プロローグ 【挿絵あり】
年の瀬迫る夜の歓楽街に、一発の銃声が鳴り響く。
突然の銃声に驚いた通行人が振り向くその先には、拳銃を握り立ち尽くす警察官の姿。そして警察官の足元には、黒髪の青年がサバイバルナイフを握ったまま、うつ伏せの状態で倒れていた。
被弾した青年の腹部からは、おびただしい量の血液が溢れ出しており、大きな血だまりができていた。
『3年前の親子殺害放火事件で指名手配の男、警官に射殺される!』
この衝撃的な出来事は、後日トップニュースとして全国へと発信されることになる。
――その頃、今年最後の仕事を終え、家路につく一人の男がいた。
彼の名は「ヨネシゲ・クラフト」。
重機の部品工場に勤務する、43歳の小柄な中年男だ。
角刈り頭と黒縁眼鏡がトレードマーク。水色の瞳とぽっこりお腹が印象に残る。
彼が両手に持っているのは、近くの商店街で購入した赤いバラの花束とケーキが入った箱――実はヨネシゲ、今日で21回目となる、最愛の妻との結婚記念日を迎えていたのだ。毎年結婚記念日には、妻が大好きなバラの花束とイチゴのショートケーキを商店街で買うのがお決まりとなっている。
角刈り男はケーキの箱を眺めながらニコニコする。
(ソフィア、喜んでくれるかな? よし、早く帰ろう!)
彼は妻の喜ぶ表情を思い描きながら自宅を目指す。その足取りはとても軽やかであった。
ヨネシゲの自宅は、商店街から10分程歩いた場所に位置する。やがて見えてきたのは、2階建ての古びた集合住宅だ。この築40年となる木造のアパートが角刈り男の自宅。錆びた外階段を上った先、一番端の角部屋がそうだ。
ヨネシゲは玄関の扉を開くと、元気な声で帰宅したことを伝える。
「ただいまっ! 今帰ったぞ!」
しかし中からは一つも反応がない。それどころか部屋の中は明かりが灯されておらず、真っ暗な状態だった。だがヨネシゲは特に驚いた様子も見せず、照明をつけると、部屋の奥へと進んで行く。
角刈りは居間に入ると、散らかったローテーブルの上を片付けながら独り言を始める。
「ゴメンゴメン、遅くなっちまった。すぐ準備するからさ」
彼はそう言い終えると、部屋の一角にある机を見つめる。そこには写真立てが置かれていた。
写真立てに収められた写真には、金髪の可愛らしい女性と学生服を着た金髪の少年が写し出されていた。
ヨネシゲは写真を見つめながら笑みを浮かべる。
「ソフィア、ルイス、お待たせ!」
彼は写真の前に2切れのケーキとバラの花束を供える。そして、悲しげな表情で言葉を漏らす。
「お前たちに、会いたい……」
ヨネシゲは机の前で立ち尽くす。
「ソフィア・クラフト」享年38。
「ルイス・クラフト」享年17。
ヨネシゲ最愛の妻と息子は、ある日突然、命を奪われてしまった。
あの男によって。
つづく……