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『偽想(ぎそう)バカンス』

砂浜にて、連れ立つ二人の若い女優。

夏の終わりの、短い会話。


登場人物

■凛々

観音町(かんのんまち) 凛々(りり)」。23歳。

国内若手トップ女優。黎和3年度「なりたい顔ランキング」3位。

埼玉発のアイドルグループ『GIRLs(ガールズ) De(・デ・) RampAge(ランペイジ)』第2期生としてデビュー。

可憐かつ快活なイメージで、現在は漫画・アニメ原作の実写化作品等に引っ張りダコ。


■珠衣

(はん) 珠衣(たまえ)」。22歳。

凛々と人気を二分する若手女優。黎和3年度「なりたい顔ランキング」2位。

子役出身であり、10歳から出演したNHKの実験的特撮教育番組『パルプうぃっち』にて一世を風靡する(「山内たまえ」名義)。

清楚かつ柔和な物腰と確かな美貌を武器に、近年再ブレイク。スターダムを一足飛びに駆け登った。



―黎和4年8月末頃―


―西暦2022年。

―駅の構内のテレビ映像。とあるインタビュー。


凛々:「ええ〜っ、この夏ですかぁ〜っ?

凛々:いやもうホント、クランクアップしたばっかりなんでもう全然……、

凛々:考えらんないですね、基本ホント(いん)のね、(いん)の者なんで……、

凛々:え? インドアですよホント、全然ねー……、もう皆ねぇ、芸能人に夢を見ないでほしいですっ、寝てますから休みとかね、ホント……、

凛々:まあでもぉ、結局例年通り……、

凛々:珠衣(たまえ)とぉ、どっか行くぐらいじゃないですかねぇ。

凛々:明後日ぐらいにLINEしまぁす、あはははは……、」

―動画投稿サイトの違法動画。とあるワイドショーの切り抜き。


珠衣:「凛々(りり)ちゃんは、そうですね……、本当に、オフでもあのまんまの人で……、昔からずっと、引っ張っていってくれるお姉さんというか……、

珠衣:あ、でも意外と、引っ張られて行った先では、私がお世話したりする事もあるんですけど……、ふふ。

珠衣:そう、夏……、今年も全然、パッとはしないと思うな……、

珠衣:取り敢えず、明日ぐらいにLINEが来ると思います。

珠衣:ふ、ふ、うふふふふ……。」


―映像が途切れる。


【モノローグ】(凛々):今日も、明日も。


【モノローグ】(珠衣):わたしたちはウソをつく。


―タイトルコール。

凛々:『偽想(ぎそう)バカンス』


珠衣:(声が重なり)

珠衣:『偽想バカンス』。



―夏の終わり。

―とある海辺の街。

―瑠璃色のバスの窓、景色が揺れている。


珠衣:……ちゃん、

珠衣:凛々ちゃん。


凛々:(微睡みから醒め)

凛々:ン……、


珠衣:一応、もうすぐ着くけど。

珠衣:……寝とく? 凛々ちゃんだけ。


凛々:……何でよ。

凛々:あと寝てないし。


珠衣:いびき、かいてた。


凛々:かいてないし。

凛々:かくワケないでしょ、私が。


―旧道を行くバスの速度は緩やか。

―古びた冷房の、唸るような微かな音。


珠衣:1つ前の停留所で、降りて行った子たち……、


凛々:うん?


珠衣:気付いてた、かも。こっち見て、ひそひそ……、


凛々:撮られたァ?


珠衣:ううん。多分、スマホは出してなかったと思う。


凛々:じゃ、別に大丈夫でしょ。

凛々:撮られてたって、別に……。

凛々:SNSに上げたきゃお好きにィ、ってか。ハン。


珠衣:どうせ、今日の夜には上げるもんね? 写真。


凛々:その為に来てんだっつーの。

凛々:そもそも。ワザワザ。


珠衣:帰りたくなってきた?


凛々:最初から。来る前から。

凛々:……ナぁンで無理して予定空けて、こんなド田舎のキッタナいバス乗ってさァ、


珠衣:聞こえちゃうよ、


凛々:(ジトリと睨め付け)

凛々:アンタ、なんかと。


珠衣:…………。

珠衣:(滲み出すように笑み)

珠衣:……仕方ない、よね。これもお仕事、だから。


凛々:実質休み無し。家畜かっての。


珠衣:もう慣れたら良いのに。

珠衣:……それなりの事が無ければ……、


―笑みは滲み、広がり、


珠衣:多分、一生、続くんだし。


凛々:…………。


珠衣:じゃない……?


凛々:……キモチワル。

凛々:アンタの、そーいうトコ。


珠衣:…………。

珠衣:えへ……。


―凛々の気怠げな仏頂面を揺らし、バスが停車。

―窓の外、波止めの林から海が垣間見え。

―停留所の標識版には、「暁津浜(ぎょうずはま)」。



―回想。4年前。

―2018年、冬。都内某撮影スタジオ。

―その、休憩所。


珠衣:……さん、

珠衣:観音町(かんのんまち)さん。


凛々:(気付き、顔を上げ)

凛々:はぁいっ!

凛々:あっ、もう次、シーン16ですかぁっ? すみませんスグにっ、

凛々:……って、

凛々:……うっわ。


珠衣:おつかれさま……、です。


―ぺこり、とお辞儀する珠衣。後、清らかに見える、笑顔。


凛々:(辺りを窺い)

凛々:……1人? ……何なの?


珠衣:これ、良かったら。


―静かに差し出す。湯気を立てる、ペーパーカップ。


凛々:何、コレ。


珠衣:スタバの、新作……。「飲みたいのにまだ飲めてない」、って。ブログに書いてた、から。


凛々:1階の、スタバで買って来たの?? ワザワザ??


珠衣:お近付きの、印に……。


凛々:キモ。

凛々:あと……、

凛々:嫌いだから。甘いの。


珠衣:……、へぇ……、


凛々:ブログとか。担当の社員が適当に書いただけだし。


珠衣:ウソ、なんですね。


凛々:アンタもでしょ。

凛々:……(はん)珠衣(たまえ)


珠衣:……はい……、

珠衣:勿論。

珠衣:ふ、ふ……。


―飴細工の如き笑みと、険のある渋面が交差する。

―旧式の暖房器の、呻くような稼働音。


凛々:……何?

凛々:まあまあ疲れてんだけど、私。


珠衣:『ガルデラ』の、


凛々:は?


珠衣:CD……、わたし、持ってました、中学の頃。

珠衣:DVDも、友達と一緒に見たりして……。

珠衣:一人だけ、凄く、綺麗な子がいるな、って。


凛々:…………。

凛々:私も小学校の時、『パルプうぃっち』、観てたけど。


珠衣:あ……、恥ずかしい。


凛々:パッとしない子がやってるな、って思ってた。私の方がまだマシにやれるんじゃない、って。


珠衣:わたしも、そう、思います。


凛々:…………。

凛々:何? ツマンナイ話、しに来たんだったら、


珠衣:いいえ?

珠衣:面白いお話でも、ないと思うけど……。

珠衣:今日……、第4スタジオで、『未知彼(ミチカレ)』の撮影だから、

珠衣:「一人で行っておいで」、って。尚道(なおみち)さんが。


凛々:……あんたんトコの社長が?

凛々:……、何? 一体。


珠衣:聞いてない……?


凛々:仮眠室で寝てたし。まだウチの馬鹿マネージャーとまともに喋ってない。

凛々:……マジで、何?



珠衣:あなたと、わたしは。

珠衣:今日から親友、なんだって。


―沈黙による静寂。


凛々:……、……、

凛々:ハぁン??


珠衣:そうなる事に決まって、

珠衣:今日から、そう、して行くんだって。

珠衣:わたし達はこれから、オフの日に一緒に遊んだり、ご飯を食べたり、旅行に、行ったりして……、

珠衣:その度に写真や、動画を撮って、それを日本中の人に、見てもらうんだって。

珠衣:3年か、4年後には、わたし達が1番と2番、って、決まったから。

珠衣:……もう今の内から、始めておくんだって。


凛々:…………、


珠衣:だから、


―甘さも、硬さも、冷たさすら通わぬ、虚と無の相貌。


珠衣:よろしく、ね……。

珠衣:凛々ちゃん。


―唇だけは、笑みを模していた。



―現在。

―林を通る私道を抜けると、眼前に、青。

―砂浜と、水平線のアーチ。


珠衣:着いた……。


凛々:……暑ァっつゥ……。

凛々:紫外線ウっザぁ……。


珠衣:反応、それだけ?

珠衣:海だよ……、ほら。


凛々:珍しくもないでしょ。

凛々:なんなら、こないだまで散々……、


珠衣:ロケ、湘南だっけ。


凛々:そーよ。年明けから撮影始まってたのに、よりによって最後、真夏に海て……。

凛々:最悪ゥ。マジで。


珠衣:愚痴ばっかり……。


凛々:しょうがないでしょ。気分アガりよう無いから。


珠衣:泳ぐ……?

珠衣:動画とか、撮る?


凛々:撮らない。何もしない。

凛々:……持ってきたの?? 水着、


珠衣:無い、よ。

珠衣:……誰も居ないから、裸でも、良いけど。


凛々:勝手にどーぞ。そんで盗撮されてネットの海にバラ撒かれて、どーぞ。

凛々:……にしても、


―林と岩に間取られた、狭い浜辺を見渡す。


凛々:ホンっトに誰も居ない。釣りのオッサンすら。


珠衣:この時期なのにね……、


凛々:地元民すら来ないんでしょ。

凛々:こんなショボい、……ビーチって言うか……、


珠衣:砂場。


凛々:マぁジソレ。岩とかボコボコで危ないし……、


―緩慢に周囲を見廻し。


凛々:…………。(溜息)

凛々:帰りたァ……。マジで。


―渋面。沈黙。

―波の音。


凛々:……、ちょっと、

凛々:どこ行くの? ふらふら……、


珠衣:(数歩、離れた所で)

珠衣:……松が、生えてる。


―二人、並び。朽ちかけた針葉樹を見上げ。


凛々:コレ、松?

凛々:……キッタナ。枯れてるし、ほぼ。


珠衣:防砂林の名残り、かな。

珠衣:……独りぼっちの、最後の、生き残り……。


凛々:て、言ってたってツイートしたらイイわけ?


珠衣:良いよ……、書いても。


凛々:書くか。キモいわ。


―海風が細い葉を揺らし。

―何とはなしに、二人、松の樹を見詰め。


凛々:……樹とかの表面って。

凛々:よく見たらグロ……。


珠衣:そう……?


凛々:グロいじゃん、ボコボコでブツブツしてて……。切り株とか木目とかもキモいし。


珠衣:全部、キモいの?


凛々:結構、何でも、キモいっちゃキモいじゃん。

凛々:食べ物とかもよく見たらキモい。

凛々:肉とか魚とか、無理な時は無理……。


珠衣:思ったこと、ない。


凛々:キモくないのが当たり前、って思い込んでるだけでしょ、大概。

凛々:……人間の肌とかも近くで見たらキモいしな……。ブスとか美人とかの前に。


珠衣:毛穴、とか……?


凛々:……何か、表面の、筋の感じとか。細かく考えたらゾワってする。

凛々:近くで見たら全部一緒。

凛々:大体、みんな、全部キモい。


珠衣:疲れてる……?


凛々:元気そうに見えるゥ??

凛々:もー、写真1枚撮る為に温存してるダケだし。こんな事でもなきゃ部屋で寝てんだから、マジで……、


珠衣:(不意に)

珠衣:わたしは、


―虚無の貌。


凛々:……っ、

凛々:その、急に無の顔になるのヤメてって、


珠衣:やっぱり何も、思わない、かな。

珠衣:何を、見ても。近くで、見ても。


凛々:……、何ソレ?


珠衣:松を見たら、松だ、って思うし、

珠衣:お肉や、お魚や、……人の肌を見たら、

珠衣:お肉だな、魚だな、人の、肌だな、って、

珠衣:思う、だけ。


凛々:……、

凛々:だから何だってーの?

凛々:今更、私相手に何アピールか知んないけど、


珠衣:(遮り)意味が無いような、気がするから。


―潮風。

―波の音。


凛々:……意味ィ?


珠衣:…………。


―日は高く、松の枝の下は一層暗い。

―麦わら帽子の影に隠れ、珠衣の表情は窺えず。


珠衣:わたしたち、って……、

珠衣:ウソをつくのが、お仕事でしょ。


凛々:……、


珠衣:日本中に、世界中に、ウソの自分を見てもらって、お金を、貰って。


凛々:……皆がね?

凛々:ペーペーの新人も、ベテランの大御所サマも。

凛々:それこそコノ業界で生きて行くっていうなら全員が、


珠衣:わたしたちは、特別。


凛々:……、

凛々:暑さで脳ミソ湯立ったァ?

凛々:天狗か? 急に。


珠衣:ものすごく、たくさんの人に……、

珠衣:選ばれて、いるから。


凛々:「好感度番付け」?

凛々:「なりたい顔ランキング」?

凛々:アンタさァ私に1回勝ったぐらいで調子に乗ってんじゃ、


珠衣:(遮り)全部。


凛々:っ、



珠衣:……全部……。

珠衣:人気も、お仕事も、全部。


凛々:……、


珠衣:……座る? 凛々ちゃん。


凛々:(はたと気付き)

凛々:ああ……、

凛々:そー、ね。そーいや……。

凛々:……クソ暑い。ていうか。


―二人、おもむろに移動し。松の幹に身を寄せ、しゃがみ込む。


珠衣:レジャーシートだけ、持って来た……。


凛々:……、私も。


珠衣:そうなの……?

珠衣:実はバカンス気分? 結構。


凛々:違うし。前に何も無くて写真撮る時困ったから。念の為。


―各自、バッグよりシートを取り出し。


珠衣:あ……、

珠衣:かわいい、そのシート。『フェリージェム』の……、


凛々:……雑誌の撮影で使ったヤツ。

凛々:デカ目のペイズリー、良いじゃんって思って、


珠衣:買い取った?


凛々:けど。

凛々:結局仕事仕事で休みもなく……。


珠衣:夏が終わる前に、使えて良かったね。


凛々:……よりによってあんたなんかと。

凛々:こんな、映えのバの字も無い海で。


珠衣:わたしのはもうボロボロの、中学の頃から使ってるやつ……。


凛々:あざとォ。

凛々:イイって、何か番組の、私物チェックとかで言いなよ、そーいうの……。


―砂の上のシートに腰を下ろし、膝を崩す。


凛々:はぁっ。

凛々:足疲れた……。……もー歩きたくない。


珠衣:バス停まですぐ、だよ。


凛々:すぐでも。カメラに映ってないトコでなんか一歩だって歩きたくない。


珠衣:撮っててあげようか。


凛々:誰が観んのよ、ソレを。


珠衣:わたし……。うふ。


凛々:キモ。


―ふ、と息をつき、水分補給。

―日陰の風は乾き、幽かな、秋の気配。


凛々:……一周回ってコレが現実かァ。

凛々:映画の中では、湘南のビーチで

凛々:「私とっ」!

凛々:「永遠を一緒にっ」!

凛々:「作ってくださぁいっ」!

凛々:とか言ってんのに。


珠衣:わぁ……、


凛々:んで花火ドーーーーン。

凛々:今の時代にホロミラージュでもないガチの花火ドーーーーーン。


珠衣:台詞のところ、もう一回言って……?


凛々:嫌だドーーーーン。

凛々:挙げ句に打ち上げ失敗してボヤ騒ぎドーーーン。そんで監督の拘りでもっかい打ち上げて予算オーバードーーーーーン。


珠衣:うふっ、うふふふっ、ふふ……。


凛々:その辺バカだから、あの人。

凛々:あコレ、試写会の時用に取っとくらしーから言っちゃ駄目だよ。


珠衣:うん……、わかったぁ。ふふ……。


凛々:んで……、実際はコレよ。

凛々:事務所命令で友達営業。全然リアルが充実してないしな、コレ。

凛々:そりゃ意外と庶民派、ってイメージでも売ってるけどさァ、

凛々:言ってこの、天下の観音町凛々がさァ、


珠衣:でも。

珠衣:……わたしたちに取っては、


凛々:んァ?


珠衣:どっちがリアルで、どっちがウソ、なのかとか……、

珠衣:もうわからない、ね。


凛々:……、


―潮騒。

―再び、影の中に陰が差し。


凛々:……さっき言ってたヤツ?

凛々:何なの、ソレ。


―珠衣の、薄く細い唇が開き。


珠衣:今度……、来年の、春の舞台でお世話になる演出家の先生が、仰ってたんだけど……、


凛々:あーーー……、

凛々:アイツでしょ、弦ヶ(つるがさき)とかいうオバハン。

凛々:前に私の悪口言ってたらしーじゃん。嫌いって程も知らないヒトだけど、


珠衣:敵は、多そうな人……。

珠衣:でも、良く考えて喋る人、だと思った。


凛々:ふゥーん。

凛々:……ソイツが?


珠衣:言ってたのは……、

珠衣:役者でも、歌手でも、コメディアンでも……、

珠衣:芸の道で、生きている人間は、

珠衣:全員、一人残らず、

珠衣:……河原乞食(かわらコジキ)だ、って。


凛々:うわ、放送禁止用語キタ。ピー入るよピー。


珠衣:アイドルも、グラビアの子たちも、他の、どんなに芸が無い、芸じゃ無い、って、言われてる種類の人達も……、

珠衣:ソコからは逃れられないんだ、って。


凛々:……、


珠衣:それでどんなにお金を貰って、有名になって、偉くなったように見えても……、

珠衣:人から選ばれていなければ、存在を許して貰えない種類の人間達だから、

珠衣:全部同類の、物乞いなんだ、って。


凛々:……選ばれて、


珠衣:選ぶ側は、いつだって選ばれる側より偉くて。

珠衣:選ばれる側は、いつだって下なんだ、って。

珠衣:だからどんなに華やかに見えても、わたしたちは、お客様よりも、どんな人よりも、下の側に、居るんだ、って。


凛々:(思案)

凛々:…………、

凛々:ガチのセレブだったら芸能人を結婚相手に「選べる」けど、

凛々:芸能人としてどんだけ上に行ったって、セレブを「選べる」側にはなれない、みたいな話?


珠衣:そう……、そう、なの。

珠衣:やっぱり、凛々ちゃん、頭良い……。


凛々:要するに、だけどさ。

凛々:……、ハン。


―皮肉げに嗤い。


凛々:まー確かに? 例えば私にしろ、あんたにしろ……、

凛々:そこそこガッツリ、色々にお金出させて、コッチに進ませて貰ったケド……。

凛々:逆に言えば、子供に芸能やらせる程度には品の無い家柄、ってコトだもんなァ?


珠衣:そう、だね……。

珠衣:私も……、中学ぐらいまでは、「凄いね」って、本当に、応援してくれる子もいたけど……、

珠衣:高等部の頃には皆、お腹の底では馬鹿にしてるんだろうな、って……、

珠衣:顔で、わかった。


凛々:……京都の、なんだっけ、あのお嬢サマ学校。


珠衣:「ジギタリス」。


凛々:で、大学で本格的にコッチ来て、か。


珠衣:そう。

珠衣:引っ越しの時も、一緒に写真、撮ったよね……。


凛々:マぁージで虚無の時間だったわ、アレ。

凛々:てか……、あざと。その感じで関西、しかも京都弁もイケるとか。


珠衣:そうかな……?


凛々:喋ってみてよ。「なんとかなんとかどすえ〜」、みたいな、


珠衣:うふ……。

珠衣:そんな風に喋る人、居なかったけど。

珠衣:……でも、本当に……、


―偽りの友に向ける眼は、


珠衣:昔、普通に話してたような言葉、

珠衣:忘れちゃった……。


―黒曜石の虚無の色。


凛々:……、


珠衣:声が、(つか)えて、どうやっても無理なの……。

珠衣:ドラマやお仕事の台詞だったら、大丈夫だと、思うけど。


凛々:…………。

凛々:あっそ。特に興味ナイけど。

凛々:……で??


珠衣:あ……、えっと、


凛々:ソコソコの仕事貰って調子コキ始めてる演出家に、勢い任せで好きホーダイ言われて。

凛々:何をイマサラ、ナーバスになってるって??


珠衣:……、そういう感じでも、ないけど……。

珠衣:ただ、あらためて思った、だけ。


凛々:何を。


珠衣:わたしたちは……、


凛々:一緒にすんなよ、あと。


珠衣:きっと誰からも、選ばれているのなら、

珠衣:きっと誰よりも……、下に居るんだ、って。

珠衣:不思議と、納得、したの。


凛々:……、


珠衣:だって……、ね?

珠衣:わたしが自分で選んで、好きだって、思える人よりも……、

珠衣:わたしを直接には知らなくて、でも、わたしを好きだって思って、選んでくれる人の方が……、

珠衣:ずっと、数が多いでしょう?


凛々:……アタリマエじゃん。

凛々:芸能人なんだから。


珠衣:でも、それでも、

珠衣:……あまりにも、違うな、って、

珠衣:……思っちゃった、の……。


凛々:……、


珠衣:だから、わたしの、わたししか知らない、自分の気持ちや、感情にも……、

珠衣:きっと、意味なんて、無いんだろうな、って。


凛々:……、


珠衣:だって……、わたしを好きって、言ってくれる人の殆どは……、


―松の陰に虚無が揺れ。


珠衣:わたしを、しらないひと。


凛々:……、……。


―海風。

―渋面。

―溜息。


凛々:……くっだらなァ。

凛々:病んでんじゃナイっつの。イッチョマエに。


珠衣:……ごめんね。


凛々:あんたさァ、


珠衣:うん、


凛々:覚悟が足んないだけだから。ソレ。


珠衣:……、

珠衣:覚悟……、


―風が吹き、葉擦れの音。


凛々:ウダウダウジウジ言ってるけど。

凛々:1回落ち目になって消えた後、急にまたゴリ押しされ出して。

凛々:ビビってるダケ。


珠衣:…………、


凛々:頭で、理屈でどんだけ解ってたって意味ないから、こんなん。

凛々:そもそもが器じゃないんだし、アンタなんて。


珠衣:……、


凛々:画面に映って、商品になって流れてる時点で、リアルはそっち。

凛々:……ワルイけど全然わかんないわァ。アンタよりは後だけど、デビューからずゥーーっと売れてて、最終今が一番売れてて。

凛々:選ばれてない時の方が少ないから。私って。


珠衣:……知ってる……。

珠衣:(微かな囁き)誰よりも。


凛々:ショセン子役崩れの癖に。

凛々:調子乗って諦めたみたいなカオして。ギャップに着いてけてないのを、カッコつけて達観したみたいにさァ?

凛々:偉そうに言っといて、結局アンタが一番ウェットなんじゃん。


珠衣:……、


凛々:ガクセー気分が抜けてないんじゃないの。

凛々:慣れが足んないのよ、

凛々:「覚悟」って慣れの事だから。


珠衣:慣れ……、


凛々:「やれ」って言われて。

凛々:「やる」って言った癖に。

凛々:大事にし過ぎと違うか、自分のキモチ。


珠衣:……、気持ち……、


凛々:そんなザマでこの先持つ?

凛々:一生、続くんでしょ。あんたが言うには。


珠衣:……、

珠衣:……。


―珠衣は、黙考。凛々は憮然と、幾度目かの溜息。


凛々:嫌ならスパっと辞めれば。

凛々:そーしてくれた方が精神衛生上助かるわ。知ってると思うけど……、

凛々:私、あんたのコト大っ嫌いだから。


珠衣:…………、

珠衣:…………。


―遠く、海の向こうで波の轟き。

―珠衣の唇が帽子の影で、僅か、滲むように笑み。


珠衣:…………さっきね……?


凛々:あん?


珠衣:さっき……、何を見ても、自分では何も、感じないって、言ったけど……、


凛々:……、何、


珠衣:海とか、空とか、大きな、綺麗な物を見たり……、

珠衣:人の、お肌とかを、見た時はね、


凛々:肌……?


珠衣:今日は、荒れてるな、とか……、

珠衣:いつも、綺麗だな、とか……、

珠衣:そういうことは、思うし、感じるの。


凛々:……だったら、何も感じてなくないじゃん、て。

凛々:もーイイから。何なの??


―じ、と、珠衣の視線を感じ。


凛々:……凝視すんな、人のカオを。


珠衣:……凛々ちゃんは、いつも肌、綺麗。


凛々:キ、キんモっ! キモからのキモっっっ!!

凛々:…………限界じゃ。

凛々:とっととツーショット撮って帰るし。ほらスマホ、


珠衣:(不意に)

珠衣:凛々ちゃん。


凛々:っ、……何、


珠衣:今日は……、

珠衣:本当に、ありがとう。

珠衣:一緒にお出かけ、してくれて。


―笑みの形の、陰影。


凛々:(眉根を寄せ)

凛々:…………。

凛々:アンタんトコのマネージャーに言っとくわ……。

凛々:「おたくの看板、このままじゃ近い内、使い物にならなくなるぞ」、って。


珠衣:……、


凛々:おクスリなり、カウンセリングなり。

凛々:セーゼー社会人として、マットーでテキセツなケア、してもらえばァ?


―暫し、波音だけの静寂。


珠衣:…………。

珠衣:……うふ、ふ、ふ……。

珠衣:うふふふふふ、ふ……。


凛々:キモ。その笑い方も嫌いだわァー……。


珠衣:凛々ちゃんは……、

珠衣:ケア、してくれないんだね……?


凛々:…………、


―辟易を隠さず、


凛々:するワケないじゃん、て……。


―人の為ならざる言葉を、吐き捨てる。


凛々:友達じゃ、あるまいし。


珠衣:…………。

珠衣:えへ……。


―飴細工の笑みと、渋面が並び。

―日は傾き始め、潮騒に、松の葉が揺れていた。



―後日。

―観音町凛々のSNS上にアップされた、短い動画。

凛々:「はいどーもっ。見ての通りお休み頂きましてっ、

凛々:わたくし今日はっ、海にっ、来ておりまぁーーすっ。ザザぁ〜〜んっ。

凛々:ほいでほいでっ、なんとぉ〜っ、」


珠衣:「こんにちわぁ。」


凛々:「皆さんお待ちかねっ、凛々のボッチ友達のぉ、あボッチなのに友達って変だけど、」


珠衣:「繁珠衣です……、どうも。」


凛々:「独りで海はマジツラなんで付き合わせちゃってまぁ〜す。ごめんマジでぇ。いつもぉ。」


珠衣:「うふふ、ふ。楽しいでぇす。」


凛々:「結局今年もこの二人で海かぁ〜っ。去年から予想してたけど案の定〜っ。」


珠衣:「もう予定、空けてましたぁ。」


凛々:「あははっ。ってことでぇ〜っ、

凛々:さらばっ、夏ゥーーっ。

凛々:来年もまた、」


―動画が途切れ。

―笑顔のツーショットが静止し。


―【終】

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