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行くのは時間ギリギリでいい。
そう引き止められたため、視聴覚室に着いたのは二人が最後だった。中に入った瞬間、思わず引き止めてくれたことに感謝してしまう。それ程までに中の空気は緊迫していた。
「みんな揃ってBランクくらいにはなれるよね!」
「そうだよっ」
「Eランクにはよっぽどのことがない限りないって言ってたし!」
「俺やばいかも!」
「何でだよ? 短距離一位だっだろ」
「だけどテストは自信ないんだ!」
「そんなこと言ったら俺も……」
「Cランクとかだったらどうしよう……」
「とりあえず普通科と先端技術科は無理だよね」
「特進科はあまりお金が出ないから、ランクが低いとやっていけないって!」
「えー、じゃあ体育科?」
「私運動音痴だしなぁ」
「緊張してきた!」
「ランクが低かったら雑用だろ!?」
「今更寮変えられないし……」
「でも本当にご飯おいしかったよね! ランクが良ければ天国だよ」
励まし合うグループ、弱音を吐き合うグループ、寮の心配をするグループ、普通科に入ったらしいグループ。いくつかのグループが出来ていて、それぞれがざわついている。中には顔面蒼白な人まで。
後ろの方に二つ続いて空いている席を見つけて座った瞬間、あのスーツ姿の男が入ってきた。途端にみんな無言になり、一斉に席につく。男はその光景に満足そうに頷いた。
「よし、ランクの発表をするぞ。今期はSランク2人、Aランク10人、Bランク32人、Cランク31人、Eランク5人だ! 優秀な結果で嬉しいぞ」
人数が伝えられ、更に緊張感が増した。
それと同時に若い男性が四人、何かが並べられた台を押しながら入ってくる。よく見るとはそれらは携帯電話。何十種類もの機種が、恐らく全色並べられている。
「今からS・Aランクの者の名前を読み上げる。呼ばれた奴は前に出てこい。バッジと小遣いと入学祝い、携帯のカードを受け取ったら、好きな携帯を選んで差し込め。それ以外の奴は名前順で渡していくから、話し合いで携帯を選んで自分のランクを確認しろ」
S・A以外は基本的に誰が何ランクかわからない。それは裏を返せば誰がS・Aランクかは、みんなが知っているということ。教室中から息をのむ音が聞こえた気がした。
「まずはSランク……………………一条慧」
名前を呼ばれなかった生徒達のため息だけが木霊する。隣に座る慧が、得意げな顔をして前に出て行った。
暫くして慧が携帯や封筒を手にして戻ってくると、男が再び口を開いた。
「もう一人のSランクは……結坂咲希」
その言葉にとにかく安心して、思わず息が漏れた。周りが小さくざわめく中、慧の嘘だろ、という呟きがやけに大きく聞こえる。
それを無視して教室の前へ向かう。男の前まで歩く間も、視線が集中した。
「おめでとう」
「ありがとうございます」
渡された封筒を片手に、台の前まで移動して携帯を見る。咲希はすぐに一台の携帯電話を手にとった。黒とローズピンクの二色しかないそれは、園香が使っていた機種だ。
「お、決まったか? じゃあカード差し込んでいじっていていいぞ」
視線を無視することに決め、席に戻って携帯の電源をつけた。初めての携帯電話だ。パンフレットにあった通りに学園のページに飛んで、自分の名前や生年月日を送信する。
すると数秒後に別のページに飛び、七桁の数が表示された。
【1622163】
携帯をいじりながらも、男が発表するAランクになった生徒の名前はちゃんと聞こえていた。男子六名、女子四名、そこに知っている名前はない。気にしないようにしながら、今度は【個人ページ】というところに数字を打ち込んだ。
そこから【ランク】というページに飛ぶと、でかでかと書かれたSの文字の上に【1622163】と書かれている。
「残りの奴らは前から順番に取りに来い。言い忘れていたが、入学祝いもランクによって違うからな、下手に額を言うとランクがバレるぞ」
男はそんな脅しを残して部屋を出て行った。残された生徒達は、一拍の沈黙をおいて一斉に封筒の元に走る。
「おい! 木崎はじめの封筒見なかったか!?」
「中島香代って書いた封筒ない?」
「それ俺の封筒だぞ!」
「ちょっと! 触らないでよ!」
激しい言い争いに、封筒の奪い合い。咲希はそんな光景を茫然と見ていたが、肩を叩かれ我に返った。
「小遣いってページ見てみろ」
言われた通りページに飛んでみると、有り得ない文字が見える。
【結坂咲希さん
入学祝い 700苑+6枚
1年4月 300苑+3枚】
「何、これ?」
「この封筒の中身なんじゃないのか? ちょうど二十枚くらいの厚さだし」
ーー何ヶ月分のお昼寝代だろう……。
「すごいね……」
もうそれしか言えなかった。そんな咲希に、慧が再び声をかける。
「悪かったよ」
「え?」
「お前と仲良くするかは別だけどな。馬鹿そうだって言ったのは取り消す」
「言い方がむかつくけど、謝ってくれるならもういいよ」
「……行くか」
巻き込まれたくないしな。慧の言葉に、咲希は無言で頷いた。
出口に向かう途中で、先程の男の子と話し合っている尚人の横を通ったけれど気付かれずに済んだ。
だけど教室を出た瞬間に。
「そこの二人!」
呼び止められてしまった。
しかし、新入生ではない。その人には見覚えがあった。
「普通科の……」
「中川先輩ですよね?」
名前が出てこなかった咲希の代わりに、慧が応えた。。説明の時、騒がしい新入生を怒鳴りつけたその人は、今は優しい笑みを浮かべている。
「Sランクおめでとう」
「どうも」
「ありがとうございます」
「二人共、普通科に入らないか?」
Sランクにはどの寮よりもすばらしい待遇が待ってる。そう付け加えられたけど、答えは決まっている。
「すみません、俺達もう寮決まってるんです」
「え……いつ!? どこに!?」
「えっと、初日に先端技術科に入ったんです」
「そんな……」
こちらが罪悪感すら抱いてしまう程に、その顔色は一気に青ざめた。
「先端技術科……?」
「はい」
「つまり姫の蕾……いや、花か……」
「蕾? 花?」
「ランクが決まる前に誘って、しかもSランク。お気に入りは花って呼ばれてるんだよ。で、先端技術科の他の寮生は蕾だ」
他の寮の間では、先端技術科は本当に花園扱いらしい。寮内では花園のハの字すら出たことがないのに。自分達がお気に入りとか花とか呼ばれたことに唖然としていると、先輩は小さく笑った。
「時間とらせて悪かったな。学園生活楽しめよ」
まだ少しショックを受けているようだけど、労いの言葉をかけてくれる先輩はいい人だと思う。ただ、その顔色は悪いままだった。