第96話 苦悶の領主
自室の椅子に腰掛けながら、一点を見つめる中年男。彼の顔は憔悴しきっていた。そこへ、一人の少年が姿を現す。少年は中年男の息子であり、彼もまた、窶れた表情を見せていた。
「父上、そろそろ、説明会のお時間です……」
「ああ、わかった。参ろうか、カルム中央公園へ……」
2人の親子は、重たい足取りで屋敷を後にするのだった。
――穏やかな風が吹き抜ける、カルムの昼下がり。街行く人々は皆、暗い表情を浮かべていた。その街中を2人の男が横に並んで歩いていた。
「はぁ~。戦なんか行きたくないよ……」
そうため息を漏らし、肩を落としているこの男は、ヨネシゲ・クラフトだ。
今朝方、カルムの男たちの元に、召集令状が届いた。全員に届いた訳ではないが、10人居たとしたら、3〜4人くらいだろうか。半数近くのカルム男児が戦に駆り出されることになる。
ヨネシゲの元にも召集令状が届き、意気消沈しているところだ。そんなヨネシゲを励ますようにドランカドが声を掛ける。
「ヨネさん。らしくないじゃないですか……元気出してくださいよ」
「ああ……それにしてもドランカド。お前はよく元気でいられるな」
「ヘヘっ。俺には背負うものがありませんからね」
「おいおい……冗談キツイぞ、ドランカド」
「すんません」
ヨネシゲを励ますこのドランカドも召集令状を貰った一人である。彼は本当に令状を貰ったのか? と思うほど、普段通りヘラヘラとした様子だ。そんな彼を横目にしながら、ヨネシゲは呆れた表情でため息を漏らす。
ドランカドは気不味くなったのか、申し訳無さそうな表情で俯くのだった。2人は無言のまま歩みを進める。
ヨネシゲとドランカドはカルム中央公園へ向かっていた。領主カーティスによる、召集令状の説明を受けるためだ。
やがて、噴水がある大きな広場が見えてきた。ここがカルム中央公園である。
カルム中央公園はカルム学院の裏側に位置する。この公園は、レンガで舗装された噴水エリア、季節ごとに色鮮やかな花を咲かす花壇エリア、滑り台やシーソーなどの遊具が並ぶ児童エリア、グラウンドを優する運動エリア、そして、広大な芝生が広がる多目的エリアで構成されている。そしてヨネシゲたちは説明会が行われる、多目的エリアを目指し歩みを進める。
「へぇ~。学院の裏にこんなだだっ広い公園があったとはな」
ヨネシゲはキョロキョロしながら感心した様子で言葉を口にする。実はヨネシゲ、カルム中央公園を訪れるのは初めてだった。
カルム学院の守衛として働くヨネシゲは、当然この公園の存在を知っていた。しかし、学院の裏側方面はまだ開拓しておらず、街の中心部に、このような大きな公園があったことに驚いていた。
ヨネシゲは少し気が紛れたようで、暗かった表情も幾分明るくなった。そんな彼を見てドランカドは安堵の表情を浮かべると、先程まで閉ざしていた口を開く。
「公園パワー、偉大っすね!」
「ハハッ。急にどうした?」
「いえ、ほら。さっきまで暗かったヨネさんが、この公園に来てから明るくなったんでね、安心してたんですよ」
「確かに。言われてみれば、少し気が楽になったな。これが公園パワーってやつか?」
「そうっす! これこそ、自然の恵み、公園パワーっすよ!」
「ガッハッハッ! まだ言うほど自然に触れていないぞ? 見たのは噴水とレンガの歩道だけだ」
「そうでした……」
ドランカドの言うとおり、公園パワーのお陰なのか? ヨネシゲは冗談を言い合えるまで気分を持ち直しており、笑みも浮かべていた。
そんなヨネシゲであったが、花壇エリアに差し掛かると、どこか悲しげな表情を見せる。
「こんな公園があるなら、もっと早くにソフィアと来ていれば良かったよ……」
「ヨネさん……」
ヨネシゲが不意に漏らした言葉。ドランカドは返す言葉が見つからなかった。
やがて2人は多目的エリアに到着する。
多目的エリアの芝生の上には、数え切れない程の男たちで埋め尽くされていた。
「すげえ人数だな!」
「ええ。街中の野郎共が一挙に集まってますからね」
ヨネシゲとドランカドは男たちを掻き分けながら、出来るだけ前へと進む。これだけ後方では領主の説明も聞き取れないことだろう。
ヨネシゲは前方に進みながら、群衆となった男たちの顔を眺める。その大半が、働き盛りの20〜50代くらいの男性で構成されている。しかし中には、背中が丸まった高齢男性や、まだ垢抜けていない10代後半と思われる少年の姿もあった。
(彼らも、戦に駆り出されるのか……)
彼らに妻や子、親に孫など、家族が居ると思うと、ヨネシゲの胸は締め付けられた。
前へ進み出すと止まらないもので、気付いたらヨネシゲたちは、最前列に到着していた。そこには群衆を見下ろせるお立ち台が置かれていた。
お立ち台の前には、武装した保安官たちが、大盾を持って並んでいる。召集令状に不満を持ってる者は大勢おり、恐らく彼らは、万が一の暴動に備えて出動したのだろう。
保安官たちの後ろには、タイロン家の家臣たちの姿が見えたが、カーティスはまだ到着していない模様だ。
お立ち台の下で待つこと数分。ヨネシゲら群衆の前に、カルム領主カーティスが姿を現す。そして彼の隣には息子のアランの姿もあった。
(アラン君まで何故? やはり、次期当主として、このような場にも居合せなければならんのか?)
ヨネシゲがそんなことを思っている間に、カーティスとアランはお立ち台に登る。その2人の顔を見て、ヨネシゲら群衆は言葉を失う。
2人の親子の髪は乱れ、目元にはクマを作り、憔悴しきった表情で、群衆の顔を見渡していた。
そしてカーティスとアランは、一同予想だにしなかった行動に出る。
「すまぬっ! すまぬっ!! 全ては、私の力不足だ!」
「同じく……領主の息子として、何もできなかったことが恥ずかしい……皆、本当に申し訳ない!」
「りょ、領主様っ!? アラン君!?」
カーティスとアランは両膝を折ると、その額をお立ち台に着け、謝罪の言葉を述べる。2人は民である群衆に向かって土下座していたのだ。驚いたヨネシゲたちは急いでカーティスたちに土下座をやめさせる。
「領主様! 頭をお上げください! アラン君も!」
「そうっすよ! 領主様たちが、そんな簡単に土下座などしてはいけません!」
ヨネシゲたちに促されると、カーティスとアランはゆっくりと地から頭を離す。そして2人は正座した状態で俯く。
会場は、驚きを隠しきれない群衆の声で騒然としていた。中には、カーティスとアランに不満をぶつけるように野次を飛ばす者も居た。一方のヨネシゲは、カーティスとアランの惨めな姿を目にして、言葉を失っていた。
ここで保安官たちが声を張り上げ、群衆を静める。
「静まれい! 静まれい! 領主様の御前であるぞ!」
しばらくの間、騒ついていた会場も、ようやく静けさを取り戻した。そしてカーティスはゆっくりと顔を上げると、胸の内を群衆に向けて語り始める。
「昨日、官僚のシールド様から徴兵令の通達を受けた。断ろうとしたが、身分の違いから受け入れざるを得なかった……いや、これは私の心の弱さ故、断り切ることができなかった。民の幸せを守ると公言しておきながら、この有り様だ。私は領主失格だ……」
カーティスは弱々しい声で、己を責め立てていた。
つづく……




