる。


「私の家族や知人は嘘を言いません! 皆が言っていることは事実です! 寧ろ、嘘を付いているのは領主様ですよ? 自分を……否定しないでください……!」


 するとドランカドもカーティスに向かって訴え掛ける。


「ヨネさんの言う通りっすよ! 皆、民思いで心優しい領主様を慕っているんですよ?」


 そして、2人に続いて群衆からもカーティスを称える声が聞こえてきた。


「ヨネさんたちの言うとおりです! 昨年の大嵐の際も、数年前の疫病の時も、領主様には色々助けていただきました! 領主様が居なかったら、俺たちは、今ここに居ないかもしれません!」


「そうですじゃ! ワシは領主様の民で本当に良かったと思っております! 幸せですぞ!」


「カーティス様は、俺たち自慢の領主様だ!」


 カーティスは目頭を熱くさせながら、声を振り絞る。


「こんな私を……慕ってくれるな……私は……君たちに……南都へ行ってくれとしか言えぬぞ?」


 カーティスがそう言い終えると、聞き慣れた声がヨネシゲの耳に届いてきた。


「領主様! 領主様が責任を感じる必要は一つもありません!」


「イ、イワナリ!?」


 ヨネシゲが後ろを振り返ると、そこには職場の同僚イワナリの姿があった。

 イワナリはヨネシゲの顔をチラッと見た後、カーティスに言葉を続ける。


「召集令状の発行元は王室と王国軍。これは奴らの命令なんです。故に領主様だって断れなかったのでしょ? きっと、とんでもない脅しをされたに違いない!」


 図星だったようで、カーティスはイワナリの言葉を聞いて顔を俯かせる。更にイワナリは耳が痛くなる言葉をカーティスに放つ。


「領主様。申し訳ありませんが、好き勝手やってる国王共の命令など俺は聞きたくありません!」


「……そうか」


 カーティスは険しい表情で瞳を閉じる。

 予想は出来ていた。召集令状を貰って反発する者は当然出てくると。とはいえ、令状を受け取った以上、戦に行ってもらう他ない。召集令状にはそれだけの効力があるからだ。カーティスの力ではどうすることもできない。しかし、反発する者に何と声を掛けるべきか? カーティスは言葉を探していた。

 するとイワナリは、ニッコリと笑みを浮かべると、予想外の言葉を口にする。


「だから、領主様! 領主様の口から、戦に行ってくれと、命令してください!」


「え?」


 イワナリの台詞にカーティスは拍子抜けした表情を見せる。そんな彼にイワナリは熱い言葉をぶつける。


「俺は、領主様の命令だったら、喜んで戦に行きます! 俺たちは散々領主様に助けてもらいました。だから、今度は俺たちが領主様を助ける番です。恩返しをさせてください!」


 イワナリがそう言い終えると、群衆からも領主カーティスからの命令を望む声が聞こえてきた。


「俺もだ! 領主様の命令なら喜んで南都に行きますよ!」


「領主様! たまには俺たちを頼ってください!」


 民たちから聞こえてくる予想外の言葉に、カーティスは静かに涙を流す。

 先程まで戦へ行くことを嫌がっていたヨネシゲも、イワナリたちに同調して、カーティスに要望する。


「令状を貰った以上、南都行きは避けれません。ですが、どうせ行くなら、領主様に命令された方が気分が良いし、燃えてきます! それに、南都を無視すれば、いずれ改革戦士団とエドガーの魔の手がカルムを襲うことでしょう。今立ち上がり、南都とカルムを救わねばなりません! 愛する家族と、この街のために……!」


 ヨネシゲがそう言い終えると、会場には「領主様」コールが飛び交っていた。

 感極まったカーティスは、顔をしわくちゃにさせ、大粒の涙を流す。その隣でアランも腕で顔を覆いながら、号泣していた。

 そしてカーティスは、腕で涙を拭った後、群衆たちに向けて命令を下す。


「南都を……このカルムを守るために……このカーティスが命令する。皆の者……南都に向かえっ!!」


 その瞬間、群衆から割れんばかりの雄叫びが響きわたる。その雄叫びは、公園を越えて、カルムタウン各所にも届いていたそうだ。



つづく……

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