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学園計画   作者: 洋野留衣
11/15

 真っ赤な外壁の高級感漂う中華料理店はショップ街の端に位置していた。大きく下げられた幕にはランチコース全品15苑とある。


「蓮と慧はもう中にいるって! さっきメールきました!」

「そう……。でも嫌な予感がするのは私だけかしら?」

「私もします」

 入り口は目の前だというのに二人は中に入ろうとせず、柚子ですら何も言わない。三人の視線は店の脇に止められた黒塗りの車に集まっている。


「咲希、面倒な相手と居合わせたけど気にしちゃダメよ?」

「はい?」

「多分普通科の寮長と副寮長がいるから」

 それだけ言うと、園香が自動ドアを開け、機械に携帯をかざした。食事処では、代表一名がこうするのが規則だ。

 すぐに姫が続き、咲希も柚子に促されて中に入る。三人の言葉の意味はすぐにわかった。


 店の一番奥に陣取る慧と蓮の姿は、入り口からではほとんど確認出来ない。奥に向ける視線を遮るかのように、中央の六テーブルが普通科に占領されていた。

 しかし、その座り方には違和感がある。

外側に座る生徒ほど奇抜な格好なのだ。そして、会話が弾んでいるのは内側の二つのテーブルだけ、外側のテーブルに会話は一切ない。あまりに不可思議な光景だった。


「あら、桜子ちゃんじゃない」

 中央のテーブルに座っている二人の内、女性の方がこちらを見た。高そうな黒のロングワンピースを着たその人は本当に楽しそうに笑っている。


「どうも。蘭沢先輩、城之内先輩」

「買い物帰り?」

「ええ、新学期ですから」

「あなたも車を使えばいいのに」

「近い距離で使うのは嫌いなので。でも、この荷物になりましたから、後で誰かに来てもらいます」

  

 姫の微笑みは、明らかに先程までとは違った。言葉も固い。そんな光景を呆然と眺めていると。

「私と柚子の陰にいて」

 小さく囁かれた。それと同時に園香と柚子が咲希を隠すように立ちはだかる。幸い相手は姫に意識を向けているため、気付く様子もない。


「蓮を待たせていますので失礼しますね」

 姫が愛想笑いで話を終わらせると、咲希は三人に隠されたまま奥へ進むことになった。


 慧と蓮が待つテーブルは周りを衝立で囲われていた。ようやく三人の陰に隠れるのをやめて、席につく。

「お疲れ」

「ちょっと蓮! 何で普通科がいるってメールしてくれなかったのよ!?」

「仕方ないだろ。俺らが座った後に来たんだから。出るわけにもいかないし」

「蓮、ケーキなし!」

「あのなぁ……」

 一応小声ではあるけれど、柚子は隣に腰をおろした瞬間、蓮を怒鳴りつけた。プリプリ怒ってみせる柚子に、苦笑いの蓮。本当に怒っているわけでも困っているわけでもないというのは誰しもが知るところ。変わらない二人のやりとりに場の空気も軽くなる。

 

 唯一。

「あの、今のは?」

「普通科の寮長、城之内秀樹と副寮長の蘭沢まどか。両方8年でSランク。あまり近寄らない方がいいわ」

 姫の機嫌は悪いままで、これ以上聞かない方が良さそう。向かいに座る慧と目が合って、慧も音もなく小さく頷いた。


「まあ、そんなことは置いといて食事にしましょう。柚子、二人にここの美味しいものを教えるんじゃなかったの?」

「そうでした!」

 途端に元気を取り戻した柚子は、大きなメニューを咲希と慧に見えるように広げた。柚子の目が光ったように見えたのは目の錯覚か。脳が判断する前に言葉が押し寄せる。


「ここの中華は最高なんだよ! まず、看板メニューはとろけるような燕の巣のスープに、こだわりぬいたタレが自慢の北京ダック! でも揚げ物もかなり美味で、唐揚げは海老の殻から作った特製の塩で食べるのがオススメなの。あ、春巻きもかなり美味しいよ! それで、隠れた名品がおこげとチャーハン。おこげはあのサクサク感と絶妙なとろみの餡との相性が理想的だし、チャーハンはパラパラなお米一粒一粒に旨味が凝縮していて、口に入れた瞬間広がるの! オススメは蟹チャーハンとスープチャーハンかな? あと、デザートもあるんだよ? 杏仁豆腐にマンゴープリン、ゴマ団子も勿論美味しいし、五種類あるアイスはどれも新境地の甘ふわな美味しさ! 話してたら全部食べたくなってきた……。えっと今日は……蟹チャーハンと唐揚げと燕の巣のスープで、後春巻きと杏仁豆腐とマンゴーアイスでしょ? 蓮に酢豚頼ませて半分もらうとして……」

「おい!」


 語りきってすっきりしたらしい柚子は、ぶつぶつと自分の注文を決めだした。すごい量を注文し、それに加えて蓮の料理も奪うのは決定事項らしい。


「まぁ、柚子の機嫌はお菓子を与えるか語らせるかすれば直るから」

「それでいいんですか?」

 あまりの食への愛と園香の言い様に、慧も何も言えないでいる。だが、姫も園香も気にもとめていないようで、メニューを見始めた。


「いいんじゃないの? 本人も学園一のグルメを自称しているから。この学園の全てのお店の全てのメニューを三年で制覇してるし、味覚も確かだから柚子のオススメは信用していいわよ」

「後は慣れね。柚子は美味しい限定ケーキのためなら徹夜してでも並ぶもの」

 今すごい事を言った筈なのに、二人は平然とメニューを見たままだ。

「……全メニューって何種類?」

「一店舗でも何十とあるよな? それに徹夜で並んでいいのか?」

「一応ここって学校だよね……?」

 驚いている間に四人はさっさと注文を決めてしまった。慧と顔を見合わせ、慌ててメニューに視線を移した。


 テーブルはあっという間にお皿でいっぱいになった。豪華な中華料理の数々に心が躍る。咲希も一際大きな海老チリの皿に箸をのばした。

 そんな時だ、今まで静かだった店内が急にざわつきだしたのは。

「これが名波さんので、これが橘先輩のです」

「私のクッキーは?」

「これがキャロットで、こっちが瀬田先輩のミックスです」

「ん」

「えー、限定ケーキ買えなかったの?」

「すみません……」

「そんな風に何時までも使えないからCランクなのよ!」


 聞こえてくる言葉から推測すると、いくつかの空席の主達は買い物に行かされていたらしい。お礼のおの字もないその横暴っぷりに、姫も顔を顰めている。それでも全員、姫の気にしない方がいいわという囁きに従って食事を続けた。


 だけど。

「俺が頼んだ珈琲豆は?」

「あ、これです! でもキリマンジャロは今置いてないらしくて……」

「は?」

「すみません……」

 その声は確かに知っているものだった。


「咲希?」

「すみません!」

 気にするなと言われても、これは無理だ。わざわざ隠す程会わせたくない人達なのは理解していても、やっぱりじっとしていられない。


 思わず衝立の外に出た。


「あら? あんな子いた?」

 蘭沢の声は咲希には届かない。咲希の視線の先にはすぐ上の兄がいた。昔は戦隊もののヒーローの真似ばかりしていた、ちょっとお馬鹿な兄。


「玲央……」

「咲希……」

 たった二年間だ。二年会わなかっただけなのに、咲希が知る姿はそこにはなかった。

 髪は金色に染められ、短めに刈り上げられている。左右の耳には派手なピアスをいくつもつけていて、見るからにいかついファッションだ。そんな兄は今、身長も咲希とそう変わらない生徒に向けて深く頭を下げている。兄が同級生か一つ下の相手に頭を下げているところなんて、見たくなかった……。


「へぇ可愛い! 桜子ちゃんのお花ちゃんかしら? 玲央、この子とどんな関係?」

「え、あ……妹です」

「嘘! こんなに黒髪が似合って可愛いのに!? あんたやあんたのお姉ちゃんとは大違いだわ!」


 本人の目の前で姉まで貶す精神がわからない。この人とは相容れない、そう直感しつつも、目は玲央から離すことが出来なかった。


「まどか、気に入ったのか?」

「だって可愛くない!? ちょっとメイクしていい服着せたらかなり映えるわよ?」

 蘭沢と同じテーブルに座る城之内秀樹は面白そうに笑った。更に手元のパソコンと咲希を交互に見て、目を細める。


「もっと耳寄り情報。結坂咲希、9月18日生まれ。七人兄弟の五番目で、一番上の兄は特進科の結坂一樹。続いて先端技術科の結坂康介、特進科の結坂由羅に普通科玲央と続き、双子の弟も入学している。来年には妹も入学予定。小学校の成績も図工以外は優秀。特に算数が得意で、算数オリンピック準優勝。水泳も得意で、地区大会で二種目で優勝してる。そして、Sランク」


「本当!?」

「ああ」

 その言葉で、より一層蘭沢の目が輝いた。

「ね、先端技術科なんかやめてウチにしない? Sランクの待遇は、絶対に先端技術科よりいいわよ?」

 目の前で兄が酷い扱いを受けているのを見て、姉まで侮辱されて、そんな寮に入ると言うわけがない。

「お断りします」

 咲希ははっきり言い切った。


「あら残念。あなたなら大歓迎なのに。これもアノ馬鹿が勧誘に失敗したせいね。玲央、あんたが妹勧誘しときなさいよ。同じCランクの先輩のミスなんだから」

 咲希には優しく、玲央には冷たく言い放った蘭沢のおかげで、その場の空気は凍った。玲央の友人らしき人達が心配そうに玲央とこちらを交互に見ているのがわかる。それでも玲央から目を離せない。何と話しかけたらいいかわからない。


「咲希」

 背後から声がかけられた。

「食事が冷めてしまうわ。そろそろ戻ってきなさい」

「はい……」

 本当は逃げたかった。姫に助けられてしまった。


「勝手なことをしてすみませんでした」

「いや、兄貴か?」

「はい……すぐ上の兄です」

 まだ、食事をする手が震えた。言葉では表せないような感情が頭の中を支配する。


「咲希、慧、あの二人には注意しなさい。あの二人は自分達が世界の中心であるかのように、全てを思いのままにしようとするから」

 見かねた姫がそう言って詳しく話を聞かせてくれた。

 普通科ではあの二人の言う事は絶対。低いランクの人間のあの派手な格好は全て蘭沢の命令だという。


 蘭沢はこの学園内にもある美容サロンチェーンの経営者の娘で、気分でタダ券を渡しては面白い姿にさせる。玲央もおもちゃのように遊ばれたのだ。そして、城之内はそんな光景を高みの見物しながら笑っているらしい。

 蘭沢は気に入ったものは必ず手に入れる。高いランクで容姿が好みの人間もその対象で、確実に二人は狙われるから甘い言葉に乗ってはダメ、と注意された。



 食事を終えて店を出ると、店の前には黒塗りの高級車が停まっていた。

「お待ちしておりました。お荷物をお預かり致します」

 運転しているのは二十代くらいの真面目そうなスーツ姿の女性。


「学園から寮に派遣されるお手伝いよ」

 園香がそっと囁いた。その人に荷物を預け、女子四人で再び買い物に向かう。

 姫オススメのアベイラで中学生から使える肌ケア・コスメセットを買い、部屋着や安い雑貨も買った。大きな文房具店で筆記用具やノートも揃えた。


 買い物を終えた後はティータイム。場所は勿論、昨日の喫茶店だ。

「はー、楽しかった!」

「柚子は色んなところでおやつ食べてただけだろ」

「これで当分買うものはないな」

「でも一生分のお金を使った気分です」

 券も使ったとはいえ、細かい物も合わせたら結構な金額になる。おかげでもらったばかりの入学金は既に半分以上なくなってしまった。


「まあな。でも咲希も楽しかっただろ?」

「だって、どの店も素敵なんですもん。ペンだけでも沢山種類あったし」

「あの店は国内最大規模なのよ?」

「……何でもアリですね、この学園」

 店自慢のアップルパイを食べながら、学園の話に花が咲く。そんな中で一切口を開かない人が約一名。姫に先程までの元気がない。


「あの、姫?」

「あなた達忘れてない? これから見学会が待っているのよ……?」

 その声には心の底からの嫌悪が含まれていた。




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