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「おっかえりー!」
「Sランクおめでとう!」
寮に帰った瞬間、待っていたのは四人からの祝福だった。
「あ、ありがとうございます」
「期待通りよ」
姫は得意げに微笑み。
「Sランクは生徒情報とAランク以上の生徒の名簿をパソコンで自由に見られるの。それで、部屋を用意して待っていたのよ」
園香までもがにこやかに微笑っている。
「二人の部屋は五階よ。荷物も廊下に移したから」
「今から行こう! 私達のお古も運び入れたから使ってね!」
柚子は自分の事のように喜んで手を引いてくれた。それが嬉しくて、少しだけくすぐったい。
だけどふと目をやって、一人苦笑を浮かべる蓮に気付いた。
「蓮先輩?」
「運んだのは全部俺なんだけどな」
蓮がぼそっと呟いたことで、咲希も慧も吹き出した。
ただでさえ広い寮なのに、五階には僅か六部屋しか存在しない。案内された部屋には52号室、53号室とかかれたプレートがかかっていた。
「二人でどちらの部屋にするか決めていいわよ」
「二部屋見比べて好きな方選んでね!」
「扉という扉全部開けて、ちゃんと見て来いよ?」
三人の満面の笑みと意味深な言葉が気になったけど、とりあえず二人で52号室から見てみる事にした。
「すごい……」
「ああ……」
扉を開けるとそこは、まさに外国のホテルのスイートルーム。パンフレットで見たような光景が目の前に広がっていた。
まず奥の部屋は床にはアラベスク模様のカーペットが敷かれ、中央には大型テレビとガラス張りのテーブル。それを囲むように三人がけのソファーが二脚並べられている。左側の一段下がった空間が寝室らしく、天蓋付きのベッドとお洒落な丸テーブルだけが置かれてゆったりした空間が作られていた。寝室の奥の扉を開くと、洗面所があり、その奥には一般家庭と変わらない大きさの風呂までついている。
「……ここに住んでいいの?」
「いいんじゃないのか? 案内されたんだし」
慧はもう慣れたようで、どんどん先へ行ってしまう。咲希も慌てて後を追った。
リビングから向かって右側の部屋は衣装ルームのような部屋だ。靴や鞄を置いておくためであろう棚に、巨大なウォークインクローゼット。服を選んでいる間に体が冷えないようにという心遣いだろうか、暖房器具もついている。
その反対側がキッチンで、料理するには十分な広さがあった。
「オーブン大きい!」
「このボタン押すと壁が上に上がってリビングに料理を出しやすくなるみたいだ」
「このキッチン、いいなぁ……」
「お前、料理できるのかよ?」
「簡単なお菓子ならね」
へえ。呟く慧は、あまり信じていないらしい。
「じゃあ結坂がこっちでいいよ。キッチンなんて湯沸かせればいいし」
「本当!? ありがとう!」
だが、そんな言葉は53号室に入った瞬間取り消された。
「……さっきの言葉撤回。俺が向こうな」
「……了解」
三人の笑みの意味がよくわかった。初めから部屋は決まっていたのだろう、53号室はどう見ても女の子仕様の部屋だ。
まず玄関の靴箱の上には可愛いテディベア。部屋や家具の配置も結構違ったが、何よりリビングのカーペットはクリーム色のふわふわ素材だし、天蓋付きのベッドにはレースがあしらわれている。加えて家具も全体的に白いものが多く、キッチンにはお菓子作り用の器具まで揃っている始末。
「完璧女用だろ」
「嬉しいけど……」
本当に学校の寮とは思えない。パンフレットで見てはいたけれど、実際に実物を見ると圧倒されてしまう。
一応全ての部屋を見た後、慧と共に四人が待つ廊下に戻った。
「あ! どっちがどっちにする?」
「俺が52号室で」
慧が即答すると、柚子と蓮の二人が吹き出した。姫もクスクス笑っていて、園香だけ呆れたようにが額を押さえている。
「最初は家具の確認だけのつもりだったのよ。でもあそこ、前は乙女趣味な先輩が使っていたから、最初から女の子らしい家具ばかりだったの」
「だから53を咲希の部屋にしようってことになったんだけど、だったらもっと可愛い部屋にしようかなって!」
「柚子がベッドカバーをレース仕様に替えだしたら、姫まで悪乗りしちゃったんだよ。姫は余ってたスキンケア用品とか調理器具とかを持ってくるし、柚子はこの前貰ってきたテディベアまで置くし。改造し終わった後にこれで慧がこっちの部屋がいいって言ったら面白いよなー、ってことになったんだけど……流石に無理あったかっ……」
余程ツボに入ったのか、そこまで言い終えると三人は再び笑いだした。
「ごめんなさいね。この三人、よく悪乗りするから」
園香のフォローは慣れたものだった。
部屋も決まり、寮から支給された最低限の荷物を運びいれれば、それだけで引っ越し完了。すぐに夕食の時間になった。
昨日と同じように階段前で慧と鉢合わせ、無言で一階に降りる。
だが、食堂の様子は昨日とは違った。扉の向こうが騒がしい。
「四人の声じゃないよな?」
「本当だ。誰がいるのかな?」
「寮生が帰ってきたのよ」
「園香先輩!」
その人は音もなく、いつの間にか二人の背後で微笑んでいた。
「姫から伝言よ。二人にはみんなの前で自己紹介をしてもらうわ。でも、あいつが気付くまで、名前は言わないこと。驚かせて、そして少し困らせてやりなさい」
《あいつ》が誰かはすぐにわかった。
――この扉の向こうにいるんだ……。
咲希は、大きく深呼吸してから食堂に足を踏み入れた。園香の後に続き、食堂の前方に立つ。
「はじめまして。先端技術科に入れて嬉しいです。特技はピアノ、一昨年までアメリカにいたので英語が得意です。よろしくお願いします」
「はじめまして。私も第一希望の先端技術科に入れて嬉しいです。泳ぐのが好きで、特技でもあります。これからよろしくお願いします」
数十人の先輩を前に、二人は深く頭を下げた。言いつけを守りつつも、目はどうしても探してしまう。
そして、見つけた。一番奥の八人掛けテーブルで、姫の隣に座っている。
心臓の鼓動が尋常でないくらい速まった。わからないわけがない。間違うわけがない。
六年ぶりなのに、自信があった。
「咲希か?」
低くなった声に、肩が跳ねる。
冷静に、ゆっくり、いつもの声で。
「誰ですか……?」
咲希は心の中で唱えながら、言ってのけた。
「俺がわからないのか!?」
「はい」
「……まあ六年ぶりだからな。これでわかるだろ?」
「……六年間手紙も電話もなかったのに、気付けっていう方が無理があると思うけど。康介先輩」
言いたいことはたくさんあったのに、最初に出たのは嫌みだった。
――六年ぶりなのに、どうしよう。
咄嗟に口から出た言葉に自分の方が焦ってしまう。それでも言われた本人は気にする素振りもなく立ちあがって前に出てきた。
「わかってるじゃないか。……平気だったか?」
「何が」
「いや、ランクは?」
「……S」
「そうか」
言葉少なだが、その表情は柔らかい。本当に心配されていたことが実感できた。
「わっかりにくい愛情……。もうちょっと態度で示してくれなきゃ、わかるわけないじゃん」
「………悪かったな」
「……うん、会いたかった」
それが、自然と出てきた言葉だった。優しく抱きとめてくれる康介の身体は、本当に大きくなった。声だって昔よりずっと低い。でも、乱暴に頭を撫でる手の温かさは全然変わっていない。
咲希の顔には久しぶりの、心からの笑みが溢れた。