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学園計画   作者: 洋野留衣
2/15

ネデナ学園


 指示された通り一際大きな建物に入ると、壮大な造りの玄関で白衣姿の女性が待ち構えていた。白衣姿なのもそうだが、その若々しさと美貌でどうしても教師には見えない。


「ネデナ学園にようこそ。二人の名前は?」

「結坂咲希と尚人です」

 咲希が答えると、その人は楽しそうに、無邪気な笑みを浮かべた。


「ああ、双子の結坂さんね。私は保健医の叶彩花よ! このパンフレットを持って、二階の視聴覚室に行ってね」


 パンフレットはオールカラー十数ページにも及んだ。パンフレットをぱらぱらめくりながら二階へ上がり、そのまま標識の矢印の通りに進む。

 この校舎、外観は西洋の城のようだったが、中は近代的な造りなっている。歩く度にコツコツ音が鳴る床には大理石が敷き詰められていて、壁はどこまでも白。天井は高く中央は吹き抜けになっていて、廊下は学校とは思えないくらい広い。これで店舗があったらどこかの巨大なショッピングモールのようだ。


 そんな広い校内に人一人いないのは不気味で、心地が悪い。


「ここだな」

 やっと辿りついた【視聴覚室】のプレートがかかった部屋は、二階の中ほどに位置していた。尚人が乱暴に扉を開けると、バンッと予想外に大きな音して、何人かの視線が集中する。


「ちょっと尚人!」

「悪い……」


 ほんの少しだけ兄弟であることを呪いながら、二人並んで中に入った。

 視聴覚室は思っていたよりずっと狭かった。静かすぎる廊下では想像もできなかったが、百人近い生徒で席はほとんど埋まっている。

 2つ並びの空席は見つからなくて咲希は最前列、尚人は最後列の席に分かれて腰かけた。


 暫くすると扉が勢いよく開き、四十代くらいのスーツ姿の男が入ってきた。男は教壇に立ち、笑顔で口を開く。


「ネデナ学園にようこそ。まずここで、ここにいる八十名の入学を認めよう」

 男の声はよく通った。そして男が話を切ると、男と共に入ってきた、男より若いスーツ姿の男三人が生徒一人一人に新たなパンフレットを配りだした。


「入口で配ったパンフレットは主に地図や設備の説明だ、各自で読んでおくように。この時間は今配ったパンフレットで説明する。まず三ページを開け」

 言われたページを開くと、そこには見開き二ページを使ってこうある。


【進路選択】


「この学校には普通科の他に、特進科、体育科、先端技術科がある。寮はこの科ごとだし、年々増えていく選択科目にも関係するからな、よく考えるように」


【普通科:定員なし・昼食代支給あり

 特進科:定員各学年18名・昼食代支給なし・全室勉強机完備

 体育科:定員各学年30名・月200苑支給・専用体育館あり

先端技術科:定員各学年8名・月300苑支給・設備充実】


 説明書きの下にはそれぞれの寮の写真が載っていて、どれもヨーロッパや中国といった日本以外の国を思わせる造りだ。次のページには普通科以外の科の選考基準が書かれているようで、部屋中がざわめき立つ。


 そんな中、男は続けた。

「残りは後で読んでおけ。次は七ページを開け。ランク制度について説明する」


【ランク制度

S:小遣い月300苑~

  特別券月2枚配布

  雑用・係免除

  生徒役員優先就任

  各店舗での優先権

  及びその他優待有り

A:小遣い月200苑~

  雑用・係免除

  各店舗での優先権

B:小遣い月100苑~

C:小遣い月50苑~

E:小遣い月~30苑】


 ――え?


 まさか。まさか生徒をこんなにもあからさまに分類するわけがない。そう思った。

 でも。

「この学園では年功序列なんて制度はない。ランクが上の者が上だ」

 男の言葉に、視聴覚室は再びざわめき立つ。

 誰かが言った。どう分けんだよ、と。


「いい質問だな、基準はいくつかある。明日行う学力テストや授業の課題でいい成績をとることが第一。運動でも音楽でも芸術でも特技でも、点数の底上げをする。そして、こちらが人を引っ張れると判断した生徒にも点をやろう」


 男は当たり前のことを言うかのように、何の躊躇いもなく言う。その話し方と笑顔で、まるでこちらが間違っているかのような気すらしてくる。


「七ページ見てみろ。部屋は寮ごとに任せているが、家具は学園から支給される。家具の種類なんかもランクで違うからな。八年間いい生活を送りたいなら上に上がれ、これがこの学園で生活する上での掟だ」


 九ページ、十ページには各ランクの部屋の例が載っていた。

 Cランクはベッド・机・本棚が置かれた普通の六畳の部屋。Bランクは少し広くなり、MDプレイヤーやドレッサーが置かれ、ベッドも下に収納がついたものになる。Aランクの部屋はCランクの倍はあり、大きめなテレビと柔らかそうなカーペットが増える。


 絶句したのは十ページに載せられている二枚の写真だった。でかでかと載せられているSランクの部屋は、まるでホテルのスウィートルーム。広々とした部屋には天蓋つきのベッドや薄型の大画面テレビをはじめとした高級家具が並び、壁紙やカーペット、明かりに至るまで趣味のいいアジアンテイストでまとめられている。しかも下にミニキッチン・バスルーム・ウォークインクローゼット完備の文字。部屋から出なくてもずっと生活できそうな、学生には高級すぎる部屋だ。


 それに対して、右下に申し訳程度に載せられているEランクの部屋は悲惨すぎるもの。

 六畳の部屋に写されているのは布団と丸テーブル、制服をかけるためであろうハンガーに、色々なものをしまっておくためであろう段ボール箱のみ。他の部屋を見返してみるとどの部屋にも冷暖房はついているのに、この部屋にだけはついてない。

 酷すぎる差だった。


「まぁ気負うことはないさ、Eランクになるのはよっぽどの奴だけだ。最近は学年で五、六人だな」

 つまり約十三人に一人。7.5%。あまりに現実的な数字。


「俺からはこれくらいだ、細かいことは寮の先輩に聞けよ? これから寮についての話を代表者にしてもらう。入っていいぞ」


 男の言葉で入口の扉が開き、入ってきたのは個性豊かな八人の生徒達だ。まずは髪を編み込んだ男の先輩と、茶髪をクルクルと巻いた女の先輩が前に立った。


「最初に渡されたパンフレットの八ページを見ろ。まず支給される携帯の説明からする」

「学園の携帯サイトには一人一人違う、七桁の数字が保存されてるの。サイトでその数字IDを打ち込むと個人ページに飛んで、テストの結果や自分のランク、前回までの小遣いの額まで出てきちゃうから、普通は絶対他人に教えたりしない。その数字で小遣いの前借りも可能だし、上級生やS・Aランクはカードを作ったりもできちゃうからね」


 男の先輩の口調は固かったが女の先輩はにこやか。だけど新入生は数字の使い道やカードという言葉に驚きを隠せず、喋りだす人もいる。


「静かにっ!」

 編み込みの先輩の怒鳴り声で、視聴覚室は一瞬で静まり返った。


「ありがと! じゃあ続きね、普通科は綺麗だし、今までの先輩からの寄付や学園からの支給金も多いので、毎日の昼食代が貰えたり頑張った人には特別報酬があったりしてラッキーなの。でも! 普通科はランク主義で年は関係なく、ランクが下の人は雑用っていうのがルールです。そして、寮の内情をバラされたり、雑用をボイコットされたりっていうのを防ぐために、寮長に必ずIDを教えてもらいます。それを守れる人、見せられるくらいにはランクに自信がある人だけ来て下さいね! 以上、普通科6年の山瀬馨と中川淳でした」


 ――ランク主義――


 新入生が混乱している内に、次の二人が中央に立った。


「はじめまして。先端技術科7年の城川園香と」

「5年の松村柚子です!」


 今度はポーカーフェイスで黒髪眼鏡な美人さんと、肩までのオレンジに近い色の髪がよく似合う元気で可愛い女の先輩。


「先端技術科についてですが、私達は最も格式あり団結力のある寮であると自負しています。ですが、入ることができるのはこちらが声をかけた方のみですから、勝手に入寮届を持ってきても受理しません。更に、IDを見せることで寮長への絶対の信頼を示して頂きますので、それを了承できるのが最低条件です。以上」


 凛とした態度を最後まで崩さなかった城川先輩は、言い終えるとすぐに後ろへ一歩下がってしまった。代わりにニコニコ笑顔を浮かべた松村先輩が一歩前に出てくる。


「園香先輩、それじゃあ誰も入りたがらないよ! 先端技術科はパソコンやIT技術に特化した寮で、四年生からの選択授業も、いくつか寮が指定します。その代わり、寄付も寮への支給も多いから、ランクに関わらず毎日10苑の昼食代が出ます! あ、10苑っていうの学園の通貨で、これで大抵の昼食は食べれるからね。そして人数が一番少ないから、一番小さな部屋でも十五畳っていう好待遇! 入りたい人は私達から声かけられるのを待っててね!」


 毎日の昼食代、そして十五畳という言葉に新入生の心が揺れる。咲希自身、普通科と先端技術科なら先端技術科に入りたいと思った。


 その後も代表者による説明は続く。体育科は唯一寮長自ら来ていて、何故かバスケのユニフォーム姿。

 寮長が言うには普通科・先端技術科以外はIDやランクの申告義務がない代わりに、寄付と支給金が少ないらしい。体育科はスポーツ好きな奴が多い楽しい寮だ! と、アピールを締めくくっていた。


 対して特進科の代表は、見るからに知的で大人っぽい男女二人。されたのは本当に簡単な説明だった。

「特進科は個人主義だから、上級生や卒業生からの寄付は0。ランクの上下関係もないから支給金は平等に分けられる。色々なものに巻き込まれたくない、って人はどうぞ」


 その説明は十数秒で終わってしまった。特進科の代表者が後ろに下がると、再びスーツ姿の男が教壇に立つ。


「大体わかったな? じゃあ今度は自己紹介だ」


 ――何故今? クラス分けされてからではなく?


 男は新入生達の戸惑いを見透かしたように、笑って続けた。


「新入生の半分くらいは先輩からのスカウトで寮を決めるからな。アピールも兼ねて名前、趣味、特技、資格や今までの表彰された経験などを言うように。資料はこっちに全部あるんだ、言い惜しみはダメだぞ?」

 また背筋が凍る。咲希と目が合った瞬間、確かに男は口角を上げた。


 まずは最後列に座っていた男の子から。

「大川達哉です。小さな頃からサッカーをやってて、少年チームでキーパーやってました。

よろしくお願いします」


 それから五番目に尚人だ。

「結坂尚人です。趣味はテレビ見ることで、学校や家じゃいつもバスケかサッカーをやってました。よろしくお願いします」


「田辺博っていいます。えっと……特技は暗記で征夷大将軍の名前全て言えます。よろしくお願いします」


「山内謙太です。アウトドアが好きで、ボートの少年クラブに入ってました。表彰されたのは一昨年、県の絵画展で特選をもらったくらいです。よろしくお願いします」


 八十人もいると時間がかかるが、それでも少しずつ咲希の番は近づいてきた。そして、遂に隣に座っている男の子の番。

「一条慧です。趣味はピアノ演奏と音楽鑑賞、特技は暗譜です。一応英検準1級と漢検2級持ってます、よろしくお願いします」


 隣の男子が座り、咲希も立ち上がる。


「結坂咲希です。趣味はお菓子作りと体を動かすこと、特技は水泳です。背泳ぎとバタフライの100mで地区大会優勝しました」

 男にちらりと視線をやると笑みを崩さずこちらを見ている。知られている気がした。

 教師に勧められるままに挑戦した、家族にも話していないこと。隠したいわけではないけど、知られているのは気味が悪い。



「昨年の全国算数オリンピックで準優勝しました。よろしくお願いします」


 そう言い終えて座ると、満足げに微笑んでいる男と目が合う。とっさに目を反らした。


「とりあえず寮が決まるまではこの校舎の隣にある、教師の寮の空き部屋に四人一部屋で泊まってもらう。食事はこの視聴覚室の隣の調理室だ。寮が決まり次第移っていいし、食事もそっちでとっていい。詳しくはパンフレットに挟んでおいた、《始業式までの流れ》という紙を見ろ。荷物は運んであるから、割り振られた部屋に移動するように。以上だ」


 男に続いて他の教師も全員居なくなってしまったので、その後とる行動はみんなバラバラだった。その場で固まって何か喋り始める者、寮の代表者達のところへ駆け寄る者、素直に部屋へ向かおうとする者。


 咲希は廊下が混む前に部屋に行くことにした。廊下に出てすぐ、自分と同じように一人で歩く人が目に入った。隣に座っていた、確か一条ケイと名乗っていた男の子。


「一条くんだよね?」

 ケイは咲希と目が合った瞬間、小さく眉をひそめた。


「隣に座ってた奴だよな?」

「結坂咲希、良かったら教職員寮まで一緒に行かない?」

「……いいけど」

 その了承とは裏腹に、表情は少し嫌そうだ。


「ケイってどう書くの?」

 とりあえず思っていたことを聞いてみた。


「……真理とかって意味で、慧眼とかに使われる字」

「ああ、下に心がついた漢字?」

「わかるのか?」


「うん、サトシとも読むでしょ? いい漢字だよね」

 咲希がそう言うと、強張っていた表情が更に歪んだ。

「お前もか」

「え?」

「媚売る暇があるなら、もっとマシなことしろよ。無い頭に知識詰め込むとかさ」

「はあっ!? 何その言い方!」

「いるよな、すぐ男に媚売る奴。だから女は嫌いなんだよ」


 じゃあな。

 それだけ言うと、男の子はさっさと行ってしまった。


「何なの、あいつ……」

 残された咲希は、言いようのない苛立ちを呟きに変えた。






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