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第82話 地獄の匂い

「――シェン! そっちは任せた!」


「おう!」



 僕とシェンはお互いに背を向けてそれぞれの相手に向かい合う。僕の相手はエレーナだ。


 以前戦った――もっと言えば共闘したエレーナの戦い方はある程度知っているつもりだが、どう変化したかによっては相当苦戦出来る相手に違いない。


 向こうも本気を尽くして戦う様子だし、僕も本気でかからなくては負ける。



「エレーナさん……前、よりもッ火力上げましたね!」


「そっちこそッ!」



 エレーナは何度も拳で僕に殴りかかり、意識外からの攻撃を意識しているのか多彩な手段を持っている。


 このまま格闘戦が続くと僕が圧倒的に不利だ、流れを変えなくては。



「……ッ」


「無詠唱! そんな火の粉私に当てられませんよ――キャッ!?」



 僕は右手から火炎球もどきを放出し火炎刃を纏わせた剣でエレーナに斬りかかった。

 真っ二つにするつもりで攻撃を仕掛けたが相手も魔力を纏っているためダメージは一切通らず0ダメ。


 だけどこの剣はあくまで前座に過ぎない。この攻撃には2つ理由がある。


 1つは【猛撃】が適用されるかどうか。2撃目をすかさず彼女の拳に当てるがダメージに変化が見られなかったので付与魔術(エンチャント)は効いてないみたいだな。


 なら、もう1つの方はどうだ?



「……何これ」


「ん……? なんの匂いだ」


「……この香りは」



 僕が指を鳴らし無詠唱で発動すると、クローピエンス一同は次々に狼狽え始める。

 それもそのはず、僕はこう見えて魔力を限りなく抑えているのだ。


 少なくとも現在のエレーナと比較しても魔力量は何倍も僕の方が多いだろう。



「【炎天(エンテン)】……!!」


「……これは?」



 さっき僕が撃ち込んだ火炎球もどきから空を舞う小さな灰にポツリと火が灯る。

 蛍くらいしかない微小の輝きが、一気に伝染して辺り一帯を照らす炎に変わった。


 僕は吠える。



「これで視界確保出来る……こんくらいの風なら僕の炎は負けない」


「火が……」


「灰が燃えてる……どういうことですか、天汰さん!」


「灰が燃えないってのはただの思い込みだ!」



 夕陽のように照らす天空から降り注がれた火炎が、地面に落ちている灰にも引火しそれぞれを分断していく。


 これならグラスティンの背後に並んだ人形達もくっきりと見える。


 だが、僕はそれ以上に見てはいけないものを見てしまった。



「嘘だ……本当に総動員じゃん……」


「そうです! 私達はあなた達を討伐しに、来ましたから! 発勁ッ!」



 僕達を、屋敷を囲うように目で数え切れないほどの人数が立ち尽くしていた。逃げ道は無い。


 彼らは炎天のおかげで近づくのを躊躇していたがこれも時間の問題だ、今のうちに壁が薄い所を見極めておかないと、目の前のエレーナには悪いけど。



「……く、何故っ、攻撃を避けるんですか!?」


「エレーナさんなら1発で仕留められるからですよ……! ……ここか!」



 僕は剣を振るいエレーナの脇腹を狙うが、また避けられてしまう。2つ以上を目で見ながら戦うの結構難しいな。


 そうだ、シェンの方はどうなっているんだろう。僕はエレーナを横目にシェンの様子を見る。


 シェンが戦っている相手はエレーナ同様に接近戦を得意としている様子だが、シェンだってバランス良く強い。

 そう簡単に負けるような奴ではないことは知っているぞ。



「……ッ」


「どう? 効いてきました? 私の発勁!」



 エレーナが使っている発勁――これは元々中国に伝わる武術に関係する物のはず……本来異世界に存在し得ない技術で、皆と違う特殊な衝撃が体内に直接流れてきているのだと思う。


 要するに、エレーナの発勁で僕の心臓が張り裂けそうになるほど痛んでいる。



「……天汰さんの剣、いつの間にか折れてたんですねっ!」


「ああ……くそっ! 【火炎球】! 【火炎竜巻】、【火炎――」

「遅い!」



 エレーナの手のひらが僕の腹に触れ、多量の魔力が体内の魔力とぶつかり合い、僕の身体を吹き飛ばした。



「はぁ……はぁ……ゲホッ……血……?」



 口内でじんわりと滲んだ真っ赤な液体が地面に垂れる。


 それを見てもエレーナの表情は変わらず、真面目な顔をしていた。



「息苦しくなってきましたね、でも全部天汰さんのせいですから」


「…………く」


「――かかれーッ!」

「――あのガキを殺せ!」

「――弱っている今がチャンスだ」


「ちょっと! まだ私達話し合いが……」



 目を離していた隙に奴らは僕とエレーナの周りに集まり、僕に向けて各々が魔法や剣、銃を使ってトドメをさそうとしていた。


 避けようにも身体の再生が追いつかず、乗り越える解決案も浮かんでこない。



 そんな時、残った力で首を動かしふと空を見上げると、僕が灯した光が幻想的に瞼に写る。これが走馬灯?



「ぐわあっ!」


「……どうしましたマギノ先輩!? ……ってあなたは、どうやってここに……クローピエンス以外入り方知らないはずじゃ」


「……あれは」



 ……なんだ、騒がしい。僕は最後の力を振り絞って上を向いてしまったから周りを確認する気力が残っていないんだ、もう少し待ってくれないか。



 ……甘い香りが宙を舞っている。



「「おりゃあああああーッ!」」


「【青薔薇】ァッ!」


「まにあいましたね! 天汰さん!」



 僕を囲むクローピエンス達を蹴散らすように、二人は着陸早々暴れだす。


 複数人の苦しむ声が聞こえるとともに僕は地面を誰かに引きずられ――浮かんだ。



「う……イコさん……? ど、どうやってここに!?」


「ワタシもいるからね!」



 焦げた匂いが充満していた戦場で唯一僕が気が付いたあの甘い香りの正体は、イコさんだったんだ。

 僕は全身を糸で巻かれたままイコさんに持ち上げられ、そんなイコさんをヘラルが支えて空中で浮かんでいる。



 さっきまでいた場所を見下ろすと、シェンの側にニーダが庇うように立ち、その近くにシェンの対戦相手が倒れていた。



「私達はこの明るい空を見つけて、ここまで来れたんです」


「そう! 全部、天汰。あなたのおかげ」



 二人の表情は雲一つかかっていない明るい笑顔。しかし、彼女達の顔に所々かすり傷を作っているのも同時に分かった。


 僕とシェンを助けるためにここまで来てもらったんだ。二人には感謝してもしきれないくらい。



「本当に……ありがとう、二人とも」


「えへへ〜照れるな〜」


「僕も二人が来てるって匂いで分かったよ」


「……えええ!?」

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