第8話 ツバキは艶やかに
あらすじ
3日後に女神襲撃なるイベントが起こることを知った天汰は鍛えることになった。
「……天汰さあ、リチアって姫に言われた事気にしてんの? 別に良いのに、筋トレとか無駄だよ」
「無駄……なんかじゃ……ない! それに、ちょっといつもより量を増やしただけだ……5714……5715」
リチア様に余命宣告をされ怒ってしまった僕は、無銭で泊まらせてもらっている宿に帰ってからずっと日々の習慣である筋トレをしていた。
ダイアさんもゼルちゃんも気を遣ってか、姉ちゃんと一緒にまた何処かへ出かけていってしまった。
おかげで僕は何時間もヘラルに軽口を叩かれながら今は上体起こしを行っている。
「いやホント……いざとなったらワタシが護れるからさー、警戒するほど強くはないよ女神なんて」
「……だとしても僕とかゼルちゃんなんかは死ぬかもしれないだろ。だから戦えるようにならないと」
「あいつらはともかく……天汰はね、弱くはないよ。覚えてる? 最初にゴブリンを蹴ったときの数値」
「…………あれは偶然だ」
「違うよ。理由はワタシにも分からないけど何故かダメージだけは異常な数値を出せるみたいね」
たしか……あの時、10万と頭上に見えていた。あの様子をへラルはどうやら見ていたんだな。
「へラル……何時間僕は続けてた? 予想だとまだ3時間も経ってないと思うんだけど」
「不正解ー、もう4時間過ぎてる」
「嘘!?」
僕は慌てて上体起こしを止めてから立ち上がった。
「……汗、かきすぎ。ぐしゃぐしゃになってるから水でも浴びてきたら? 人って、そういうの嫌がるんでしょう?」
「……分かったよ。1階にあるんだっけ?」
「階段を降りて、入り口の反対に進んだ最奥にあると思うけど」
「……ありがとう」
不本意だが、悪魔にお礼を言ってしまう。それにこんな世界とはいえ、流石にこんなビシャビシャなのも気分が悪い。
時刻はもう19時に差し掛かろうとするくらいだろう。
「えーと……右だよな」
こんな状態で誰かと会いたくはないので、出来るだけ急ぎ足で階段を駆け抜け、通路を右に曲がり進む。
ルドベキアの街並みとは正反対にこの宿の内装は完全に和風だ。異世界にも落ち着く所はあるのだなあとしみじみ。
そして、誰とも遭遇せずに風呂に着いた。ここは日本で言う温泉施設らしく、魔力増加だったり体力の最大値上昇と旅人から莫大な人気を得ていて予約を取るのも結構難しい所らしい。
そんな所を手配してもらえるのは転移という不運な僕に対しての温情なのか、はたまたシュウに対する労いなのか。
いや、それとも……せめて最期くらいは幸せに過ごしてほしいという要らぬ心配からだろうか。しかし、それは杞憂に過ぎないが。
「おお……!」
思わずその内見の良さに感嘆の声を上げてしまう。見ただけで効果がありそうと感じさせる奥ゆかしさに、僕はどこか懐かしさを感じていた。
これは、家族旅行で行った群馬の温泉を超えるかもしれない。
色々な面倒事……ここに来てしまったこともそうだが、そんな疲れをすべて吹き飛ばしてくれるかもしれない。
「まずは、汗を流さないとな」
あっという間に汗まみれとなったシャツや下着を脱ぎ、テュポーンズ御一行と書かれた洗濯用のカゴ(?)に畳んで置いた後、予め配られたタオルを握って室内に突入。
「魔法って……すごいんだなあ……」
シャワーに近い形状の物に触れると、ホースも繋がっていないのに水があふれ出てくる。
それを使って髪から水を垂らし、魔法による全自動全身洗浄乾燥機に身を任せる。凄くハイテクだ。
僕にとってこの施設は唯一のモチベと言っても過言ではない。
3分もかからぬうちにその快適な時間は過ぎ、これだけで風呂の役割を果たし終えた。だが、この絶景を見ておきながら、実際に体験しないのは勿体無い。
間髪を入れず、湯船に進撃。
「ああ……気持ち良い……」
「ですよね」
「えっ」
聞きなれぬ声に驚き、立ち上がろうとするも足を滑らせ水中に潜り僕は溺れる。
「ちょっとちょっと、大丈夫すか?」
その人に右腕を握られ、勢い良く引き上げられる。
「すみません……ありがとうございます」
僕は湯船に浸かりながら頭を下げて謝った。そうだ、ここは別に貸し切りと言う訳ではなく、他にも客はいるのだ。ここまで一度も人と遭わないからと油断していた。
「ここ……初めてツバキも来たんすけど……落ち着けて良いところっすね」
「そ、そうですね……」
この方はツバキさんというのか。なんだか日本らしい名前だし容姿も僕とこの人の顔写真を見比べたら間違いなく全員がツバキさんを選ばれると思えるぐらい、整っている。
……容姿に自信がないわけではないが。
「お疲れっすね。なんかやってきたんすか?」
「えと……まあ、人生の5本指に入るレベルには頑張ったかな?」
「おおー、イイっすね。ツバキは人生……いや、ルドベキアの歴史の3本指に入る偉業を成してきたんでね……いやー……今回は大物。あんなに手強いのは初めてっすよ」
「何を、成されたのですか?」
彼が纏う雰囲気に、思わず敬語が漏れ出る。
こういうのはタメ口で話す方が意外と上手くいくものだとこれまで生きてきた人生で学んだのだが、やはり注意しないと敬語が出てしまう。
そういえば、他にも4組もパーティーで泊まると聞いた。その中にシュウクラスの強者がいるかもと睨んでいたが……まさか、すぐに会えるとはね。
「――利益1500%すよ! 今日は久しぶりの休息だったんすけど、溶かさなければいいなーとか考えていたときに、なんと1500%! まだ誰にも皆に報告してなくて……いやーツバキ超ツイてるっす! これは勝利の悪魔がツバキを呼んでるっすね! アハハハハハハッ!」
うわー、絶対に話しかけちゃいけないタイプだ。笑い声もヤバイし。
「あ、君の名前なんて言うんすか?」
「あーえっと……はい、天汰と言いますね」
「へー! オシャレだね。パーティー? どこ入ってたりするんす?」
「テュポーンズです……」
「ん?」
どうした? 急に顔の表情筋が固まったぞ。なんだ、言っちゃいけないのか?
ルースさんもリチア様も何にも言ってなかったが、実は良くない名前だったりしたのか?
「……あ、あ、そ、そうなんす、ね〜」
「……ん?」
急に歯切れが悪くなりだしたぞ。やっぱり言っちゃ駄目だった?
額から汗が止まらなくなってきた。
しかも、ツバキさんまでも……何が不味かったのか、教えてくれよ!
「ツバキと……同じパーティー……だったんすねぇ〜……」
「……」
え?