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学園計画   作者: 洋野留衣
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「突然ごめんなさいね。はじめまして、先端技術科寮長の御堂桜子よ」

「あ、はじめまして」

「はじめまして」


 透き通った白い肌、日本人とは違う整った顔に、地毛であろう金色に輝く髪。同性の咲希も見惚れて、一瞬挨拶が遅れた。

 それは慧も同じらしく、自己紹介でも堂々としていた慧の声が緊張を帯びているのがわかった。


「あなた達を呼んだのは他でもないわ。あなた達を先端技術科に迎えたいの」


 姫の口元は微笑みを浮かべているが、目は笑っていない。綺麗で真っ直ぐな瞳が、心すら見透かすように見据えてくる。


「何で、俺達なんですか?」

 一瞬の間の後、慧が静かに口を開く。


「何でって?」

「八十人の新入生がいる中で、どうして俺達二人だけが呼ばれたんですか?」

「それに何でわざわざこんな離れた所にある建物に? あの場所じゃいけなかったんですか?」


 慧に続いて咲希も尋ねると、二人の表情がふっと緩んだ。


「二人とも合格よ。私はあなた達だから選んだ。園香にここまで連れてきてもらったのは、これから聞くこと、話すことは絶対に聞かれたくないことだから」

「私達は質問に答えたわ。次はあなた達にいくつか質問してもいいかしら? その上であなた達を先端技術科に誘いたいの」


 説明の最中も、歩いている間も、一切表情を変えなかった城川先輩も笑っている。

「はい」

 迷う間もなく、小さく頷いた。


「まず、あなた達はこの学園がつくられた理由を知ってる?」

「確か……閉ざされた社会で若者はどのような世界を形成するか、理想的な義務教育はどのようなものかの研究するって」

 慧の回答はまるでパンフレットのように正確だ。


「ええ、正解よ。じゃあ、あなた達はこの学園をどう思う?」

「……私は……異様だと思います」

「俺も、実験とはいえやりすぎだと思います」

 そう答えると二人は頷き合い、今度は姫が質問した。


「そうね。なら、あなた達はこの学園でどのような生活を送りたい? いい子ぶったりしなくていいから、本心を教えて」


「俺は惨めな生活なんて送りたくない。成績で決まるなら、いい成績をとるだけです」

 咲希が戸惑っている内に、慧は堂々と答えた。


 今まではただ、家での生活を変えたい、それだけを考えていた。でも、もし望めるなら、私だって囚われない生活を送ってみたい。

 家が貧乏なのも大家族なのも関係なく、好きに生きてみたい。


「私も、自分の力で生活を変えられるなら変えてみたい。ランク次第でいい生活が送れるなら、いいランクになりたいです」

 咲希がそう言うと、少しの沈黙が流れた。だが次の瞬間、二人は再び笑った。


「もう一度、改めて言うわね。一条慧さん、結坂咲希さん、あなた達、先端技術科にいらっしゃい。ランク付けなんて間違ってる、なんて言う子だったら誘わなかった。そんな力もないのに戦おうとするのは愚かなこと」


「先端技術科への入寮条件は、何らかの誇れる特技を持っていること。そして、きちんとした意志を持っていることよ。あなた達はその二つをきちんと兼ね備えてるわね」


 誇れる特技というのが何かはわからなかった。

 でも、認められた気がした。大家族結坂家の五番目としてでもなく、尚人の双子の姉としてでもなく、一人の人間として見てもらえた気がした。


「これからよろしくお願いします」

「ええ。よろしくね、咲希。あなたはどうする?」


 姫は咲希に優しい笑顔を向けた後、再度慧に聞いた。慧は一瞬迷ったようだった。だけど。

「よろしくお願いします」

 慧も先端技術科に決めた。その言葉で場の空気が一気に和らいだ。


「二人共、座って? まだ時間は大丈夫だから、少しお話しましょう」

 姫がそう言って椅子を勧めてくれ、城川先輩が奥から紅茶を出してくれた。お礼を言って一口口にすると、いい香りが鼻腔いっぱいに広がる。


「美味しい……」

 咲希が呟くと、姫は得意げに笑ってみせた。


「でしょう? 園香は何でも上手なのよ」

「もっと上手い子がいますけどね」

「あの子は特別よ」

 二人が話すあの子が誰かはわからなかったけれど、二人の表情は柔らかい。優しい人達なのが伝わってきて、少し緊張がほぐれた気がした。


 身体が芯から温まってくると、再び姫が口を開いた。

「あなた達が先端技術科を選んでくれて良かったわ」


「あの、他の寮ってどんな感じなんですか?」

「気になる?」

「はい。普通科のランク主義って何なんですか?」


「そうね、ランク主義はその名前の通り、ランクによって全てが決まるの。普通科ではSランクが絶対的な存在。Aランクも好き勝手でき、Bランクはたまに何か言いつけられるくらいで、基本的に傍観。Eランクは今はいない筈だから、今は実質的に一番下であるCランクが何かと使われてるわ」


 姫の言葉に、今度は慧が反応した。


「何をやらされるんですか?」

「本当に色々よ。S・Aランクの席取りから食事の配膳。買い物に行かされたり、部屋の掃除や重労働をさせられたりね」

「……普通科にしなくて良かった」

「咲希、そんな弱気でどうするの。言っておくけど先端技術科にはBランク以上しかいないから、そのつもりで頑張るのよ? 他に聞きたいことは?」


 それならもう一つ、ずっと気になっていたことがあった。


「私の兄と姉は四人も在学中なのに、この学園に入ってから連絡はほとんどありません。携帯は支給されるのに、この学園には外への連絡手段はないんですか?」

「え……」


 小さく驚きの声をあげた姫は、ジッと咲希の目を見た。

 数十秒もの沈黙。あまりの沈黙に何か話そうとしたところで、ようやく返事が返ってきた。


「ないというより、手紙や電話には代償を払わなくてはいけないのよ。園香、もしかして咲希って……」

「姫、気づいてなかったんですか?」

「忘れていたのよ。咲希の名前に引っかかっていたのだけど、苗字が結坂だったわね」


 二人の間で話は進み、納得しあっているが、咲希と慧には何のことを言っているのかわからない。ただ聞こえた《アイツ》と《妹》という単語。


「アイツも喜ぶかしらね、咲希が先端技術科に来ること。気にかけてる妹ってこの子のことでしょう?」

「ええ。六歳下って言っていましたから」


 ――六歳下。ということは……


「康介のことを知ってるんですか⁉︎」

「ええ、康介は先端技術科よ。咲希、あなた康介の弟妹の一人だったのね。来てくれて本当に良かったわ」


 そう話す姫の表情は、より優しくなっていた。


「言っていいかわからないけど、康介はずっとあなたを気にかけてた」

「康介が……?」


 信じられなかった。一番上の兄、一樹ならわかる。でも、無口で手紙の一つもくれなかった康介が、五人の弟妹がいる中で自分を気にかけているなんて。


「康介が一番親しい人間は私達よ。三年前に言っていたわ。自分の家は七人も子供がいて両親の愛も不平等。二番目の妹は、いつも泣きそうな顔で一番下の妹ばかりが可愛がられるのを見てる。自分を見てほしくて必死に算数ドリルをやったり、逆上がりの練習をしたりしていたのに、それでもだめで。康介は何もしてあげられなくて、結局上のお兄さんが慰めていたって。これ、あなたのことよね?」


 気付いていたなんて、気にかけてくれていたなんて気付かなかった。


 ――信じられない。


 でも、これは康介が言わない限り姫達が知るわけがないこと。


「本当、に…?」

 か細い声で尋ねると、姫は微笑んで頷いた。


「ええ、この学園では色んなものから解放されて、笑顔で幸せに暮らしてほしいって」

「え、でも学園では幸せにって……康介、今まで手紙の一つもくれなかったのに」


「それはあなたに先端技術科に来てほしかったからよ。先端技術科は弟妹や幼なじみを含めて、先端技術科の入寮条件を知ってしまった新入生は入れてはいけないって規則があるの。入寮のチャンスを公平にするためにね」


「だからって……それ以外にも話題はいくらでも作れるのに……」

 そう言うと今度は城川先輩が教えてくれた。


「何を話せばいいかわからなかったというのもあるみたいだけど、一番はあなたに力をつけてほしかったみたいよ。あなたは嫌な境遇だったからこそ、常に勉強を怠らなかったのでしょう? 学力も先端技術科に入るには重要だって知っているから」


 あの、無口で何を考えているかわからなかった康介が、何年も先の学園生活まで思っていてくれた。

 だけど思えば、今まで抱っこされたり頭を撫でられたりした記憶があるのは父さんと一樹、そして康介だけ。そして幼稚園のかけっこで一等だった時も、満点だったドリルの束を兄姉に見せた時も、一番に頭をくしゃくしゃ撫でてくれたのは康介だった……。


「わかりにくい愛情っ……」


 思わず口に出してしまった。でも、想われていたことが嬉しくて、そして何だか照れくさくて頬が暑くなる。それを見た二人に笑われてしまった。



 気づくと時刻は九時過ぎ。姫は先に寮に戻り、残された三人も荷物を持って寮へ向かうことになった。


「言い忘れていたけど、二人共、私のことは柚子と同じ呼び方でいいから」

「園香先輩でいいんですか?」

「ええ」

 戸惑いながら尋ねると、微笑みが返ってきた。


「寮内では大体みんな下の名前で呼び合っているの。寮についたら柚子も名前で呼んであげて? 喜ぶから」


 第一印象は無表情な人。でも本当はとても優しい笑みを浮かべてる人で、歩きながらまた色々と教えてくれた。


 今は春休み中のため、普通の生徒は学園にいないこと、新入生への説明・勧誘・世話をする生徒だけが学園に残っているということ。だから今、先端技術科には姫を入れて四人の生徒しかいないということ。時間はアッという間に過ぎた。








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