なにもかもが物語と違う方向に進んでいるんですが。
たとえ貴方が悪の道に堕ちるとしても。
「愛してるわ、カイル!」
私だけは、貴方の味方でいるから。
私はハンナ。公爵家の末の娘。私には生まれながらの婚約者がいる。
「ハンナ!遊びに来たよ」
「カイル!いらっしゃい、何して遊ぶ?」
カイルという私の婚約者は伯爵家の長男。けれど、それだけじゃない。
ー…彼は将来、この世界の敵になる。
私には前世の記憶がある。日本という国で暮らしてきた記憶。そこで読んだファンタジー恋愛小説の内容が、この世界とあまりにも酷似しているのだ。
その小説では、カイルは悪女ハンナ…つまり私の影響で、悪の側面に落ちていた。悪女ハンナの支配に耐えきれなくなり、心を壊し、家を出て、犯罪者集団に入り、やがて犯罪者集団のトップとなるのだ。そして世界を征服しようとする。
その過程で悪女ハンナは復讐として惨たらしく殺される。そんなカイルも、ヒロインと主人公の手によって最後には打ち倒される。
「ハンナ、愛してるよ」
「私も大好きよ、カイル」
そんな悪女ハンナに転生した私だけど、私自身はカイルが大好き。悪女ハンナのように彼を支配して傷つけるつもりは一切ない。むしろ、カイルを幸せにするための努力は怠らない。
真面目に勉強をして、魔法も特訓して、マナーも身につけて。カイルを愛して、愛を伝えて、カイルが欲しい言葉を常に掛け続ける。
けれどもしこの世界に、転生モノの小説によくある強制力なんてものがあるとしたら。
「カイル」
「なに?ハンナ」
「貴方が幸せでいてくれれば、私はそれだけで幸せだから。どうか、自分のことを一番大事にしてね?」
「…?」
よくわかっていない表情で首をかしげるカイルが可愛い。たとえ貴方がどうしても悪の道に堕ちてしまったとしても、私だけは、絶対に。
物語が始まるのは、悪女ハンナやヒロイン、主人公たちが貴族の子女の通う学園に入ってから。悪役であるカイルはこの頃既に犯罪者集団のトップになっていて学園に通うことはない。
だけど、この世界ではカイルは家を出て犯罪者集団に入ることはなかった。私と一緒に真っ直ぐ育って、私とはラブラブオシドリカップルとして有名。
カイルは今や、伯爵家を継ぐ優秀な跡取りとして、将来を期待される秀才。私もカイルを支えるべく努力を未だに続けている。でも…。
「ハンナ、一緒に学食に行こう?」
「うん、でも…」
「あ、カイル様ー!」
手を繋いで学食に行こうとする私達の間に割って入る少女が一人。本来の物語のヒロイン、ソフィアだ。何故か彼女は本来の主人公ではなく、カイルに懐いてしまった。そして厄介なことに、ソフィアは隣国から留学してきた王女様。
そんな権力も地位もある彼女は今…私達を引き裂いて、カイルの新たな婚約者になろうと画策している。
「カイル様、そんな子は放っておいて私と一緒に学食に行きましょう?」
「離してください、ソフィア様」
腕に絡みついてくるソフィア様からそっと距離をとるカイル。ソフィア様は私を睨みつける。
「ハンナ!いい加減にカイル様を解放しなさい!カイル様は私の運命の人なのよ!」
いや、貴女に運命の人がいるとしたら主人公であるこの国の王太子です…。
「いい加減にしてください、ソフィア様」
カイルが冷たい声でソフィア様を突き放す。
「カイル…」
「カイル様、本当は私の方がいいでしょう?私と婚約を結び直して、私の婿になってください」
「嫌です。何度誘われてもお断りです」
「そんな…」
冷たいカイルの目に怯むソフィア様。
「…覚えていなさい」
ソフィア様は、私を睨みつけて去っていった。
「さあ、ハンナ。行こうか」
「う、うん」
私はどうするべきだろう。
ソフィア様と小競り合いしつつもカイルと一緒に過ごしていたある日。私は誰かに突然魔法で襲われて誘拐された。…まあ、誰かなんてわかっているけど。
「…」
「良い様ね、ハンナ」
貴女本来ならヒロインのはずですよね?なにやってるんですか?とも言えないので。
「あの、ソフィア様。こんなことしたらさすがにソフィア様でも叱られるだけじゃ済まないと思います」
「私は王女なのよ?叱られるはずないじゃない」
「いや、隣国の公爵家の娘を害したらさすがに許されませんよ…」
物語の中では心優しい純粋な女の子だったのに、どうしてこうなった。
「ふん、脅しても無駄よ。貴女なんかいてもいなくても同じだわ。私の方が余程国にとって重要なのよ?」
腐ってるなぁ。
「それより貴女。これは最終警告よ。…カイル様を私に渡しなさい」
「貴女みたいな性悪にカイルは渡せません」
カイルの幸せが私にとって第一。この人ではカイルは幸せに出来ない。
「そう。…お前たち。この女を拷問にかけなさい」
屈強な男達が現れる。拷問って何されるんだろう。ムキムキな彼らには、力では敵わないだろう。魔法を使えないよう魔力を封じる拘束具もつけられている今、私はなすがままだ。
「…カイル」
怖い。男達が近寄ってくる。すごく怖い。
「助けて…」
無駄だとわかっていても、やっぱり助けを求めてしまう。カイル…。
「…呼んだ?」
カイルの声が、何故か聞こえた。と、思ったら眩い光で目が眩む。
「え?え?」
「ハンナ、ちょっと失礼。よいしょっと」
「わ」
カイル…だと思うんだけど、男の人にお姫様抱っこされる。目は先ほどの閃光にやられて開けられない。
「ハンナは助けた!あとはお願い!」
「総員突撃!」
あっという間に人が雪崩れ込んでくる気配。
「きゃあ!離しなさい、私は隣国の王女よ!」
「今は我が国の公爵令嬢を害した、ただの犯罪者だ」
「な、なによ貴方!」
「この国の王太子だ。親友の婚約者を助けにきた」
「な…」
気付けばなんだかすごいことになっていて、情報量が多過ぎて私には何が何だか分からなくなっていた。
「…私がいなくなって、すぐにソフィア様の仕業だと気付いて王太子殿下に助けを求めたと」
「うん。さすが大親友、頼りになるよね」
「まあ、お前にはいつも助けられているからな」
なにこの二人、いつのまに仲良くなっていたの?物語では宿敵だったはずですよね?
「助けていただき本当にありがとうございました。あの、ソフィア様は…?」
「隣国に強制送還。ソフィア王女はもううちの国は出禁。国王である父上が相当お怒りだったからね。これで反省してくれるといいけど」
「外交問題には…」
「…んー。まあ、何もないことはないだろうけど。父上も隣国の国王も大人なんだし、良い落とし所は見つけてくれるよ。…多分」
「…ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
私が頭を下げれば、カイルが私を抱きしめる。
「ハンナは何も悪くない!」
「わかってるわかってる。大丈夫だから。親友であるお前のためだ。ちゃんと俺が守るから」
「重ね重ねありがとうございます」
「良い親友だろ?」
「感謝してもしたりないよ。持つべきものは親友だな」
…とりあえず、なんとかなったようです。
「ハンナ、怖い思いさせてごめんね」
「カイルは何も悪くないわ」
「ううん。守れなくて本当にごめん」
「でも、助けに来てくれたじゃない」
王太子殿下が帰ったあと、カイルと二人きりになると抱きしめられて謝られた。
「ハンナ、愛してる。こんな情け無い僕でも、そばにいてくれる?」
「情け無いなんて思わないけれど…うん。ずっと一緒よ」
「ハンナ!」
強く抱きしめられてちょっと苦しい。でも、そんなカイルが可愛い。
「ふふ、カイル可愛い」
「可愛いよりかっこいいがいい」
不貞腐れる顔も可愛い。
「…心配かけてごめんね。誰よりも愛してるわ」
「僕も、誰よりもハンナを愛してるよ」
結局この世界に強制力なんてものはなくて、それぞれ自分の意思で動けることは今回の事件で完全にわかったから、これからは憂いなくカイルを愛せる。
「カイル」
「うん?」
カイルの頬にキスをする。
「今、ハンナから…!?」
「ふふ。これからは遠慮なく愛を伝えていくから、覚悟してね」
「は、ハンナ愛してるー!」
「ふふふ、カイル愛してるー!」
抱きしめあって戯れ合う私達。この幸せを手放さずに済むよう、これからも努力していこうと思う。