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学園計画   作者: 洋野留衣
9/15


「さあ、感動の再会はそれくらいにして。康介も咲希も、周りがどれだけ驚いてるかわかっている?」

「そうだよ! さっさと自己紹介して、みんなでご飯食べよう!」

 姫と柚子に声をかけられて、咲希は康介から身を離した。見られている頬に熱が集まるのがわかる。


「一条慧です、よろしくお願いします」

「結坂咲希です。えっと……兄がお世話になってます」

 ペコリと頭を下げると、湧き上がったのは驚きと歓声だ。


「ええっ!」

「康介先輩の妹!? 似てない!」

「でも優秀なとこは同じか!」

「咲希ちゃんも慧君もいらっしゃい!」

「よく来たな! おめでとう!」

 至る所から声があがるけれど、否定的な言葉は一つもない。二人は大きな拍手と共に、正式に先端技術科の一員として迎え入れられた。


 拍手が収まると、康介は二人を奥のテーブルへと促した。連れて来られたテーブルに空席は二席のみ。当然の流れで咲希は康介の隣に、慧はその隣に座った。


「さあ、いただきましょうか。二人の新入生と、新学期に乾杯」

『乾杯ー!』

 姫の音頭でノンアルコールシャンパンで乾杯すると、宴会が始まった。

 とは言ってもテーブルの上にはシャンパンとミネラルウォーターのグラスにクロスとカラトリーだけ。料理はどこにもない。どうするんだろう、なんて思ったところで。


「お待たせ致しました」

 気配なんて感じなかった。入口の反対側からたくさんの料理人達が現れたかと思えば、次から次へと料理が運び込んできた。


 お寿司に天ぷら、唐揚げに海老フライ。ハッシュッドポテトにステーキやグラタン。薄く切ったフランスパンに色とりどりの具材が乗せられたブルセケッタやチーズが香ばしいパスタ、グリルチキンにローストビーフ。鯛がまるまる入ったアクアパッツァとたくさんのピンチョス。思いつく限りのお祝い料理が並んだ。しかもみんなで取り分ける大皿料理ばかりだ。


「やっぱり今日は、マナーを気にしなくていいものにしようと思ったの。咲希と慧もたくさん食べなさいね」

「お寿司も美味しいよ!」

 大きなテーブルに溢れんばかりに並べられた食事は、昨日より更に美味しく感じられた。

 大勢で食べるのをこんなに楽しいと感じたことはない。咲希はまず、柚子お勧めのお寿司をお皿に取り分けた。



「それにしても」

 姫が切り出したのは、テーブルの上の料理がデザートに取って代わられてすぐのことだ。


「面白かったわ。康介ったら帰ってきたかと思えばいきなり新入生の名前を聞いてきたの。男の子が入ったわよって伝えたら途端に出て行こうとするんだもの。動揺しすぎよ」

「……騙しやがって」

「あら。私がいつ、男の子だけだって言ったかしら?」

「屁理屈女」


 まだ康介に聞きたいことはたくさんあるけれど、とにかくこの時が楽しくて仕方ない。知らない康介の一面を見られるのが、嬉しくて仕方ない。

 咲希の表情は緩みっぱなしだ。


「康介先輩あの時どこに行こうとしてたんですか?」

「あ、蓮も同じこと気になってたんだ。もしかしてAランク以上の名簿に咲希が載ってるか調べに行こうとしてた? AかSなら姫が誘うかもしれないから!」

 康介は無言。つまり肯定した。


「……本当に不器用だよね、康介って。せめて手紙くらいくれればよかったのに」

「……悪かったな」

 それだけ言うと、康介は決まり悪そうに食べることに集中しだして、またテーブルに笑いを運んだ。



 夕食の後は、慧と共に初めて談話室に入った。本当に半数近い寮生がいて、集まって話していたりお茶を楽しんでいたり読書をしていたり。好き好きに過ごしている。


「お、二人も来たんだな」

 その声の持ち主は、奥の二人掛けソファーに柚子と仲良く座っていた。

「あ、蓮先輩、柚子先輩!」

「こっちに来いよ」

「今、紅茶を淹れようとしてたところなの」

 人好きのする笑みを浮かべる優しい二人。断るわけがない。勧められるがままに向かいのソファーに座って、もう一度室内を見回した。


 各テーブルには造花が飾られ、シュガーポットやミルクも用意されているし、全体的にモダンな雰囲気に纏められたその空間は本格的な喫茶店そのもの。喫茶店と違うのは部屋の一角に大きな棚があり、そこで自分達でお茶やお菓子を用意しなくてはならないことくらいだ。


「ちょっと待っててねー! 柚子様特性ブレンドティー、自信あるの」

 ウインク付きで出された柚子特製ブレンドティーは、学年一のグルメを自称するだけあって本当に美味しかった。ほのかな甘味と香りが口いっぱいに広がり、身体が芯から温まる。


「美味しい……」

「でしょ? ケーキとの相性も抜群なんだから! あ、冷蔵庫にガトーショコラとモンブランがあるけど食べる?」

「いや、いいです……」

「私も」

 夕食あれだけ食べたばかりですし。咲希がそう付け加えると、蓮もそれはそうだとばかりに大げさに頷いた。


「そうだ。そろそろ私服や日用品を買いたいんですけど、ショップ街に買いに行っていいんですか?」

「あ、私も服を買わないと。荷物は没収されちゃったし」


 実際、支給された私服はもうひと組みしかない。不安げな二人の後輩に、柚子はにっこり笑った。


「あ、それは大丈夫! でも、新入生だけで行っても必要なものとかわからないでしょ? 明日、姫と園香先輩が連れて行ってくれる筈だから」

「慧は俺とな。買うもの多いぞ」

 二人の心配ごとはこれで一つ片付いた。


「康介先輩と話さなくていいのか?」

 尋ねたのは蓮だった。

「話しますよ。というより聞き出します、色々と。部屋押し掛けてやります」

そう意気込むと、慧が吹き出す。

「何よ」

「別に。頑張れ」

「じゃあそんな咲希に、いいことを教えてあげよう。康介先輩の部屋はね……」

 部屋を決めた際の三人の笑みには、こういう意味もあったらしい。



 咲希その部屋にノックもせずに入りこんだ。飾られた部屋番号は54。すぐ隣だ。


「康介?」

「やっぱり来たか」

「当たり前でしょ!? 聞きたいことたくさんあるんだから!」

 文句を言うと、康介は宥めるように隣を勧めてくれた。大きなソファーは二人で座ってもまだ余裕がある。


「ねえ、何で康介と玲央は手紙一通くれなかったの? 一樹と由羅からも、一通しかきてないし。それと、三人は他の寮なの? ここに来たらすぐ会えると思ってたのに全然会えないし!」

 聞きたいことはたくさんあって、言葉は次々に出てきた。なのに答えはなかなか返ってこない。それどころか康介は面倒だとばかりにため息までつく始末。


「何?」

「いや……まず、手紙や電話は簡単にできるもんじゃないんだ。俺が出さなかったことは謝るけどな。で、一樹と由羅は特進科、玲央は普通科だよ」

「じゃあ、その寮に行けば会えるの?」

「やめろ」

 康介の声が一段と低くなった。


「何で……?」

「あいつらは変わった。会ってもショックを受けるだけだぞ」

「変わった? 一樹が? 由羅が? 玲央が?」

「そう言ってるんだ」

 康介が嘘をつくわけがないのはわかっている。でも、信じられない。


「由羅は服装も容姿も派手になって、ショップ街で豪遊してる。玲央は今、金髪でピアスを左右に三つずつだ。それが、お前の知ってるあいつらか?」

「でも……」

「でもじゃない。絶対会いに行ったりするな」

「え、でも、その……それなら一樹は!? 一樹になら会いに行ってもいいでしょ⁉︎」

「咲希」

 言葉を遮る康介の表情はあまりにも真剣。そして言い切った。


「一番変わったのは一樹だ」

「え……何言ってるの? だって一樹だよ? あの優しい……。三年前の手紙にも元気にしてる? 入学してくるのを待ってるって書いてあったし」

「見た目は変わってないけどな、あいつはここ五年で変わった。寮が違うから中々会わないが、何を考えてるかわからない。あいつに会う機会があったら、いつどこで会ったか、何を話したか全部俺に報告しろ」


 康介が冗談を言ったことは一度もない。いつも優しかった兄を警戒しろと言われて、背筋が凍らないわけがない。咲希の手は、自然と服の上からペンダントに触れていた。


「本当に、一樹が危ないの?」

「……俺達に危害を加えようとしてるわけではないけどな。もっと大きなことを考えてる可能性がある」


「大きなこと?」

「これ以上は俺にもわからないけどな。だけど、これだけは言っておく。あいつは授業もほとんど出ないで、普通の生徒なら行かないような所に度々一人で出没している。同学年の友人は全くいないし、由羅や玲央が話しかけても一切無視だ。兄貴であることに変わりはないが、一人で会おうとするな」

 あまりに話が衝撃的で、他の質問をする気にはなれなかった。


「混乱したか?」

「うん……」

「余計なことは考えなくていい。まずは学園生活を楽しめ」

「……わかった」


 優しかった一樹。母親が尚人に真新しい服をあてる横で、頭を撫でてくれた。心菜を抱く横で、抱き上げてくれた。そんな一樹が、ずっと会いたかった一樹が、もう自分の知っている一樹ではないなんて。

 混乱するには十分すぎて、言葉が出てこなかった。


「明日は買い物に行くんだろ?」

 康介の声はもう怖いものではなかった。

「姫と園香先輩が連れて行ってくれるって」

「柚子は?」

「朝から限定ケーキに並ぶから、お昼の時に合流するって」

「ああ……。まぁいい、桜子に色々見てもらえ。好きなもん買ってこい。何か欲しいものあるか?」

「……財布と服。荷物全部没収されちゃったから」

「それぐらい好きなだけ買ってこい。今まで散々我慢してきたんだ」

「ん。康介、ありがと……」


 その日は無理を言って、生まれて初めて康介と寝た。二人で寝ても十分な広さがあるふかふかのベッドで、久しぶりに夢を見た。



 まだ一樹が学園に入る前、心菜が幼稚園に入った頃、家族でバーベキューに行った時の夢。食べた後はみんなで、アスレチックスで遊んだ。


 現実と違うのは、全員が真新しい服を着ていること。


 そして帰る時、両親の両手がそれぞれ、咲希と尚人、心菜と玲央と繋がれていたこと。





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